第五話-3

 そーりゅんとの、その……デ、デデデデデデート…の、翌日……次に僕が会いに行ったのは、レナンさんとミサキさんの二人だ。


 正直、この二人は本当にまだよく解らない。


 まあ、獣人の血が混じっているというミサキさんはたぶん、あのまんまの解りやすい子だと思うけど……泣き虫ピンクツインテールのレナンさんは、全くと言っていいほど解らない。


 なにせ会話がほとんど成立しないのだ。


 言葉を交わしたことは、多分、1回か2回……あれ?1回もあったっけ…?


 この一ヶ月ほどで、ミサキさんとは、たまにレッスン場とか見学に行ったり、お城の中で不意にすれ違ったりしたら軽く挨拶程度の会話はするようになっていた。


 しっかり話した事は無いが、最初の自己紹介の時の印象と比べたら、ちゃんと会話が成立する子だったので良かった。


 けれどレナンさんは、考えてみればそもそもレッスン場以外で見かける事が無い。


 避けられているのか、そもそもあまり出歩かないのか……。


「ともかくゆっくり話がしたい」とシュナイダーさんに頼んだところ、「それならば」と、二人が住んでいると言う家の地図を渡された。


 いやいや、本人に招待されてない女の子の家にいきなり行くのはさすがに……と断ろうと思ったが、


「連絡はしておくので、行ってくださいですじゃ。知っておいた方が、良いのですじゃ、きっと」


 ……なんて意味深な言葉で促されたら、行かない訳にはいかないだろう。


 貰った地図を頼りに歩いているが……想像以上にお城から遠い。


 そもそも、マリカさんのようにお城の中に住んでいるものだと思っていたので、意外だった。


 馬車で送ってくれると言ったのを断ったのは失敗だったか……でもなぁ、話が長くなるかもしれないし、その間ずっと外で待たせておくというのも僕の精神衛生上よろしくない。


 とは言え遠い……城から延びる中央の大通りを離れ、高級住宅街を抜け、普通の住宅街を抜け、下町というかスラムと言うか……そんな寂れた雰囲気の区画を抜け、街と草原を隔てた壁を越え……ってこれもう街の外だよな…?


 そのまま草原を少し歩くと、突然それはあった。


 街から50メートルほど離れた草原の中に、突然洋館のような建物が立っていた。


 高くて頑丈そうな塀と門に囲まれたその向こうに、三階建てのマンションくらいの高さの建物が見える。


 近づいて門の隙間から覗きこむと、塀の中には、小学校の運動場くらいの庭の奥に、それこそ学校を縮小したみたいな、凸型の大きな建物があった。


 ……ここに二人が住んでるのか…?


 とりあえずチャイムを押してみると、僅かな沈黙ののち、ゆっくりと扉が開いた。


「……どちらさまですかな?」


 渋い声だ、なんていうかこう、酸いも甘いも乗り越えて、演劇界で確かな地位を確立したベテラン役者さんのような、重く存在感のある声。


 ……その声が……目の前のピンク髪の美少年から聞こえて来たのは何かの冗談ですかね…?


 僕もそれほど背が高い方ではないのに、その僕の顎くらいまでしかない身長の、どうみても12、3歳であろう美形の少年が、タキシードで出迎えてくれたのだけど……


「どうかなさいましたかな?」


 いや声渋いっ!!男性の大御所声優さんみたいな渋い声!どうかなさいましたよ!?格好良すぎて!


 と言いたいところを、さすがにグッとこらえる。初対面だし、何か深い事情が有ったら申し訳ない。


「あの、僕はその、猫藤というものでして、シュナイダーさんからここを教えて頂いて…」


「猫……ああ、救世主の雪猫様ですね?」


 ……そっちの方の名前が広まってるの…?まあ別に良いけど。実生活でもそっちで呼ばれる事の方が多いし。


「それであの、二人はここに居ますか?」


「はい、ご案内します」


 相変わらず声の違和感に慣れないまま、屋敷の中を案内される。


 赤い絨毯が敷き詰められたロビーを抜け、白を基調にした廊下を歩く。


 基本的には綺麗にしてあるのだけど……ところどころ、壁に穴とか傷とかが隠しきれない感じで点在している。


「……気になりますか?」


 僕が見ている事に気付いたのか、少年がそう声をかけて来た。


「あ、いえ、その、すいません」


「いえいえ、謝られることではありません。自分も執事として働いているからには、常に屋敷を綺麗にしておきたいと思っているのですが……」


 あ、執事さんなのね。


「ミサキ様のお遊びが激しくていらっしゃるので、どうしても傷や穴が絶えませんで……不徳の致すところです」


 ああ、それは容易に想像できるなぁ……。


「……まあほら、元気が有るのは良い事ですよ、うん」


「ははは、ごもっともですな。おとなしくじっとしてるミサキ様なんて、想像も出来ません」


 豪快に笑う執事さん。なんていうか、凄くおおらかと言うか、懐が深いと言うか……簡単に言うと、良い人そうだ。


 良い人と言うか……良い子?


 けど、見た目が少年なだけで、声はもちろんのこと、まとっている雰囲気や、歩き方などの所作に至るまで、それは熟練の執事を思わせるので、「子」という表現はどうにも当てはまらない。


「ミサキ様は生まれる前からおてんばでしてね、母君は毎日のようにお腹を蹴られて大変だと、よく嘆いていたものです」


「へぇ~、そうなんですか。あははミサキさんらしいですね」


 ……って、生まれる前から…?

 え?執事さん何歳…?


「こちらの部屋でお待ちください」


「え?あ、はい」


 丁寧にドアを開けてくれた部屋に入ると、広めのカラオケボックスくらいのスペースに、大きな窓と暖炉、そして中央に低い木のテーブルと、それを囲むように置かれた白いソファー。


 あとは部屋の隅に観葉植物が1鉢置かれてるだけのシンプルな部屋だった。


「もうすぐ来ると思いますので、お待ちください」


 そう言われ、促されるままソファーに座ったが……先程の疑問が気になり、思い切って質問する。


「執事さんはその……もうここで働いて長いんですか?」


「そうですね……この家が出来たのは数年前なのですが、その前はミサキ様の実家の方で仕えておりました。ミサキ様の母君が幼少の頃からですから……もう30年近くになりますかな」


「30年!?」


 えっ!?何歳!?何歳なの!?

 見た目どう考えても十代前半くらいだけども!?


「そんなに驚かれる事ですかな…?―――ああ、なるほど、救世主様はご存じないのですね」


 そう言うと執事さんは、左右の耳元の髪を掻きあげる。


 そこには、星型を左右半分に分けたような、独特の形の耳が有った。


「我らの種族は寿命が長いうえに、人生の大半を幼少期の姿で過ごすのです。過去をさかのぼれば、王国の立ち上げにも係わった、伝統ある種族なのです。この耳は、我らドゥハーツ一族の特徴の一つです」


 なるほど……アレですね、ファンタジー的に言えばエルフみたいな感じですね。


「へぇー・・・じゃあもう、ミサキさんの事は何でも知ってるんですね」


「そうですね、ミサキ様の好みや性格や癖は基本的に把握しております。実はレナンとも親戚関係でしてね、昔から仲が良いんですよ」


「あ、そう言えば髪の色、レナンさんと同じですものね」


 最初にレナンさんのピンク髪を見た時はそれほど気にしなかったというか、異世界だしきっと普通なのだろうと思っていたけど、そう言えばレナンさん以外にピンク髪の人見たの初めてだ。


「この色も、我がドゥハーツ一族に伝わる特徴でしてね。我ら一族は皆この色で生まれてくるのです」


 今日は色々と新しい知識が身に付く日だな。


 髪の事もだけど、レナンさんはドゥハーツさんなのか。ドゥハーツ・レナン……ってこかな?逆か?英語みたいに名前が先とかか?

 それとも、一族の総称なだけで、別に苗字とかではないのかな…?


 その辺のルールはまだ解らないな……いつかシュナイダーさんに聞いてみよう。


 いや、今ここで執事さんに聞いても良いんだけど……初対面で、「こいつ何にも知らないな」と思われるのは悲しいので避けよう。


「……おっと、来られるようです」


 僕には解らなかったが、何かを感じとったのか、執事さんが不意に視線をあげる。


 あげると言うか……天井見てる…?


 なんで天井を―――――と僕も視線を追ったその瞬間。


 落雷のような音を立てて、天井を何かが突き破って落ちて来た!!


「ひゃあああ!!」

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