第五話-2
それから僕……じゃない、私とそーりゅんは、よく解らない棒に刺さったケーキみたいな食べ物を買い食いしながら街を歩き、弓で遊べる射的っぽい遊びをしたり、雑貨屋で買い物したり、喫茶店でお茶を飲んだりした。
……え?ホントなにこれ?
やっぱりデートなの!?
それとも、女の子同士で遊んでるだけなの!?
いや分かんない分かんない!訳がわからないし、女の子の友達とか全然いなかったから解らないし、全てが分からない!
けど――――楽しい…!!
楽し過ぎて、怖くなるくらいだ…!!
「はー、遊んだねー!!」
「は、はい。もう人生で一番と言うくらいに!」
本当にそうだ。半日近くも、ずっとこんな風に遊んだ記憶は今までに無い。
気付けば、広い公園の隅に有るベンチに僕たちは座っていた。
「ふ~、喉乾いちゃった」
「あ、僕なにか買ってきましょうか?」
「はい禁止~、僕禁止~……ね?」
そーりゅんの指が、僕の口を優しく抑える。
それと同時に見せる悪戯っぽい微笑みに、また胸が高鳴る。
ああ……そーりゅんは僕に……私に、何度恋をさせれば気が済むんだろうな。
別に私は女の子が好きって訳じゃない……と思うんだけど、でもそーりゅんを好きなこの気持ちを「恋」という言葉以外で表現する方法を、私は知らない。
「飲みものなら、持ってきたのがあるから、それ飲みましょ?」
そう言うとそーりゅんは、肩から掛けていたバックの中から、水筒を取り出した。
「わ、水筒!久しぶりに見た気がする!」
「ふふーん、こっちに召喚されてきた時に持ってたカバンに入ってたの。この服もね。良いでしょ?」
こっちの世界では、持ち歩きの水は、よくファンタジー映画とかで見るような、皮の袋に飲み口が付いてるみたいなヤツしかないので、こういうのは凄くありがたい。
「ま、中身はただの水だから、期待しないでね」
そう言って、コップにもなる蓋に水をそそいで、私に手渡すそーりゅん。
そーりゅんはどうするんだろ?と思ったら、注ぎ口から直に飲んでいる……その豪快さもまたそーりゅん!
私も、ごくりと喉を鳴らして水を飲む。
――美味しい。
ただの水ではあるのだけど、公園の自然の中で、心地よい風を浴びながら、好きな人の隣で水を飲む。
この贅沢の極みのような環境が、ただの水を、幸せの味への変えている。
なんて、素敵な時間――――。
鳥の心地良いさえずりに耳を傾けていると、それ以上に心地良い声で、そーりゅんが語りかけて来た。
「ねえ、一つ聞いても良いかしら?」
「……なんなりと」
「どうして、男の子の格好をしてるの?」
穏やかだった心が、少し、ざわついた。
けれど――――良いか、そーりゅんになら。
「僕……あ、私はその……ほら、アイドルの現場って、やっぱり男の人が多いじゃないですか」
「まあそうね」
「特にその……昔は女子が僕…私ひとりしかいない現場とかも、結構ありまして…」
「あー…そうね、シュリンプリンも今みたいに人が増える前は、そんな感じだったわね」
「私、わりとその……お金持ちの家の娘でして…家にある服は、凄く女の子らしいというか、上品なお嬢様みたいな服しか無くて……そういうの着て行くと、凄く目立つというか……ファンの男の人にも、ナンパみたいなことされたりとか…」
「……嫌よねぇ、ああいうの。ライブを出会いの場所だと思ってる人、私好きじゃないわ」
まだまだシュリンプリンに女性ファンが少ない頃、そういうナンパ行為をするファンが何人かいて、そのせいで女性ファンが現場に来づらくなった事件があったので、そーりゅんの脳裏にはそれが浮かんでいるのだろう。
「だから、いっそのこと男っぽい格好をして、男として振る舞えば、そういうの気にしないで応援できるし、知り合いにも見つからなくて済むし……いろいろと便利だったんですよ」
「そうよねぇ、アイドル現場に通うって、女の子にはハードル高いわよねぇ」
「いや、そんな…ごめんなさい」
なんだか申し訳なくなって、つい謝ってしまった。
「何謝ってるの?むしろこっちが謝るべきだわ、ごめんね」
「いえいえ!謝って頂くようなことでは!」
なんてもったいないお言葉!申し訳ないです!
「でも私たちも、早い段階から女性専用エリア作ったり、女性用のグッズを出したりして、女性ファンが来やすいようにしてきたんだけどね」
「そう、そうなんです!それはとても感謝してます!」
私が最初にシュリンプリンにハマったのも、その環境の良さでライブに行きやすかったから、より好きになれたというのが有る。
男の格好をして、周りにも気付かれてなかったとしても、やっぱり自分以外にも女子がたくさんいるというのは心強いものなのだ。
そのあと色々なライブにも行って、もっと男の人ばかりの現場もたくさんあったけど、シュリンプリンがライブの面白さを教えてくれたおかげで、その中に入っていく抵抗感を乗り越えることもできた。
あらゆる意味で、シュリンプリンは私の恩人なのだ。
「そう言ってくれると嬉しいわ。けどさ、それならもう男の子のフリしなくても良いんじゃない?なにより、ここは異世界なんだし」
「……そうなんですけどねぇ…もう、あの格好をしてる方が本当の私……本当の僕なんです。どこにも居場所がなくて、自分を殺していた私にとって、アイドルの現場こそが、僕が僕で居られる場所だったから」
それが、どれだけ救いだったのか。
なによりも、あの格好は己を守る鎧だ。
弱い自分を少しだけ強くしてくれる鎧。手放すには、まだ怖すぎる。
「―――そう、まあ良いわ」
そーりゅんは、何かを察してくれたのか、少し苦みを含んだ笑顔を見せた。
「でーーもーー」
しかしその笑顔は、すぐに少し怒ったような顔になりーーー
「むぐっ!」
僕の鼻をきゅっと摘まんだ。
「今日は僕禁止っていったでしょ~?言いつけを守れない悪い子はお仕置きだよ~」
「いたた!痛い!痛っ、ふがっ!」
鼻がふがっ、と鳴りました。
「あはははは!ふがっ、だって!あはは!かーわいい!」
「もう!笑わないでくださいよ!」
僕は少し拗ねつつも、あまりにも楽しそうに笑うそーりゅんにつられて、少し笑った。
気付けばもう辺りは夕闇に包まれていて、今日一日の満足感と、多少の疲労感を全身で感じながら、沈む夕日を二人で眺めた。
「―――さて、帰ろっか」
ベンチから立ち上がり、伸びをしながらそーりゅんが呟いた。
「そうですね」
名残惜しいが、まだまだ慣れないことの多いこの世界で、夜遅くまで出歩くのは危険だ。暗くなる前に帰るのが良いだろう。
きゅるる~~…と、お腹の鳴る音がした。
……聞き覚えのあるこの音は、そーりゅんのお腹だ。
「……お腹も空いたしね」
少し照れながら、そーりゅんは笑った。
「はい、帰りましょうか」
僕も笑顔を返して、二人で歩きだした。
帰り道、もうすぐお城に着くと言うタイミングで、不意に――――そーりゅんが、背中を向けたまま、言った。
「私はさ……もう、とっくに覚悟を決めてるよ」
それだけだ、それ以外は、何も言わなかった。
けれど、それで充分だった。
僕にも決断しろと、言っているのだ。
やるにして断るにしても、覚悟を決めろ―――と。
空を見上げると、大きな星が一つ、視界に入った。
月……に見えるけど、この世界では何か別の呼び名があるのだろう。
世界が変われば、常識も変わる。
世界が変われば―――――僕も、変わらないといけないのかもしれない。
でも、でも―――――。
月が雲に隠れて、影が落ちた。
それは僕の進むべき道を隠してしまうような、深くて暗い影だった。
僕にはまだ―――見えない。
進むべき未来が―――――――――――。
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