ライブ中盤

第五話

「あ、ねえ見て見て!あのワンピース可愛い!あれ買おうっと。すいませーん、店員さーん」



 …………おや?



「はい、じゃあこれに着替えて?」


「え!?ちょっと、そーりゅん!?」


「いいからほらほら!試着室借りますねー」



 ………………おやおや?



「ちょっ…これ?本当に?ホントにこれに着替えるんですか?」


「そうよ、ほら早く。10~9~8~7~6~」


「ま、待ってください!着替えますから!」


 ………………おやおやおや?

 なんでこんなことになってるんだろ!?

 急かされてつい着替えちゃってるけど、なにこれ!?


「2~1~ゼロー!」


「きゃあ!」


 はっ、いきなり開けられて、女の子っぽい悲鳴を出してしまった!いや、着替えはほぼ終わってたけど!


「おおー、良いじゃない良いじゃない?似合うよ―、可愛い!」


 そーりゅんはニヤニヤしながら、ふわりとしたピンクのワンピースに身を包んだ僕の全身を、ニヤニヤした顔で眺めてくる。


 は、恥ずかしい!!


 こんな女の子っぽい格好した事自体凄く久しぶりなうえに、それをそーりゅんに見られているっていうこのプレイなに!?


 っていうか、これからもライブの応援を続けるかどうか結論を出す前にそーりゅんと話したい……ってお願いしたはずなのに、なんでこんな……デ、デデデデ、デートみたいなことに!?


 待ち合わせ場所である、城の近くの市場というか……商店街みたいな場所の入り口へと行ったら、元の世界から持ってきてたのか、Tシャツにジーパンというラフな格好に、A4サイズくらいの革の鞄を、長い紐でたすき掛けにして持っているそーりゅんが居て……それが凄く格好良くて可愛くて見惚れていたら……いきなり手を引かれて!


この洋服屋に入って!


そして今!


なう!


「あとは髪型ね……いつも思うけど、なんでそんなに前髪で目が隠れるみたいなボサボサヘアなの?」


 ……テーマはギャルゲー主人公なので……とはさすがに言えない。


「お姉さん、髪セットするものある?」


 そーりゅんが店員さんに尋ねると、店員さんが緊張しつつ、櫛とヘアピンと、あとヘアクリームのようなものを持ってきた。


「ありがと♪」


 ウィンクでお礼をすると、店員のお姉さんがずっきゅーん!と胸を打ち抜かれた音が聞こえた。


 そりゃそうだよ、そーりゅんのウィンクはもう破壊兵器なのだから。ハート直撃貫通破壊兵器なのだから!


「おとなしくしててね~」


 ふんふ~ん、と鼻歌を歌いながら、上機嫌に僕の髪の毛をイジリ始めるそーりゅん。


「あら、良いわねこのヘアクリーム」


 イマイチおしゃれ用品には疎いので、自分の髪に付けられても何が良いのかはよく分からないが、そーりゅんが言うのだから良いのだろう。


 ……って、近っ!!


 そーりゅんの顔、近い!ちょっ、待って!ダメだってこれ!正面からすっごい近い!ちょっと顔を前に出せばキス出来ちゃいそう!


 しないけど!そんな恐れ多いことしないけど!


 でも近いっ!可愛い!良い匂いする!


 まつ毛長いっ!

 鼻筋綺麗!

 唇ぷるんぷるん!

 肌綺麗!


 ああーーそーりゅん大好きぃぃぃ!!


「はい、でーきた。そんで、ここをヘアピンで止めて……うん、完璧!」


 ぱっ、と距離が離れた。どうやら髪のセットが終わったらしい。


 ほっとしたような……惜しいような……いやでも、あのまま続いたら心臓が破裂していたであろうくらいにドキドキが凄いことになっていたので、デンジャーゾーンを突破する前に離れて良かったと思うこととする。


「見て見て!鏡見て!可愛いわよ~!」


 …?鏡?可愛い?誰が?


「……ひいっっ!!」


 改めて自分の格好を見ると、気が遠くなるほどに女子だった。


 可愛いワンピースに、前髪を上げて分け目を作り、瞳がはっきり見えるように整えられ、星形の飾りの付いたヘアピンが、髪を留めると同時にアクセサリーとしてアクセントを与えている。


 あまりにも自分だと思えなくて、「可愛い女の子が居る」とか思いそうになって、いやいやなんだその自画自賛、と思いとどまる。


 っていうか、他人だったら可愛いけど、自分だと思うとなんかもう気持ち悪いな!あと恥ずかしい!!今更こんな格好恥ずかしい!!


 全身が真っ赤になっていくような感覚。


「な、なんでこんなことを!?」


「だって、そうした方が可愛いと思ったから。うんうん、やっぱり可愛い!私の眼に狂いは無かったわ。雪猫さん可愛い!」


 そ、そんな満面の笑顔でなぜそんなことを!?パニック!軽くパニック!!


「か、かかかかか……可愛くなんてないですっ!」


 何をツンデレみたいな返答してるんだ僕は!!


 もう長いこと男っぽい格好と喋り方で生きて来たので、可愛いなんて言われた記憶も、子供のころの遠い過去だし、どうリアクションしていいかわからない!


 そーりゅんだったら、「可愛い」って言われても「知ってるー」って返すんだろうけど!そしてそれが全然嫌味でもなくむしろ魅力的に見えるんだろうけど!!


 僕には無理だぁぁああーーー!!


「ねぇ店員さん、これ全部でおいくら?」


 買うのですか!?


「ちょっ、あの…そーりゅ…」


 しかし僕の抗議は、テンションの上がった店員さんの甲高い声に打ち消される。


「いえいえ!お代は結構です!あ、あの!この前のライブ、素晴らしかったです!私、ファンになりました!これからも、応援してます!」


 ファンになったからタダで良いのか、それとも国の為に歌い踊ってくれているアイドルだからタダで良いのか……両方かな?


「そう?ありがと♪」


 再びのウィンク!


「い、いえ!ぜひまたお越しください!!」


 ああー、目がハートになってるー。


 わかる、わかるよ!一日に二回もそーりゅんウィンクを食らったら、心の扉を粉々に砕かれて、中にそーりゅん成分が入り込んで、溢れんばかりに好きになるだろうともさ。


「よし、じゃあ次行ってみよう!」


 不意に僕の手を掴み、そのまま外へと駆け出すそーりゅん。


「え?え?このままですか!?僕この恰好のままですか!?」


 こんな女の子っぽい格好で!?


「そうよー、あ、あと今日一日「僕」禁止ね。その可愛い格好には似合わないわよ」


「ええええーーーー!?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る