第四話-5

「国民ランキング……?」


 暗闇から光の下へと戻ってきて、窓から入る太陽の眩しさに目を細めつつ自室のベッドの上に座っている僕に突き付けられたのは、そんな聞き慣れない言葉だった。


「そうですじゃ」


「……そのランキングが、あのお婆さんが亡くなった事と何か関係が有るのですか?」


 質問内容は、「生体人形同士の戦いなのに、どうして犠牲者が出たのか」だったのだけれど……それに対する答えが「国民ランキング」では意味がわからない。


「生体兵器は神の御創りになったものとは言え、何の代償もなしに動かせる訳ではありませんですじゃ」


「そうなんだ、神様って言っても所詮そんなもんなんだなぁ…」


「ち、違うのだわ!神様は万能なのだわ!あえて、あえてそうしたのだわ!」


 目が覚めた時にはもう頭に乗っていたピロッパが、そのまま頭上から抗議の声を上げる。

 私をあの暗闇の夢に閉じ込めて、そこでの会話を可能としたのもピロッパの能力なのだろう、きっと。


「ですじゃですじゃ。あえてですじゃ。何の代償もなしに動かせては、いくらでも無制限に戦争が出来てしまうので、制限をかけるためにも代償が必要だったのですじゃ」


 ……二人とも必死だ……無宗教の日本人にはイマイチわからないけど、本当に神様が絶対的な存在なのだなぁ。


「それで、その代償って言うのは?」


「それは、国民の生命エネルギーですじゃ。国民全体から生命エネルギーを貸与……つまりレンタルして、そのエネルギーで人形を動かすのですがじゃ……」


「基本的にはエネルギーは、戦争が終わったら戻されるのだわ。でも、人形が壊されると、その分のエネルギーは失われてしまうのだわ」


「……失われるとどうなるのさ?」


「それはその……生体エネルギーは、生命を保つためのエネルギーなので……失われると、その分の国民が……死ぬのですじゃ…」


「はぁ!?」


 思わず大声が出た。そりゃあそうだろう。


「意味がわからない。そもそも人類が滅亡するからって生体人形に戦わせてるのに、人形がやられたら人間が死ぬんじゃあ、何の意味も無いよ!」


「落ち着いてくださいですじゃ、人形が一体壊れたからといって、一人死ぬわけではないのですじゃ。正確な数は把握できていないのですが…数十体壊れると、一人亡くなると思われているのですじゃ」


「数十体って……また曖昧な」


「どうも、生体人形の中でも多くのエネルギーを使うものとそうでないものがあるらしく、それはこちらで把握するのが難しいのですじゃ」


「それに、神の技術を詳しく調べるのは御法度なのだわ。それは人間が神に近づこうとする行為として、厳しく罰せられるのだわ」


 …言いたい事はいろいろあるけれど、それがこの世界のルールだと言うことは、飲み込まないといけないのだろう。


「ランキングも、まさにそれですのじゃ。神様が定めた国民の序列が存在して、生体エネルギーが失われると、その序列で下位の人間から死を迎えると言われているのですじゃ」


「………は?」


 なんだよそれ……!


「それはつまり、あのお婆さんは、序列が低かったから死んだってこと?なにそれ!そんな理不尽なこと無いよ!」


 命の価値を勝手に決められて、それが低いから死ぬ!?そんな馬鹿な話があってたまるか。


「仰ることはわかるですじゃ。けれど考えても見てください。誰が死ぬのか分からず、いきなり王様が死ぬようなことになったら、一瞬で国は傾いてしまいますじゃ」


 それは…!


 ……それは……そうだけど。


「調べてみたら、あのお婆さんは、重い病気で、余命200日程という診察を受けていたようなのだわ。序列が低いのも仕方ないのだわ」


「でも……でも!……あのお婆さんは孫のちーちゃんに凄く愛されていたし、お婆さんの作るアヤンカルは、とても……とても美味しかったんだ……!」


 ああ、悔しい……こんな感情論でしか反論できない自分が、とても悔しい。


「もちろん、国民一人一人、みなが大事な命ですじゃ。けれど、王や、その周辺の重要や役職についているもの、国の為に大切な使命を持っているもの、労働力として活躍出来る健康なもの、子供を産める夫婦、そして何より国の未来の為に大切な子供たち。優先順位が付くことで、そういうものたちが守られるのですじゃ」


「全員の命を守る事が出来ないのなら、大事なのは国を守ることなのだわ。国をしっかりと動かしていくことが、結果的に多くの国民を守る事になるのだわ」


 ―――反論が、何も浮かばない。


 だって僕の中にあるのはただの感傷だから。


 あのお婆さんと出会って、話して、優しくて。友達になれるかも知れないと思ったちーちゃんに怒りをぶつけられて。


 そういう思い出と、やるせなさが、納得を邪魔しているだけで、このシステムが、とても効率的なのは理解できる。


 あのお婆さんがどう考えていたかは知る由も無いけれど、僕がその立場だったら、子供や孫が死ぬよりは、自分が死ぬ方が良いと思うだろう。


 犠牲が出ないならそれが一番良いのは、誰もが思っている。


 けれど、一方的に戦争を仕掛けられ、戦わなければならないとなった時に、どうしても犠牲が出るのだとして、僕が王様で、このシステムを使うも使わないも自由だとしたら……きっと、使うだろう。


 使わない選択を、誰が出来るだろうか。


 ならば僕に、それを批判する資格なんて、有りはしないのだ。


「――――わかりました。……すいませんでした、感情的になって…」


 深く呼吸をしながら、軽く頭を下げた。


 まだ心はざわざわしているが、反論できなくなった時点で僕の負けだ。


 ここで感情的にわめき散らすことに何の意味があるだろう。


 ――――――嫌だねぇ、若くして諦めることを覚えてしまった人間は……けれど仕方ない、僕は諦めることでしか生きてこられなかったのだから。


 諦めなければ、生きることがあまりにも辛すぎたから。


 でも―――そんな人間が諦められなかったのがアイドルだ。


 だから、そこだけは―――――――譲れない。


「では、次のお願い……聞いていただけますか?」

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