第四話-3

 瞼の裏だけを、ずっと見ているような感覚。


 眼は開いているのに瞼の上にもう一枚、自分の意志ではどうにもならない瞼がある。


 それを必死にこじ開けようと、指で押しているのだけど、一向に開く気配はない。


 そうしてやっと気づくのだ。


 ここが、完全なる暗闇の中だと言うことに。


 眼はとっくに開いていた。しかし、完全な暗闇の中ではそんなことに意味は無い。


 開いていようと閉じていようと、何も見えないのだから。


 かすかに漏れる月明かりすら存在しないので、夜と言う事でもないのだろう。


 そんな暗闇の中で僕は、身動きも出来ずにただじっとしている。


 動けない訳ではない、けれど、動くことに意味は無い。


 だって、何も見えないのだ。自分の姿さえ。


 何の目的も無く、目指すべき場所も無いのに、この暗闇の中で何をどうしろと言うのか。


 ―――――そもそも、なぜ僕はこんなところに居るんだっけ…?


 確か、確か―――――病院!!


 そうだ、病院に行って、そこでちーちゃんに出会って……。


 と、なるとこれは……。


「居るんだろ!?シュナイダーさん!ピロッパも!!どこなのさここ!なんでこんなことするんだ!!」


 シュナイダーさんもピロッパも、理由は分からないけど僕を騙していた。


 それを知ってしまったから、だからこの暗闇に……どこかの地下室か何かに閉じ込めたとでも言うのだろうか?


 ……信じたくない……二人が嘘をついていたとしても、閉じ込めるなんて思えないし、一緒に過ごした日々が全部ウソだったとは思いたくない。


「――――少し、話を聞いていただけますですじゃ?」


「!!シュナイダーさん!」


 暗闇の中から声がする。


 けれど、どこから聞こえてくるのかわからない。


「どこに居るんです!?それに、ここはどこですか!?」


「ここは――そうですな、夢の中とでも思っていただければ、問題無いのですじゃ」


「…夢?これは、僕が見ている夢なのか…?」


「いいや、ワシが見せている夢……と言う方が正確かもしれませんですじゃ。ワシはいざとなると臆病でしてな……こんな方法でもないと、真実を明かす勇気が持てないのですじゃ」


 真実……真実か。


「やっぱり、何かを隠していたのですね」


「ごめんなのだわ、ご主人様…」


 ピロッパの声だ。


「……ピロッパ……残念だよ。僕はご主人様として、ピロッパに信用されていなかったんだね」


「ち、違うのだわ!そうじゃないのだわ!話を聞いてほしいのだわ!」


 焦りと悲しみのこもったピロッパの声。


 ……ああ、どうやら、ピロッパが僕のことを好意的に思ってくれていたのはどうやら嘘ではないらしい、とその声から感じられたので、少しだけ心の扉が開いて、話を聞く心の準備が出来た気がした。


「申し訳ないですじゃ……いつか話そうとは思っていたのですじゃが……話したことで、協力を断られるのが怖かったのですじゃ」


 僕は、先ほどのちーちゃんの言葉を思い出していた。



「戦争への、協力―――ですか?」



「……そうですじゃ」


「―――ハッキリと、認めるんですね」


「この場は、真実を話すための場ですじゃ。嘘は申しませんですじゃ」


「……そうですか、なら、説明してください、全てを、包み隠さずに」


 意図的に、言葉に怒気を込める。


 今僕はきっと、怒っていい立場なのだから。


「お話しますじゃ……少し、長い話になりますが、よろしいですかな?」


「聞きますよ、いくらでも」


「では、そうですじゃな……まずは、こちらをご覧くださいですじゃ」


 その言葉と同時に、暗闇だった空間に、白い文字が浮かび始めた。


 その明りに、少し目を細めるが、すぐに慣れて読めるようになる。


「これは、この世界の神様が作った、戦争のルールですじゃ」


「戦争の……ルール?これが?」



【1・戦争は、各国間に作った5つの戦場を奪い合うべし】


【2・戦争は、人類という種の全滅を防ぐため、兵士の8割以上を生体人形とすべき】


【3・生体人形兵士の改造は固く禁じる】


【4・しかし、国民の想いを反映させることで、生体人形兵士の能力は一時的に上がるモノとする】


「まだまだルールはあるのですじゃが、この四カ条が最も基本で、ルールの根幹を成すものですじゃ」


「ハッキリ言いましょう、よくわからない!」


 ハッキリ言ってやりました。


「ど、どこがですじゃ?」


「どこがっていうか、全部です。そもそも、なんで神様がそんなルールを作って、しかもそれに皆が従ってるのかが、まず謎です」


 そもそも戦争って、決められたルールの下でやるものなのか?


「……?何を言っているのですじゃ救世主様?神様がそう言われたのだから、従うのは当然のことなのですじゃ」


「……そういうもんなの?」


「救世主様の世界では、そういうモノでは無いのですじゃ?」


「そうですね、僕らの世界では、神様は「隣人を愛せ」と仰られた様だけど、実際はバンバン殺し合いをしているので、そういうものではないですね」


「なんと……」


「信じられないのだわ!。神様の言う事に逆らうなんて、考えたことすらないのだわ」


 なるほど、この世界では神様は絶対的な存在なのだな。


「まあほら、僕の世界では、神様ってのはたった一人じゃなくて、いろんなところに色んな神様が居て、それぞれ言う事も違いますからね、色々ややこしいんですよ」


「神様がたくさん…どういう意味ですじゃ?」


 本当に理解が出来ない、という声をしておられるけれど……説明出来るほどの知識も無いし、なによりも、だ。


「あの……その説明、どうしても今しないとダメですかね?こちらも聴きたいことたくさんあるのですけど…」


「ああ、そうですじゃな。申し訳ない。話は後日聴かせて頂くとして、説明を続けますのじゃ」


 ……僕、後日説明することになったの…?


 逃げ足を鍛えておこう。



 そこからの説明はとにかく長かったので簡単にまとめると、隣のゼープ国と、国の間に設けられている5つの戦場を取りあう戦いで、勝ったり負けたりを200年繰り返しているのが、この国の戦争だ。


 5つ全部を奪われると、問答無用で敗戦。


 負けを認めて戦勝国の統治下に入らなければならない決まりなんだとか。


 その戦争で活躍するのが「生体人形」という、自動で動く人形……簡単に言えばロボットみたいなものらしい。


 あまりにも戦争を繰り返すので、人類の滅亡が現実味を帯びてきた数百年前に、神が与えたのが、この戦争のルールと生体人形なのだとか。


 戦争をやめろ、と言えば良かったのに……と思うのだけど、基本的に人間の歴史に介入しないのが神の決まりらしく、それを守りつつ滅亡を防ぐギリギリの策だったとかなんとか。


 これにより、大量の物量をぶつけ合うだけの原始的な戦争から、ステージごとに決められた最大人数(人形も含む)をどう使って相手に勝利するか、という戦略が練られるようになったという話なので、神は結果として戦争を進化させたのか。


 それは良いのやら悪いのやら。


 ……で、ここまではとりあえず理解できたのだけど……問題は、ここからだった……。

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