第四話-2
以前お城の中を探検してる時に見つけた、外から調理場へと食材を運び込むのに使われている通用門から、こっそり抜け出す。
そのまま、記憶を頼りに道なりに歩く。
一応変装として、帽子をかぶって、大きめの黒い上着でいつものライブTシャツを隠しているのだけど……それだけで、見事に気付かれない。
普段なら馬車の窓からこちらを覗きこんで、「救世主様―!」なんて手を振ってくる町の人達だけど……今は見事にスル―だ。
まあ、僕は基本的に外見的特徴がないギャルゲー主人公を理想として生きているので、「救世主」という肩書きで飾りつけなければこんなものだし、この方が楽でいい。
そもそも僕は「救世主様」なんてガラじゃないのだ。
だいたい考えてみれば、アイドルの応援を教えるだけで救世主というのもおかしな話だ。
シュナイダーさんとか、運営にかかわってる人達が言うのは、まあ百歩譲って理解できる。
自分たちが推進しようとしている「アイドルと言う文化」そのものを飛躍させるためにコールが必要だと言うことなら、それを教えてくれる人間を「救世主」だと評するのは、大げさではあるけれど、一応筋は通っている。
でも、街中の人達がみんなそう呼ぶのは…………考えれば考えれるほど、何かおかしい。
今までは忙しくて、そこまで考えが回らなかったけど……一体どういうことなんだろう……?
帰ったら、ちょっと問い詰めてみよう。
そんなことを考えてながら歩いていたら、病院の前まで辿りついていた。
縦20m、横40mほどの薄い緑色の長方形の建物、その外壁に大胆なくらいに堂々と蛍光ピンクで「病院」と書いてある。
……わかりやすいし、そのおかげで、壁が緑色にもかかわらずここが病院だと解ったのだから良いのだけど……正直なんていうか……物凄くダサイ…。
デザインセンスの欠片も無いというか……見てるだけでちょっと恥ずかしくなるレベルだ。
まあ、翻訳魔法によってそう読めているだけなので、実際にこの世界の人が受けている印象とは違うかもしれないのだけど。
うん、そうに違いない。
病院の前には、駐車場ならぬ駐馬車場(?)が広がっていて、馬が何頭も止まっている。
そんな馬たちの陰に隠れるように、こそこそと病院の中へと入る。
中は広々としていて、奥に受付と、その前の広間に大量のソファー、たくさんの患者さんとらしき人たちがそこに座って待っている待合室だ。
うん、病院のロビーっていうのはどの世界でも、効率的な作りを考えれば似たような形になるものなのかな。
そう思いながら歩を進めると、ソファに座っているご老人の会話が聞こえて来た。
「この病院は、お医者さんも腕が良いし、看護師さんも優しいし、ホントに良い病院ですねぇ」
「そうですねぇ、アレさえなければ完璧なんですけどねぇ…」
…アレ…って、なんだろう?
まさか、医療ミスとかそういう…!?
「ああ、本当にそうですねぇ……あの外壁に「病院」ってデカデカと書いてあるの……あのセンスはねぇ…」
「アレはねぇ……ダサイですよねぇ…」
……やっぱりダサいんかい!!この世界のセンスでも、堂々とダサイんかい!!
まあそんなことはどうでもいい、当初の目的を果たすとしよう。
とりあえず、ダメもとで受付に聞いてみよう。
「あのー、すいません」
「はいはーい、どしたですかー?」
不思議な訛りのある、少し太った優しそうなおばちゃんの看護師さんが対応に出て来た。
「えーと…あの、昨日ライブ会場で倒れられたお婆さんが、ここに運び込まれてきませんでしたか?」
考えてみたら、あのお婆さんの名前を知らないので、尋ね方としてはこれしかない。
「はいはーい、どのおばあさんですかー?」
「……どの…?そんなに何人もいたんですか?」
「そりゃそですよ、だって昨日は―――」
「ちょっとあなた!」
突然、受付の奥から出て来たベテランっぽい看護師さんが、対応してくれてるおばちゃんの言葉を遮るように声を荒げた。
そして、パタパタと音を立てながら近づいてくると、おばちゃんの耳に何やら小声でささやいた。
するとおばちゃんは無言で頷き、
「すいません、患者さんの事に関しては、お教えできんのんですよー」
と、僕の方に向き直りながら言った。
「え?だって、さっきは……」
「すいませんー、あ、でもあなたが、患者さんの身内だと言うのなら、身分証を見せていただければ、お調べ出来ますけど……お持ちですか?」
突然の態度の変化に戸惑いながらも、言われていることには、一応筋が通っている。
特に、探してる患者の名前も言わないで尋ねるなんて、普通に考えたら怪しすぎる。
「えーと……あ!身分証忘れてきちゃいました……すいません、出直します」
さすがに、身分証は無い……とは言えないので、とっさに言い訳して、なるべく不自然の無いように立ち去る。
背後で何か、こそこそと話しているような声が耳に届いたけれど、聞こえなかったふりをして、そのまま病院の外に出る。
そのまま駐馬車場を突っ切り、入口から死角に入ったところで……大きく息を吐いた。
「はあ~…危なかった……下手したら通報されててもおかしくない案件だった気がする……」
けど、病院がダメとなると、お婆さんを探すのが難しくなるな……最初に出会ったあの村まで行くのは……ダメだ、歩いて行くには遠すぎる。
……ここに停まってる馬車ってヒッチハイクとか出来ないのかな…?
その時、病院から出てくる人の気配を感じて、思わず隠れる。
怪しい奴が居たから様子を見に警備員さんが来たとか、そういう可能性を考えて隠れてしまった自分はなんかもう犯罪者の心理なのか…?
こっそりと様子を窺うと……
「あ!」
思わず、声が出た。
「ちーちゃん!」
そして思わず、駆け寄った。
このタイミングで、病院から、あのお婆ちゃんの孫であるちーちゃんが出てくるなんて、幸運にもほどがある。
近づいて確認しても間違いない。
薄い褐色の肌に黒髪ポニーテールが、白いワンピースに良く映えていて、可愛い。
けれど……
「あ……先生…様…」
その表情に、笑顔は無かった。
なにか呆然としているような、涙をこらえているような……悲しげな瞳で、僕に視線を向けた。
けれどその目は、本当に僕を見ているのかどうか……ただ、反応として顔と視線を向けただけで、僕を見ていないような感覚に襲われる。
「――どうしたの?」
愚かな質問だ、と思った。
考えれば想像は容易い。
昨日の夜に倒れたお婆さん、翌日病院で、笑顔を失った孫……もちろん、この予想は外れていた方が嬉しいものなのだけど…。
そんな曖昧な希望を込めたにしても、やはり愚かな質問だと思う。
だから、その質問には、答えが返って来なくても仕方ないと、そう思った、まさにその瞬間だった。
「――――――――うそつき…!!」
「……え?」
泥の底からガスがぼこりと湧きあがってきたような、重い何かを押しのけて発せられたその声に、僕は耳を疑った。
「嘘つき、嘘つき!!!なにが救世主様よ!!嘘つき嘘つき!!」
先ほどまで感情に乏しかったその瞳に、目一杯の悲しみと、ありったけの怒りが詰め込まれていた。
「ちょっ……ちょっと待ってよ……僕がなんの嘘をついたっていうの?」
全く思い当たるところの無い激情をぶつけられて、困惑するしかない。
「嘘つき!嘘つきだ!!救世主様が居れば、絶対に勝てるって言ってたのに!誰も犠牲にならないって!誰も!誰も!!!」
頭を振り、ポニーテールを激しく揺らしながら、涙を撒き散らし、感情をぶちまける。
何を、何を言ってるんだろう?
勝てる?犠牲?意味がわからない。
だって、僕がやっていたのはただの応援だ。アイドルの応援だ。勝つも負けるも無いし、犠牲?犠牲って?
「勝つって……何に?」
「決まってるじゃんそんなの!!」
ギッ!とこちらを睨みつけた彼女の口から出て来たのは―――あまりにも、想像の外にある言葉だった。
「――――戦争だよ!!」
………戦争…?
戦争って……あの戦争?
え?待って待って、意味がわからない。
「何言ってるの?僕はただ、アイドルの応援をしていただけで…」
「だから!それが戦争なんじゃないですか!お婆ちゃんを返してよ!!戦争のせいで死んだお婆ちゃんを返してよ!!」
体が、揺れていた。
泣いているちーちゃんに胸を何度も何度も叩かれ、体が揺れていた。
しかし僕は痛みを感じることも無く、ただただ考えていた。
ちーちゃんの発した言葉の意味を、考えていた。
―――アイドルの応援が……戦争?
わからない、ちーちゃんは一体、何を言っているんだろう?
けれど僕を睨みつけるこの目は、この瞳は……彼女が心の奥底からの言葉を吐き出していると物語っていた。
だとしたら、僕は一体、この世界で今まで何をしていたのだろうか?何をしてきたのだろうか?
疑問は少しずつ、恐怖へと形を変える。
シュナイダーさんも、ピロッパも、エイルドアンジュのみんなも、僕を騙していたのだろうか?
騙す?一体何のために?
だいだい、アイドルの応援がどうして戦争に結び付くんだ?
「そこまでにして頂きましょう」
突然、いつも馬車を運転してくれていたトモアキさんの声が聞こえたかと思うと、泣きわめいていたちーちゃんが、意識を失うようにして倒れた。
「…えっ?ちょっ、大丈夫ちーちゃ―――」
そこで、僕の意識も暗い闇に沈んだ。
倒れる間際に、トモアキさんと、その背後に居るシュナイダーさんとピロッパの姿を見たような気がした―――――――
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