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第四話

 心が弱ってる時に聞くアイドルソングは麻薬だと、言っていたのは誰だったっけ。


 私の場合も、まさにそれだった。


 会社をいくつも経営するような、いわゆる名家に生まれた優秀なお嬢様だった小学生時代を経て、親の薦める名門中学校を受験……したは良いけれど、見事に不合格。


 第二志望も不合格で、一瞬で出来の悪い子の烙印を押され、結局公立の中学へ。


 一度狂った歯車はなかなか噛み合わず、公立ですら成績は中の上レベル。


 家では親に罵られ、学校では受験に失敗した落ちこぼれだと笑われ、心身ともに弱り切っていたところに――――シュリンプリンの歌が刺さった。


 ご存知そーりゅんの所属グループ、シュリンプリンの名曲「ココデ叫ベ」を偶然耳にしたのが、全ての始まり。


 今にして思えば、いかにもアイドルソングの王道っぽい応援ソングなだけど……当時は思ってしまったのだ。


「この歌は、私のことを歌ってくれている…」と。


 そう自然に思えるほどに、歌詞が、メロディが、心に刺さり、そしてなによりも歌い踊っているシュリンプリンが、特にそーりゅんが、私の心を捉えて離さなかった。


 こうなりたいって、ああなれたら素敵だって、心の底から思える人に、初めて出会えた。


 可愛くて、格好良くて、強くて、凛としていて。


 それでも決して驕らず、努力を忘れず、毎日新しい魅力を見せてくれる。


 そんな女の子に、私は憧れたんだ。


 だってそーりゅんには、女の子の理想が全部詰まっていたんだから。


 一度転げ落ちたら、アイドル道は急坂だ。


 ごろごろごろごろ深いところへ。


 一人でライブへ出かけるようになるまで、半年もかからなかった。


 そして、一度行ってしまえばもう終わり。

 そこから這い上がる術は、もう無いかった。


 ……いや、もしかしたらあったのかもしれないけど、見つけたとしても、あっさり捨ててしまっただろう。


 それほどに、その世界は、アイドルは、私を高揚させ、興奮させ、胸を高鳴らせ、そして癒した。


 家や学校での嫌なことを全部忘れて、ただただ多幸感に包まれる空間を見つけた。


 どれだけ救われただろう。


 心の平安を手に入れると、不思議なことに狂っていた歯車が噛み合い始め、学校の成績は急上昇し、今まで私を馬鹿にしていた人たちも、一目置くようになったいった。


 ただまあ、どんなに成績が上がっても、自室にアイドルグッズがどんどん増えて行き、頻繁にライブへ通う私を、両親は決して認めず、軽蔑の眼差しを向けて来たけれど――――そんなことはどうでもいいと思えるくらい、私の世界は広がっていたのだ。


 常に親の眼や周囲の目を気にして生きていたのは、それが世界の全てだったから。


 でも今は違う。


 アイドルの世界を知り、そこで頑張っている子たちを見て、世の中にはいろいろな生き方があるのだと知った。


 アイドルを通じて知り合った、年齢も職業も性別も違うたくさんの人達を通して、世界の広さを知った。


 今まで親に言われてきたことが、どれだけ狭い価値観から発せられて来たのか知った。


 教室と言う狭い世界でつまらない勢力争いをしている同級生たちのくだらなさが、よく見えるようになった。


 私は、救われたんだ。


 これは逃避なのかもしれないけど、でも――――私の心を支えているものだ。


 だから私は、応援をする。


 感謝の気持ちと、好きって気持ちを、全身全霊で表現する。

 それが恩返しになるかはわからないけど、でも、伝えたい。


 それが私の応援だ――――――――――――




 目が覚めると、もう陽は高く昇っていて、窓からは部屋中を真っ白に染めるほどの光が入りこんでいた。


「……眩しい…」


 よく今まで目が覚めなかったな……と思うほどに、寝起きでまだ乾いた瞳を、痛いほどに刺激する光。


 そうか、昨日ライブだったから……疲れてたんだな。


 いつも思うのだけど、応援しているだけの僕らがこんなに疲れているのだから、実際に舞台上で歌い踊っているアイドルさんたちはもっと大変なのだろうなぁ……。


 まあ、普段からレッスンしてるだろうから、万年運動不足の僕とは違うんだろうけど、それでもあの運動量には素直に尊敬を覚えてしまう。


 ライトを反射して、キラキラと輝く汗がまた綺麗で……って、汗……?…あれ…?なんか……汗臭いな…?


 そう言えば、昨日入ったんだっけか、お風呂―――――――


「―――――――――んあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁあぁぁあーーーーーーーー!!」


 おーーもーーいーーだーーしーーたーーーー!!

 思い出したぁぁぁぁぁぁーーーー!!!!


 水の中に赤い塗料を溶かしたように、自分の顔が一瞬で真っ赤に染まっていくのがわかる。


 おふ、おふ、お風呂で!そーりゅんの!は、はだ…裸…!!


 はあああああ~~~~~記憶無くなれ~~~いや、無くしてしまうには惜しい~あの完璧な美しさは記憶にとどめておきたい~!

 でも恥ずかしいし、神々し過ぎて直視できない、自分の記憶を直視できない!


 接し方がもうわからない!そーりゅんとの接し方が!


 ……落ち着け、落ち着け僕よ。


 とりあえずアレだ、そう、お風呂入ろう。


 昨日結局入れなかったから、さすがに汗臭いしちょっとベトベトしている。


 女子高生としては致命的だ。


 いやまあ、そもそも女子高生として致命的な部分はもっとたくさんあるのだけど、「臭い」と「汚い」ってのはきっとなによりダメなんじゃなかろうか。


 普段は男っぽい格好や言動をしているし、なんなら男のフリをすることもあるけど、根っこの部分では女子のプライドを忘れてはいけないのではないか、とも思っている。


 なので、皆が集まる朝ごはんの前にはお風呂で綺麗に体を洗っておきたい。


 良し、行こう!今日一日を、お風呂から始めよう!



 さすがに昼間からお風呂には誰もいないだろう……と思いつつも最大限の警戒をしつつお風呂に入り、昨日のそーりゅんをなるべく思い出さないように、なんとなく薄目のままお風呂を済ませたのだった。


 人間と言うのは単純なもので、体がすっきりしたら、なんだか思考もすっきりするものだ。


 そーりゅんに対して抱いていたこう……よこしまな…というとなんだか語弊があるけど、思い出すだけで全身が沸騰するようなあの感覚は少し薄れて、純粋な好きが戻ってきた。


 うん、気持ちが落ち着いた。


 ……となると、お腹が空いた。食堂へ行くか。




 用意されていた朝食を食べ終えて満足すると、さっきよりさらに気持ちが晴々としている。


 さて、スッキリしたところで今日は……なんだっけ?

 今日なんか予定あったっけ?


「そんなご主人様に素敵なお知らせなのだわー!」


「……おはようピロッパ、毎度唐突な登場だね。で、素敵なお知らせって?」


「なんと、今日は一日、ご主人様に自由時間をプレゼントなのだわー!」


「……休日……ってこと?」


「ピンポンピンポーン!だわ!」


 それは本当に素敵なお知らせだ……!


「……自由…なんて尊い響き…!」


 ここのところ本当に、ブラック企業並みに毎日休みなく働かされていたので、この休みを嬉しいと思ってしまっている自分が居る!


 休日は当然の権利のハズなのに!


 くそぅ!これが社畜なのか!?


 僕はまだ就職もしていないのに、社畜精神を身につけてしまったのか!?


「なぜそんなに悔しそうに机を叩いているのだわ…?」


 ピロッパは心底不思議そうな顔をしている。いやまあ、休みを告げられて喜ぶかと思っただろうに、いきなり悔しいリアクションをされたらそりゃあそうだろう。


「あ、ごめんごめん、気にしないで。ただの情緒不安定だから。休みは嬉しいよ、うん」


「……それならいいのだわ…?じゃあ、どこか遊びに行くのだわ?一緒に行くのだわ?」


 凄く期待を込めた顔でこちらを見てくるピロッパ。

 一緒に遊びに行きたいのだろうか。


 ……とは言え、こっちの世界で遊ぶ場所なんて知るはずもないしなぁ。


「どこか、良い場所があるの?」


「色々あるだわ!見て見てなのだわー!」


 モフモフした毛の中から、突然ガイドブックらしきものが出て来た。元の世界でも、本屋でよく見かける旅行ガイドブックくらいの大きさなのだけど……あのサイズだと毛の中に入るのかな……?四次元モフモフか…?


「ほらほら!ご主人様には、この世界の美味しいもの、いろいろ食べてほしいのだわ!」


 言いながら、よだれが垂れているよピロッパ。どうやら自分が食べたいらしい。


 ……けど、確かに美味しそうな食べ物が並んでいる。特に、甘いお菓子を見ると心が躍る。


 うーむ……やはり私は結局女子なのだなぁ、と思い知る。ワクワクを抑えることは難しい。


 と、その時―――目にした写真が、ひとつの記憶をクイッと揺さぶり引き出した。


「あ、これ……アヤンカル…?」


 そうだ、以前アヤンカルをくれたあのお婆さん……昨日のライブ終わりに倒れてたよね……どうなったのかな…?


「あれ?ご主人様、アヤンカル御存じなのだわ?どこで食べたのだわ?」


「……うん、ちょっとコール教室の時に……あ、そうだピロッパ、昨日、ライブの後に倒れたお婆さんが居たんだけど、その人どうなったか知ってる?」



「…………知らないだわ?」



 ―――――なに?その反応…?


 明らかに、一瞬でピロッパの空気が変わった。


 先ほどまで浮かれた様子は霧散し、焦りと緊張が伝わってくる。


 背筋がぞわっとするような違和感だ。


「ねえピロッパ…なにか、隠してる?」


「隠してないのだわ?」


 クリっとした目を逸らすこともなく、じっと僕の眼を見てくる。


 その目があまりにも真剣過ぎて、逆に僕の疑いを強める。


「ねえピロッ…」


「あ!我は急に用事を思い出したのだわ!ごめんなのだわ!お出かけはまた今度なのだわー!」


「あ、ちょっ…!」


 なんてヘタクソなごまかし方なの!?


 しかしそのスピードは速く、手を伸ばした時にはもう部屋から消えていた。


 ……怪しい……何か秘密があるに違いない…!


 とは言え、普通に質問しても答えてはくれないだろうし……あ!そうだ、病院!確か、お城から、東の町に行く途中の郊外に、大きな病院が有ったのを、馬車から見た記憶がある。


 あの大きさなら、きっとこの辺りの患者さんはみんなあの病院に集まるんじゃなかろうか。


 あのお婆さんがあのまま入院でもしていたら、アヤンカルのお礼も兼ねてお見舞いくらいは行きたい。


 よし、病院へ行ってみよう。


 馬車は――――…いや、歩いていこう、そう遠い距離じゃないし、ピロッパのあの様子だと、明らかに僕は何かを隠されている。


 他の人達も同じように何かを隠しているのだとしたら……そしてその鍵があのお婆さんにあるのだとしたら……病院へ行くことを妨害されるかもしれない。


 こっそり、なるべくこっそり、お城を抜け出そう。


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