第三話-5

「今日は本当に」


「「「「ありがとうございましたー!!」」」


 マリカさんのリードで、最後の挨拶が行われ、万雷の拍手と歓声で、ライブは幕を閉じた。


 全身を包む疲労感と、それを打ち消す多幸感。疲れているけど、それ以上に幸せだ。


 僕以外のお客さんもほとんどの人が笑顔を浮かべていて、満足感に包まれているように思う。

 このライブが成功だったことを肌で感じられて、さらに幸せな気持ちになる。


 ただ―――そんな中にぽつぽつと、不安そうな顔をしてる人達がいるのが気になる。


 ライブが気に入らなくて不満だ、というのならまあ仕方ないと思うのだけど、そうではなくて……なにか、とても心配なことが有るとでも言いたげな顔をした人たちが、確実に一定数存在するのだ。


 それが何を意味しているのか――――僕には知る由もないのだけどなんとなく、心がざわりと蠢いた。


 ―――ふと、何かに引っかかるように、視線が止まった。


 大量の人の波の中に……見覚えのある顔。


 あの子……見たことある……誰だっけ…?


 年齢は12歳くらいで、ポニーテールが印象的な女の子……確か――――。


 その時、女の子が人の群れの中へと手を差し入れて、何かを掴んで引っ張り出した。


 その手の先には、これまた見覚えのあるお婆さん……あ!あの人だ!!


 あの―――お菓子の人!アヤンカル!!アヤンカルの人!女の子はちーちゃん!!


 スッキリ。思い出してスッキリ。


 彼女たちも楽しんでもらえたかな、コールしてくれたかな、だと良いんだけどな。


 ……は、話しかけてみようかな…?


 一応、この世界で唯一の、エイルドアンジュ関係者じゃない知り合いというか、ちゃんと会話した人だし、もしかしたら、憧れのアレだ、ライブをきっかけにしてお友達が出来るという展開が有り得るのでは…!?


 今までも知り合いはたくさん出来たけど、お友達というほど深い付き合いは無かったから、ちょっとした憧れが……。



 などと悩んでいると――――突然、視線の先で………お婆さんが倒れた。



「――――――え?」



 転んだ―――最初はそう思った。


 でも違う、倒れたのだ。


 突然糸が切れたように、バタリと、地面に手さえつかずに、前に倒れた。


「おばあちゃん!!!!!!!!!」


 ちーちゃんの叫び声が響き渡ると同時に、僕も駆け出していた。


 しかし、僕がお婆さんの所へ辿りつくよりも早く、近くにいたライブのスタッフらしき人が駆け寄り、僕に掌を向けて制止する。


 基本的にスタッフさんの言う事には従う優等生オタクの自分は、条件反射的に足を止めてしまう。


 しかしやはり気になるのでもう一度、今度は先ほどよりゆっくりではあるが、小走りで近づき、お婆さんの様子を窺いつつ、動揺しているちーちゃんの傍へ。


 さらに駆けつけたスタッフ2人がお婆さんを囲むようにして傍に座りこんで何やら処置しているので、イマイチ様子が窺えないが、これ以上近づくのは遠慮してしまう。


 別に自分は医療知識があるわけではない、スタッフさんに任せるべきだろう。


 ちーちゃんも青ざめた顔をしつつもそれは理解しているのか、地面にぺたりと座りこみ、心配そうに視線を向けている。


 ふと僕に気づくと、腕をギュッとつかまれた。


 その力の強さと、伝わってくる震え。


 僕に出来ることは、腕を掴まれた痛みに耐えることだけだった……。



 すぐにタンカのようなものが届いた。


 ……浮いている…さすが魔法だ。そのタンカに、これまた魔法でお婆さんを浮かせて乗せて、そのままこの場を離れて行った。


 お婆さんを浮かせられるならそのまま運べばいいのに…?と少し思ったが、タンカに乗せた方が安定するとかそういう事があるのだろう。


 ちーちゃんは慌てて僕を掴んでいた手を離し、お婆さんを乗せたタンカの後を追って行った。


 僕はどうする事も出来ず、その背中を見つめていた。


 あまりに唐突で、すぐさま過ぎ去ったこの出来事は何だが現実感が無かった。


 けれど、腕には強く握られた跡が赤く残り、今の出来事が夢ではないと伝えていた―――。




 自分の部屋へと戻り、ソファに体を投げ出すように座るが、なんだか気分がすっきりしない。


 ライブは素晴らしかったし、満足感もある。


 全身が心地よい疲労感に包まれて、目を閉じれば今すぐにでも眠りに落ちてしまいそうなのだけど、やはり心に引っかかってるのは、ちーちゃんとお婆さんの事だ。


「……大丈夫だったのかな…」


 ん~~~……ダメだ、とりあえず風呂にでも入って、汗を流そう。


 そう言えば汗だくだものな。

 ちょっとあの二人の事を考え過ぎて、そんなことさえ忘れていた。


 時計を見ると……もう夜の10時過ぎだ。


 この時間なら、大浴場には誰もいないだろう。

 

 もう何度も入っているので場所は分かっている。僕は疲れた体を引きずるようにソファから立ち上がり、大浴場へと歩く。


 大きな扉を開くと―――50人位はいっぺんに入れるんじゃないのかと思うくらいの広い脱衣所に、脱いだ服を入れておく棚が4列ほど平行に並んでいる。


 僕は適当にその中の一つへと脱いだ服を入れて、くもりガラスの扉で隔たれた浴室へと足を踏み入れる。


 中はもう……改めて見ても正気を疑うくらいに広い。


 この大浴場は一般開放されていないので、使うのはこの城に泊まりしている人だけ。


 つまりは王族や貴族、もしくは要職に就いている人か、許可された数人のお手伝いさんだけだ。


 どう考えてもこんな25mプールみたいな岩風呂は必要ない。正気を疑う大きさ広さに、逆に落ち着かないわ!と思うのだけど、個人用の風呂はもっとセンスを疑う金ピカな光景が広がっているので、こっちの方がマシと言うものだ。


 24時間かけ流し天然温泉から漂う湯気で霞む視界の中、少しずつ歩を進めると……あれ?誰か居る…?


 あらら、こんな時間にか……まあ混浴でもないし、この広さだし、離れていればさほど問題は―――



「―――雪猫さん?」



 ……………?!?!?!!?


 湯気の中から聞こえたその声、その呼び方!!まさか、まさかーーーー。


「そ、そそ、そそそそそそそそそーりゅん!?」


 反射的に声の方へと目を向けると、湯気の向こうに、お風呂に足だけ浸かり腰掛けているそーりゅんのお姿!!


 お風呂なので当然の裸!!


「ひぁぁあああぁぁぁ!!!ご、ごめんなさいごめんなさい!まさか入ってるとは思わなくて!!」


 僕は慌てて自分の眼を自分の両手で塞ぎつつ、さらに後ろを向く。


 はああああ、ヤバイヤバイ、心臓がドキドキし過ぎている。とてもじゃないけど直視出来ない。綺麗過ぎた!ほんの一瞬だけど綺麗過ぎた!


 眩し過ぎて見られない!!


「なあに?そんなに慌てて。別に構わないわよ」


「いやいやいやいや、構いますって!何言ってるんですかそーりゅん!」


 慌てる僕の背中に、心底不思議そうな、そーりゅんの言葉が届く。



「……なんで?だって―――女の子同士でしょ?」



 僕はその言葉を振り切って―――


「し、失礼します!!!」


 目を塞いだまま、扉にしたたか体をぶつけながら、脱衣所まで飛び出した。


 ドキドキした心臓を抱きかかえるように体を丸めながら、脱衣所の床に転がる僕。


 あああああ恥ずかしい!!


 裸を見てしまった事はもちろんのこと、自分の裸を見られた事も、どっちも恥ずかしい!


 だって初めてなんだもの!


 家族以外の人に裸を晒した事なんて今まで無いんだもの!!


 それが憧れのそーりゅんだなんてーーー!!


 どーすればいいのーー!?



 ………猫藤 雪弥17歳………………………女子高生。



 まだまだ心は乙女なのです……!!




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