第三話-4
いよいよライブが始まった。
作ってくれとお願いしておいたオーバーチュアが流れ始めた。
ライブが始まる時に必ず最初に流れる曲、それがovertureだ。
これが有ると、聞いた瞬間に「いよいよ始まるぞ感」が一気に高まるのだ。
そして、この段階からもう曲に合わせて思い切りコールを叫ぶ!
「あーーーーよっしゃ行くぞーーー!!!マリカ!ミサキ!レナン!そーりゅん!響かせ歌声 未来へと舞え!!俺たちの女神エイルドアンジュー!!」
授業の効果なのか、同じように叫んでいる人も何割か居たけれど、やっぱりまだコールという文化がそもそも根付いてないだけあって、声が小さかったり、言葉が曖昧だったり、戸惑いが伝わってくる。
僕も初めてライブに行った時はそうだったので、それはもう仕方ない。
その時は、現場にたくさんのベテランファンの人達も居て、コールを引っ張ってくれていたから、それに付いていくことで少しずつ慣れていって、ライブの中盤くらいからはただただ楽しかった記憶がある。
今回の場合は、経験者が自分だけなので、さすがに全員を引っ張るようなことは出来ないだろうけど、せめて周囲の手本になるように声を張り上げよう、と改めて心に誓いながら、声を上げ続ける。
オーバーチュアが終わると、バッ!と照明がステージの中央を照らした。
どこにもライトらしきものは無いし、何よりもまだ夕方なのに、ハッキリとそこを照らす明かりが見える。これも魔法の力か…凄いな。
そして、その光の中心に向かって――――4人が、空から降りてきた。
ポーズを決めた4人が、何かに吊られることもなく、空から現れて、ゆっくりとステージへと、「降臨」した。
それはまさしく天使の如く――――。
その神々しさに、先ほどまでとは段違いの声援が会場を包む。
さらには、ステージ上空の何もない空間に、メンバーを映した映像が浮かび上がる。
まるで空をスクリーンにしたように、そこに映像が浮かんでいる。凄いぞ魔法!!
良いよ良いよシュナイダーさん!総合演出シュナイダーさん!
ちなみに僕は、ライブの内容には一切タッチしていない。
アドバイスを求められもしたけれど、所詮ファンの立場から言える事なんて大した価値は無いし、なによりも、ファンの想像や理想を超えるモノを作らなければ意味が無いのだ。
なので、そこはもうシュナイダーさんに頑張ってもらうしかない。
エイルドアンジュにはちょうどアルバム1枚分くらいの曲が有るが、国中に無料配布されていたその音源を貰って聞きまくり頭に入っていて、こちらの準備は万全だ。
さあ、一曲目!
イントロが流れ始めると―――会場が声援に包まれるぬ
1曲目は「ブリット天使」か!
「可愛さという弾丸でキミのハートを打ち抜く天使」、というコンセプトの歌「ブリット天使」!
ポップかつアップテンポで、しかも可愛いこの曲はライブで盛り上がる!
1曲目としてはお見事です!
「マーリカ!マーリカ!」
この歌は以前からある曲なので、センターだったマリカさんのパートが多い。
『打ち抜くわ 可愛さの弾丸で 誰にも避けさせはしないんだから!』
あれ?歌上手くなってる!!
ダンスも、前と比べたら格段に良くなってるし、何よりも笑顔でしっかりとパフォーマンスが出来ている!
そーりゅんが入ったことで意識改革になったのかどうかわからないけど、これは嬉しい進化だ!
会場のコールも、完璧とはいえないがそれなりにそろっていて、以前のバラバラな声援よりはよほど歌いやすそうだ。
まあ、コールは絶対しなければならないというものでもないのだけど、コールというものがあると知り、声を上げるにもタイミングが大事だということが何となく理解出来るだけでも、だいぶ違うのだと思う。
実際に、以前のように無秩序に声を上げる人はだいぶ少なくなっているように感じる。
それだけでも、僕のしたことには多少なりとも意味があったのだろう……たぶん。
そのままライブは続き、3曲目が終わったタイミングで、MCが始まった。
息を切らしながら、マリカさんがいきなりぶちかます。
「よく来たわね庶民たち!褒めて差し上げてもよろしくてよ!」
その瞬間、地響きのような「ぅおおおおーー」という、主に男性の声援が飛んだ。
もちろん女性の声援もあるけれど、マリカさんのキャラ…というか性格が、確実に特定層の男性に支持を受けているのがよくわかる。
「がおー!!お前ら盛りあがれよー!こっちは腹空かしても歌って踊るぞー!」
ミサキさんには、男女共に声援が飛ぶが、どちらかと言うと女性が多い感じがする。ちょっとボーイッシュな雰囲気もあるし、放っておけない言動が母性本能をくすぐるのだろう。
「―――……あの、えと……よろ…です」
相変わらず恥ずかしそうなレナンさんだが、その弱弱しさが可憐にも見えるので、一部男性ファンが熱烈な声援を送っている。守ってあげたくなる気弱さと、ピンクのツインテールのキュートさを持っていればそれも当然だろう。
そして―――
そーりゅんが一歩前に出ると、感情が緊張感に包まれる。
お客さんにしてみれば、突然の新メンバー加入からの、これが初ライブだ。
ダンスや歌の実力は、今の数曲で十分伝わっただろうけど、それ以外はいったいどんな人間なのか気になって仕方ないだろう。
そんな会場をゆっくり見まわすそーりゅんは、一見するととてもクールで格好いい。
しかし――――僕だけが知っているのだ。
それが、前振りだという事を!!
そーりゅんはゆっくりと息を吸い、そして―――――
「みんなぁー!!こーんにーちはー!!そーりゅんだりゅん♪」
来たぁーーー!!そーりゅんアイドルモーーード!!
その動きの可愛さと、さっきまでのクールさが嘘のような あざとさボイス!
これこそがそーりゅん!
「それじゃあ、自己紹介するので、みんな一緒にやってくださーい!」
ぽかーんとしてる会場を尻目に、いつもの自己紹介へ突入する!
「いっくよー!そーりゅんのお目目は?」
「超キュート!!」
「そーりゅんのお耳は?」
「地獄耳―!!」
僕オンリーレスポンス!
仕方ない!これはもうアイドル業界ではよくある、「お客さんが知ってること前提挨拶」!知らなきゃ付いていけない!
「そーりゅんってホントは?」
「大天使――!!」
「そんなそーりゅんのことぉ~~?」
「大好きぃぃぃーーー!!!」
「はい!ありがとうございまーす♪エイルドアンジュのキュートな大天使そーりゅんです!あなたの声援、地獄耳が聞き逃さないぞっ!」
「そーーりゅーーん!!!!」
なにこの1対1のやり取り!恥ずかしさと誇らしさと!!
ちゃんと自己紹介もみんなに教えておくべきだったのかもしれないけど、正直、この状況でいきなりは やらないだろうと思っていた僕が甘かった。
ざわざわしてる会場全体に、再びそーりゅんが声をかける。
「えーっと、そんな訳で新メンバーとして加入したそーりゅんです。よろしくお願いしまーす!」
さっきとは違うトーンで普通の挨拶も忘れない。
戸惑っていた人たちも、我に返って拍手と声を上げ始める。初っ端のインパクを与えつつも、ちゃんと空気を整える。
この辺りのバランス感覚はさすがそーりゅんだ。
「突然の新メンバーだから、まだまだみんなに認められるまでは時間がかかるかもしれませんけど、精一杯がんばりますので、応援してくれると嬉しいです!」
そして、深々とお辞儀。
とても丁寧で綺麗で、何よりも時間が長い。
その所作の美しさと見事さは、否応なく見ている人間に好印象を与えるのだ。
自然と膨らんでいく歓声と、大きくなっていく拍手。
ゆっくりと顔を上げると、そこにはそーりゅんの、満開に咲く輝き笑顔……!!
観客の心を掴むには、それで充分だった。
だというのにさらにそこから――――必殺の、ウィンクと投げキッス!
ズキューーーーン!!という心を打ち抜かれる音が、幾多にも重なって聞こえてきた気がした。
時間にして2分程度の自己紹介で、そーりゅんは一気に会場全体を味方につけたのだ。
もう、もうさすがとしか!!
そんなそーりゅんが大好きだーー!!
一気にこの場のメインに成り上がったそーりゅんを、マリカさんがそれはもうステージ上で見せたらダメなレベルの苦い顔で見ているが、スクリーンには映って無いのが幸いだ。カメラマンさんグッジョブ。……や、いわゆる「カメラマン」って人がいるのかどうか判らないけど。魔法だし。
なんにせよ、これによってお客さんたち皆の心が一つになった気がする。
実際、ここからライブは一気に盛り上がった。
まちまちだったコールも少しずつ声が出始めて、曲が進むごとに揃って行ったし、辺りが暗くなってきてからの光の演出も素晴らしく、自然に発生し始めた振りコピ勢なども居て、みんなが思い思いにライブを楽しみ盛り上げようとしているのが伝わってきた。
ああ、ライブだ。
ここが異世界だろうと、これは間違いなく、アイドルのライブだ。
みんなを笑顔に、幸せにする、アイドルのライブだ――――
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