第三話-2

「おばーちゃーん?居るー?あ、やっぱり居たー。もーう、どこに行ったのかと……って先生様――!!」


 10分くらい経っただろうか、突然入ってきた女の子のその言葉で、僕とお婆さんの会話は中断された。


「す、すいません!まさか先生様がいるとは思わずに!もう!何してるのおばあちゃん!先生様に失礼なことしなかった?」


 12歳くらいだろうか、薄い褐色の肌を持つ、高い位置で結んでいるポニーテールが特徴の、赤いワンピースを着た元気な女の子。


 言葉から察するにお婆さんの孫なのだろう。


「あらあら、迎えに来てくれたのかい?ちーちゃん」


 ちーちゃん、と言うらしい。


「うん、だってなかなか帰ってこないし……あ、アヤンカル!先生様にあげたの!?」


 まだいくつか残っているアヤンカルを見つけて、ちーちゃんの目がキラン!と光る。


「え、あ、はい、頂きました。美味しかったです、ありがとうございます」


「そーでしょう!そーですよね!お婆ちゃんの作るアヤンカルは、お城の料理人にだって負けないんじゃないかと、私はいつも思ってたんですよ!」


 ふふん、と鼻息荒く誇らしげに胸を張るちーちゃん。


 あ、この子さては良い子だな?お婆ちゃんを誇りに思う良い子だな?


 「私、このアヤンカル嫌いなのよね」とか冷たく言い放たないタイプだ!良かった!


 そんな安堵の気持ちをかき乱すかのように、ドタバタとした足音が聞こえてきた。


「す、すいません!遅れまし……たぁ!!」


 ドタバタからの、ドテーンだ。


 慌てて部屋に入ってくるなり盛大に転んでみせたのは、僕の送り迎えをしてくる馬車の運転手……御者(ぎょしゃ)のトモアキさんだ。


 馬車を操る技術は一流なのだが、馬から降りた途端に凄いドジっ子を発揮するという萌え要素と、小太りで背が小さい髭のおじさん、という全く萌えない外見を併せ持つのがトモアキさんだ。


「申し訳ありません!ここへ来るまでの道が、事故で塞がってまして……なにぶん一本道なもので、遠回りすることもできず…!」


 ああ、そうなのか。ふと時計を見ると、予定の時間をだいぶ過ぎているのがわかる。真面目なトモアキさんにしては、この遅刻は確かに珍しい。


 まあ、おかげでゆっくり眠れたし、お菓子も食べられたし、良い出会いがあった。そういう意味では感謝したいくらいだ。


「気にしないでください。でも、事故って…大丈夫でしたか?それに帰りは…」


「あ、はい!ご心配痛み入ります!大丈夫です!事故と言っても、農家の馬車に大量に積んであった野菜が荷台から落ちて、道いっぱいに転がってて通れなかっただけなので!」


「……それはまたほのぼの事故ですこと!」


 ともかく、迎えが来たからには帰るしかない。トモアキさんを待たせてまで、ここでお菓子を食べながら雑談、という訳にもいかないし。


「では、失礼します。お菓子、美味しかったですありがとうございました!」


 立ち上がり、お婆さんに頭を下げる。


「いえいえ、お粗末さまでした。お忙しいとは思いますが、またいらしてくださいね」


「ばいばい先生様!」


 お婆さんと孫のちーちゃんが暖かい笑顔で見送ってくれるのは、なんだかとても心の栄養補給が出来た気分だ。


 そのまま入口まで付いてきてくれて、馬車の荷台に乗り込んだ僕を、手を振って送り出してくれた。


 僕も、見えなくなるまで手を振り続けた。


 ―――視界に映るのが、さほど舗装もされてない細長い道とその脇の木々だけになると、胸に寂しさのようなものが去来する。


 僕には祖母と過ごした思い出と言うものが無いのだけど、もしも一緒に過ごすことが出来ていたら、ああいう感じなのかな……。


 ―――少しの間忘れていた、家のことを思い出して、心と体が重くなる。


 ここは荷台とは言っても、ホロが付いてて、柔らかく大きなソファも置いてある。


 重くなった心と体を休めようと、そのソファに、どさりと音を立てて寝ころぶ。


 魔法で移動させてくれたら楽なのだろうけど、移動魔法はなかなかに難しく、使いこなせる人は少ないらしい。


 シュナイダーさんは、実はアイドルの運営以外にも色々と仕事があるらしく、ずっと僕についてくる事は出来ないんだそうだ。


 最初の何日かは、他の魔法使いさんが来てくれたのだけど、変な位置に出て死にかけたりもしたし、なによりも、瞬間移動だと移動時間が0になり、全く休むタイミングが無い事に気づいて、せめて移動時間で休ませてくれ……と懇願した結果、この馬車形式が取り入れられた。


 実際それは大成功だったと、今こうして、馬車の揺れとソファの柔らかさでウトウトしながら思う。


 このまま本格的に眠ってしまおうかと目を閉じたその時――――ふいに、トモアキさんから声をかけられた。


「あの方たちと、どんな話をされていたのですか?」


「…え?」


 荷台を引く馬を操りながら、こちらに背中を向けたまま、「どんな話をされていたのですか?」ともう一度同じ質問をしてくるトモアキさん。


 聞き返したのは別に聞こえなかったからではなく、今まで移動中に話しかけられたことが無かったから、意外に思っただけなのだけど……


「いや、他愛のない話ですよ。お菓子の話とか、お婆さんの家族の話とか……まあ、そんな感じです」


 本当にそんな感じだったし、そもそも、僕が移動中は休みたい事を知っているので、今までこんな風に話しかける事の無かったトモアキさんがどうして急に…?


「―――そうですか、すいません、お疲れのところ」


 背中を向けたまま、少しだけ首を回して軽く頭を下げ、それきり何も言葉を発しなくなるトモアキさん。


「………?」


 ―――なんだろいったい…?


 まあ、今まで遅れてくることも無かったから、その時間で僕が町の人達と日常話をするのも初めてだったから、純粋に好奇心で聞いて来ただけなのかな…?



 疑問に思いつつも、そう自分を納得させて夢の世界へと落ちてしまった僕が、この質問の意味と意図に気づくのは、もう少し先の話だ――――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る