MC

幕間劇。

「というわけで、これがコール表です」

「もう出来たのですじゃ!?」

 翌日の朝、部屋を訪ねてきたシュナイダーさんに、ほぼ徹夜で作ったコール表を渡す。

「まあ、まだ仮の段階ですけどね」

 当然のことながらそーりゅんとは別部屋にしてもらって、夜中に曲を聴きながらひたすら作り続けたのだけど……コールはライブで育つものだし、全部のコールを自分で作るなんて経験はしたことがないので、責任は重大だ。

「ほうほう、ふむふむ」

 コール表を見ながら、頷いたり何かを考えるシュナイダーさん……考えてみれば、ファンの考えたコールを運営に直に見てもらって判定されるなんて経験は、そうあるものではないなぁ。

「さすがですじゃ!わしの見込んだ救世主様ですじゃ!」

「……それは…どうも」

 一瞬喜びそうになったけど……いや見込んでないよね!たまたま手頃だっただけだったよね!?

「ただ、ひとつ気になるのですがじゃ…」

「え?は?なんでしょう?」

「ここに書かれている、「エイルドアンジュ」というのは何なのですじゃ?」

「ああ、そこは本当ならグループの名前を叫ぶパートで、元々そのコールの原型が使われていたアイドルグループの名前を、そのまま書いたんです。……あ、そうだ、グループ名 教えてくださいよ、深夜に、そういえば知らないな……?って気付いたんですけど、わざわざ起こして聞くのも……と思ってたんですよ」

 そもそも最初に聞くべきことを、どうして今まで忘れていたのか、自分でも不思議だ。

「ああ、グループ名は―――」

 グループ名は!?

「アイドル少女団ですじゃ」

「くそダセェ!!!」

「え?」

「はっ、すいません、つい正直な感想を」

 ああ、悲しそうな顔をされている。すいません。

「そんなに、ダサイですじゃ…?」

「ええと……その……はい」

 さすがにそこは嘘をつけないレベルでダサイ。

「アイドル」も「少女」も「団」も、個別に考えれば名前に入れているグループは有るのだけど、その3つの組み合わせは圧倒的にダサいです。

「そうですか……では、新しいグループ名を考えねばならないですじゃ…」

「いや……あー…そうですね」

 あまりに悲しそうな顔をなさるので、変えなくても……と言いそうになったが、アイドル少女団では語呂も悪いのでコールにし辛い。

 少女団と縮めれば……いや、難しいかな…まあどっちにしても「アイドル少女団」がダサいのは確かなので、変えられるなら変えた方が良いと思う……というか、変えたい。

「しかし、新しいグループ名と言っても、そうそう思いつきませんですじゃ……何かアイディアは有りますですじゃ?」

 うーん……そう言われると困る……僕はただのファンであって、アイドルグループを作ってるわけでもないし。

「とりあえず、皆でアイディア出してみます?」


 30分後、初日に僕がライブの映像を見たり一人でコールをしたり3人の裸を見てしまったりした、例の客間に、僕とシュナイダーさん、そしてマリカさん、ミサキさん、レナンさん、そーりゅんの6人が集まった。

 ピロッパは居ない、まだ朝の時間帯だし、寝ているのだろう。

「ということで、本人たちの意見も参考にしつつ、グループ名を決めようということになりましたですじゃ」

 畳一枚くらいの、それほど大きくないガラステーブルの周りを囲むようにソファーを置いて、臨時会議室の完成である。

 その上座、議長席には当然シュナイダーさん……と思いきや、マリカさんが堂々と足を組んで座っている……さすがというかなんというか。

 その対面、下座には僕。

 そしてテーブルの左側にシュナイダーさんとレナンさん、右側にそーりゅんとミサキさんという並びだ。

 レッスンの途中だったのか、みんな少し汗ばんでいて、ちょっと色っぽい。

「グループ名って……あまりに今更に話ね」

 マリカさんがまず口火を切る。

「まあ、正直思ってましたのよ、アイドル少女団って………ゲロダサですわよね」

「おぅふ…」

 ああ、シュナイダーさんが再びダメージを!

「アタシもアタシもー!そう思ってた!おじじのセンスって腐った肉みたいだなって思ってた!あ、肉食べよ!」

「ごぶぅ…!」

 ポケットから生肉を取り出して食べつつのミサキさんの言葉は、的確にシュナイダーさんの心をエグる!

「うっ…うううう……嫌だったぁ…!名乗るのずっと嫌だったよぅ…!死んだ方がましだと思ってたよぅ…!うう…!」

 いつも泣いてるツインテールのレナンさんなので、この涙がどこまで真実なのかは分からないけど……死ぬほど嫌だったのか…。

「―――――――ぎょぼご!」

 シュナイダーさんが謎の擬音を口から吐き出して、もう倒れそうだ!

 ここは、助け舟を出さなければ!

「あのーみなさん…?もうそろそろ本題に……シュナイダーさんの寿命が10年は縮んだ感じになってますから……確かに、確かにあのグループ名はクソダサでしたけど!あり得ないくらいにクソダサの極みでしたけど!センスというものをどれほど遠い山に捨てたらあんなにも欠片もセンスが見えなくなるのかというくらいでしたけど!でもそんなに言わなくたって…」

「ゴゲゲゲゲゲゲケビャルバー!!」

 し、しまったーー!!シュナイダーさんの口から変な液体と魂が一緒に出てるぅぅーー!!

「す、すいませんつい本音が!」

「どっぷぅ…」

 あ、出た、魂でた。

「恐ろしい死体蹴りを見たわ…」

「ち、違うんですそーりゅん!そんなつもりではー!」



 再びの30分後、

 なんとか復活したシュナイダーさんを交えて、会議は再開された。

「では、アイディアを出していただきたいのですじゃが……誰かアイディアは有りますじゃ?」

 けん制し合っているのか、様子を見ているのか、誰も手をあげず、一瞬の沈黙が部屋を包んだ後に――――

「仕方ないわね。私がいきなり素晴らしいアイディアを……いいえ、答えを出してあげますわ!!」

 マリカさんが名乗りを上げた。

 というか、みんな思っていたのだろう、きっとマリカさんが真っ先に声を上げるだろうから、それまで待とう……と。

 先に誰かが手を挙げたとしても、何でも一番大好きなマリカさんが黙っているはずがないのだし。

 そんなみんなの期待というか予想というか遠慮というか面倒事を避けたい気持ちというか、そういうものを一身に背負っ……ては居ないだろうけど、ともかくマリカさんのアイデア発表だ。

「私の考えたグループ名は…」

 ……マリカさんの事だから、「マリカと仲間たち」とか、「マリカwithスーパーモンキーズ」とか、そういうアレなのでは……

「ズバリ、『MRIKA』よ」

 個人名!!!

 メンバーの存在すら消しておられる!?

「百歩譲って、『MARIKA’s』ね」

「却下ですじゃ」

「却下ですね」

「却下」

 シュナイダーさん、僕、そーりゅんに却下3コンボを食らったマリカさんはとても不満そうですが、さすがに却下せざるを得ない。

「なんて我がままな人たちなのかしら!焼き焦がすわよ!?」

 なんというブーメラン発言だろう。

 すっかりスネてそっぽを向いてしまったマリカさんはしばらくそっとしておくとして、他のメンバーにも話を聞いてみた。

「じゃあ…次はミサ……キさん……あの、見たこと無い感じのグロい肉を食べてるところ申し訳ないんですけど…お願いします」

 なんだろうあのグロい肉は……テレビだったらモザイク絶対必要なくらいグロいよ…。

「ほいほいほーい。あのねーあたしはねー、こういうの考えるの好きなんだー」

 そうなんだ、4分の1獣人だっていうから、イメージ的には…というか、今までの言動的に、考えるより前に動くタイプだと思っていたので、意外だ。

「じゃあまずはねー、これ!」

 そう言うと、ミサキさんはテーブルの上に置いてあった、クイズ番組とかで使うようなフリップに、何かを書いて出した。

 なぜそんなものがあるのかよくわからないのだけど、どうやらシュナイダーさんがクイズ番組とか好きで、漂流物でよく見ているそうだ。

 ……まあそれはともかく…読めぬ。

 さすがの翻訳魔法も文字までは翻訳してくれないのか……なんて思っていたのだけど……不思議なことに、その場にいた全員が首をかしげている。

「……何て読むのですじゃ?」

「字が下手過ぎて読めないわ…焼き焦がすわよ」

 ぼうっと音を立てて、フリップが焼け焦げた。

「ああ!せっかく書いたのにー!ぷんぷんだぞー!怒ってるぞー!」

「どうせ読めないんだから同じでしょ?口で言いなさい口で。あんたは言語能力も低いけど、それでも文字よりはマシよ」

 喧嘩が始まるのではないかとビクビクしたが、シュナイダーさんもそーりゅんも別に止めようとしないと、泣き虫のレナンさんも、特別怯えてる様子はない。

 ……つまり、マリカさんとミサキさんの関係性にとって、これは日常的な風景なのだろう。まだ加入2日目のそーりゅんすら慣れてしまうほどに。

「もーう、わかったよー。えーとねー、グループ名はねー」

 まだす子怒った様子を見せつつも、ミサキさんが口にした名前は――――

「おやつ!」

 おやつ…?

「理由は美味しそうだから!」

 三時のか!三時のおやつか!

「燃え焦げなさい」

「却下ですじゃ」

「……むー」

 マリカさんとシュナイダーさんに却下され、レナンさんも首を横に振って居るけど………僕は少し違うことを考えていた。

 それは―――――


 ……居そう!!!


 そんなアイドル居そう!!

 地下なら凄く居そう!!あと、期間限定コンセプトアイドルとかで居そう!!

 アニメのEDを歌うためだけに結成された声優さんのグループとかで居そう!

 ローカルアイドルとかで居そう!!

 ふとそーりゅんを見ると、顔を伏せて肩を震わせている……笑っている…?

 同じように居そうと思ったのか、「おやつ」がツボに入ったのか……?

 まあどっちにしても、「おやつ」はやめといた方が良いだろう。

 居そうだし、そーりゅん笑っちゃうし。

「なんだよー、じゃあ、なんかいい名前出せよ―!次レナンの番なー!」

「えっ、ひぃっ…!」

 不満げなミサキに突然振られて、ビクビクしながら慌ててフリップに何か書き始めるレナンさん。

 ……この子は、なぜいつもこんなに怯えているのだろう……?

 理由を聞いてみたいけど……長くなりそうだから、いつか機会が有ったら、という事にしよう。

 そんなことを考えている間に書き終えたらしいレナンさんが、おずおずとフリップを上げる。

 ……おお、読める!凄いぞ翻訳魔法。

 ……となると、さっきのミサキさんのは、魔法が文字として認識出来なかったということなのかな。

 まあそれはともかく、えーと……

『その道は死へと至り、精神の瓦解を誘発する強迫観念のごとく私の心を蝕むのだろう』

 ……ん…?

 読み間違いかな…?翻訳ミスかな…?

「あのー……僕には、『その道は死へと至り、精神の瓦解を誘発する強迫観念のごとく私の心を蝕むのだろう』って書いて有るように見えるのですけど……間違いですよね?」

「…一字一句間違えてませんですじゃ……」

 ……ん?なんて?

「だから、『その道は死へと至り、精神の瓦解を誘発する強迫観念のごとく私の心を蝕むのだろう』って書いてあるのよ」

 マリカさんも同じことをお言いになられる。

 凄くなんていうか、呆れた顔で。

「いやいやいやいや、そんなわけ無いですよね…?『その道は死へと至り、精神の瓦解を誘発する強迫観念のごとく私の心を蝕むのだろう』なんてグループ名、前衛的過ぎますよね?」

「まあでも、レナンらしいですわ」

「そうですなあ、レナン様ですじゃから」

「あはははは!レナンっぽーい!」

 ……そうなんだ…そう言うキャラなの?

「昨日一日過ごして解ったのだけど――――」

 そーりゅんが独り言のような、僕に話しかけるような、なんとも言えないトーンで話し始める。

「彼女……レナンは……重度の中二病ね!」

 カッ!と眼を見開いて、僕を見た。

「―――なるほど!」

 なーんだ、中二病か、納得。

「でも……ボツですよね?」

 その言葉に全員が頷いたので、この件は一区切り。

 けどそうか……異世界にも中二病ってあるんだな……まあそうか、あるよね。

 気になることが増えたから、やっぱりレナンさんとはそのうちしっかり話してみたい。

 ボツにされてしょぼーんとしてるのちょっと可愛いよレナンさん!

 ……はっ、ちょっと推せるかも?

 とはいえ、そーりゅんが居る限り1推しは揺るがないけども!

 で、そんなそーりゅんはと言うと…

「え?私?私の番?……えーと…そうね、ちょっと待って…」

 いつも冷静で完璧なそーりゅんにしては珍しく慌てておられる。

「えーと……えーと…私こういうの苦手なのよ…」

 悩んで悩んで、ようやく書いたグループ名は―――

「異世界ガールズ」

 …………………………………………………………………う、うん………うん…。

 その場に居る全員が、「お、おう」みたいな反応になる。

 なんて言えばいいんだろう、この感じ、なんて言えばいいんだろう。

「ド普通!!」

 思わず変な言葉が出た。

 「異世界ガールズ」って……真っ先に頭に浮かんで、すぐ消す感じのヤツ!!それを消さないで出してきた驚き!!

「わ、わかってるわよ!私はアイドルとしては完璧だけど、こーゆーのは苦手なの!知ってるでしょ!?いつもメンバーの皆にセンスのことでからかわれてるの!」

 顔を真っ赤にしながら怒るそーりゅんのなんて可愛いことか!!

 そう、たしかにそーりゅんは名前を付けるセンスが無いことを、よくイジられている。

 実家で飼ってる猫の名前はタマだし、愛用してる自転車の名前はチャリコだし、子供ころから大事にしてる熊のぬいぐるみの名前は、くまみちゃんだ。

 なんて言うか、ダサイっていうわけではないのだけど、圧倒的な捻りの無さが、聞いた人間を複雑な感情にさせるのだ。

 それがまた可愛い、と言えなくもないのだけど……

「えーと、すいません、ボツで…」

「あえて言わなくてもいいわよ!知ってましたー。採用されるわけ無いって知ってましたー!」

 強がってスネるそーりゅんもまたたまらなくキュートだ。

 しかし、これで会議は見事に暗礁に乗り上げた。

 誰のセンスも頼れないこの状況!

「…で、あんたの案は?」

 ………え?

「ほら、出しなさいよ。人の案に文句言うくらいだから、さぞかし良いアイディアをこんがり焼いてるんでしょうね?」

 マリカさん……焼き焦がす以外にもそんなバリエーションの焼きワードがあるのですね?

 って、そんな場合ではなく…

「い、いやいや!僕はあくまでもファンの立場なので、グループ名を決めるなんてそんな、運営の根幹にかかわるようなところまで首を突っ込むのはちょっと…」

 僕は運営になりたい訳ではなく、ファンとして応援したいのだ。

 グループ名を付けるところまでいくと、ちょっと深くかかわりすぎて、それはファンの領分では無いような気もする……や、まあグループ名を公募で付けるパターンもあるんだけども、たくさんの人の中から公平に選ばれるのとは少し違うこの状況では、どうにも遠慮したい気持ちだ。

「いいから、とにかく案を出しなさい。良いかダメかはこっちが決めるだけのことよ。早くしないと焼き焦がすわよ」

「そ、そう言われましても……僕もその、センスとか無いですし、グループ名なんて考えたこともなくて――――」

「おっはよーなのだわー…」

 流れを完全に無視するかのような、のんきな挨拶と共に、突然ピロッパが部屋へと入ってきた。

 そして、そこが定位置であるかのように、僕の頭の上に ぽふんっ、とお腹から乗ると、そこでまたウトウトし始めるので、撫でてあげる。

 相変わらず朝は弱いようだけど、撫でると気持ち良さそうに声を上げるので、目は覚めているらしい。

「……ん~?みんなで集まって、何してるのだわ?」

「ああ、今は、新しいグループ名を考えてますのじゃ」

「そうなのか~まあ、我もあの名前は口にすると舌が腐るんじゃないかと思うほどにダサくて言いたくなかったから、良かったのだわー」

「ごぶゅぞーぐぐべじ!!」

 不思議な擬音を叫びながら、シュナイダーさんは倒れこみ、白目で意識を失った。

 ……さすがに可哀想な気もするけど……まあ、みんなの正直な意見なので仕方ない。

 ―――と、その時―――シュナイダーさんの服の裾から、ヒラリと一枚の紙が落ちた。

 紙はそのままふわりと、まるで導かれたかのように、そーりゅんの足元へと届き、自然な流れでそれは拾われた。

「ん?なにこれ……あら、コール表じゃない」

「あ、あわわわ、それ、それは」

 ヤバイヤバイ、いや、やばくないかもしれないけどいやでも。

「ふんふん、良いじゃない……?」

 ……普通に、褒めてくださっている…?

 よかった、あの部分には引っかからな―――

「……でも、この『エイルドアンジュ』ってなに?」

 あああああああああ、引っかかったぁぁぁぁーーー!!!

「ああ、それは、そのコールの基になったアイドルグループの名前を、そのまま使ったという話ですじゃ」

 こんな時だけ復活が早いなシュナイダーさん!

「へー……ねえ、このグループ、どこでいつごろ活動してたの?」

 ―――――――!!!

 来た、来てしまった……そんな質問が!!

「どういうことですじゃ?」

「や、私は昔からアイドルが好きだったし、自分がやるとなった時には、ありとあらゆるアイドルを調べて回ったのよ。今現在活躍しているアイドルから相当昔のアイドルまで、さらには地方のアイドルや、海外のアイドルも。けど、こんな名前のアイドル見たこと無いのよね」

 そう、そーりゅんはアイドルでありながら、アイドルオタクでもあるのだ。

 ……だから見せたくなかったのに…!

 だって、だってそれは―――

 その時、僕の頭の上から、突然声が聞こえた。

「言えない!!それは中学生のころ僕が脳内で作り上げて、ノートにひたすら設定を書きまくっていた理想のアイドルグループの名前だなんて、言えない!!」

「は?」「え?」「ん?」「ほわ?」「じゃ?」「…っ?」

 その場にいた全員が声をあげた。

 僕も含めて、だ。

 ということは、今の声は――――

「今の声は―――ピロッパ!?」

 また声がした!

 頭の上に乗ってるピロッパから、僕の考えている事が言葉として発せられてる!

「頭の上に乗ってるピロッパから、僕の考えている事が言葉として発せられてる!」

 やっぱりだ!

「やっぱりだ!」

「いやもうやめい!」

 むんずと掴んで、頭の上からピロッパを引き剥がす。

「何をした!?」

「何って、頭の上に乗ると、その人の考えていることを言葉にして喋る事が出来るのだわ。世界で我だけが使える特殊魔法なのだわ!!」

 ずいぶんと誇らしげですね!?

「いいかいピロッパ、プライバシーの侵害とかそういうアレがあるから、今後二度と許可なくそういうことを―――」

 ピロッパを注意していたその時だった。

 なんか、凄く嫌な視線を感じる!!

 これはそう―――――ニヤニヤした顔で、ちょっと小馬鹿にされている時のあの感じだ!!

 僕はバッ!と音が出るほどに勢いよく顔を上げると―――――その場にいた全員が、まさにニヤニヤした顔でこちらを見ておられます……!!

「へー、そういうことしてたんだー、へー。プロデューサー?プロデューサー気取り?」

 そ、そーりゅん!やめてぇ!そんな顔で僕を見ないでー!いやそんな顔でも可愛いけどさ!!

「書いてどうするつもりだったのかしら?心を焼き焦がしていたのかしら?架空の、理想の、アイドルグループをノートに書いて、心を焼き焦がしていたのかしら?」

「なんかキモーイ!!あはははは!」

マリカさんとミサキさんはもう直球だよ!

 直球で弄ってきておられる!

「同志の…気配…?」

 そうですねレナンさん……ある意味、わりと珍しい形ですが、アレはいわゆる中二病でした…。

「で、エイルドアンジュってどういう意味なのだわご主人様?」

「……全く悪びれた様子も無いですねピロッパさん……まあいいかもう…」

 大きく一つため息を吐く。

「えーと……確か、どこかの国の言葉で……フランス語だったかな…?うん、フランス語で「天使の翼」って意味だよ……ああそうだよ中二病だよ、笑うがいいさ!!」

 もうヤケだ!と思って開き直ったのだが――――帰ってきたのは、意外な反応だった。

「良いのだわ!天使の翼、エイルドアンジュ!素敵な名前なのだわ!!」

 え?ピロッパ?

「そうね、意味を聞いたら悪くないわね、フランス語?っていうのは意味がよくわからなかったので、説明しないと焼き焦がすけど」

 マリカさんまで!?

「い、良いかも…?うふふふふふ」

 レナンさんが……笑った!?怪しい笑い方だけども!!

「アタシはどっちでもいいー。もうそれでいいよーお腹すいたよ―」

 ミサキさん……どこからか出した生肉を、今まさに食べながらの発言ですけど…?

 っていうか……え?

 なに!?この流れ何!?

「ふむ…こうなると、エイルドアンジュで良いのではないかという雰囲気ですじゃが……そーりゅん様、いかがですじゃ?」

 いやいや、待って待って。

 人の黒歴史をそんな!?

「そうね……」

 採用しませんよね!?そーりゅんまさか採用にOK出しませんよね!?

「他にめぼしい案も無かったし……それで行きましょうか、いいわよね?」

 そそそそそそそ、そーりゅん!?

 いやでもそんな、僕の中学生時代のどうかしてた妄想が大々的にこの国の皆さんにコールとして叫ばれると思うとそれはなんていうかもう恥ずかしいとかそういうレベルではなく生き恥みたいなアレで―――

「……いいわよね?」

「――――はい」

 ………ああ、推しにそんな笑顔で「いいわよね?」と言われて、ダメですと言えるファンがどこにいるだろうか、いや居ない!


 ―――そんな訳で―――僕の感情は圧倒的な複雑さであらゆる方向へと膨らんでいたが、この異世界のアイドル「エイルドアンジュ」が、今この瞬間に誕生し――――そして、羽ばたくことになった。




 その翼の羽ばたきが、この世界に、そして僕の心に何をもたらすことになるのか――――この時点では、僕は何も―――――知らなかった。



 いや、知っていたとしても、何も変えられなかっただろうけど、でも――――――

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