第2話ー9
「すいませんお爺様、私にも音、いただけるかしら?」
「―――は?あ、は、はいですじゃ」
一瞬、「お爺様」が自分のことだと理解できなかったのか、戸惑いつつも、シュナイダーさんは「ほい」と杖を振ると、先ほどと同じ音楽が流れ始めた。
「勝手なことを!!」
と、マリカさんが声をあげながら近づこうとした、その時だった。
そーりゅんが、腕を振り上げた。
それだけだ。
さっきも見たダンスでも、マリカさんがやっていた最初の振り、音の開始と同時に腕を振り上げる。
だが――――それは、圧倒的に別のものだった。
何が違うのか、説明が出来ない。
激しいダンスならまだしも、ただ手を振り上げるだけだ。
動きのキレだとか、角度だとか、理屈をつけようと思えばつけられるのだろうけど……そんな理屈は、この目で見た1秒にも満たない動きが持っている説得力と比べたら、何の価値もない。
曲に合わせて、次々とダンスを披露するそーりゅん。
その全てが、先ほどのマリカさんたちと全く同じ動き。
なのに、これは…この違いは…?
アレンジを加えているとか、そういうことは全くなく、ただ、ただひたすらに――――レベルが違うのだ。
一度見ただけのダンスを覚えているだけでも驚異的なことなのだけれど、そんなことはどうでもよくなるくらいに、見惚れた。
同じ曲、同じ動き。
なのにどうしてこんなにも、心が弾むんだろう……!!
見ていると、自然と心が動く、笑顔になる、泣きそうになる、叫びたくなる、黙って見つめたくなる。
あらゆる感情が揺さぶられるくらいに、その動きには、力があった。
あのマリカさんですら、何も言えず、後ずさる。
怒る事も、悔しがることさえ忘れているかのように、呆けた顔で、そーりゅんを見つめていた。
先程と同じ時間のハズなのに、一瞬に感じるほどの短い体感時間で一曲目が終わり、二曲目が流れ始める。
そーりゅんがそのまま次のポーズを取ろうとしたタイミングでようやく――
「ま、待ちなさい!!音を、音を止めなさい!!」
声を荒げて、そーりゅんの傍へと、苛立ちを足音に乗せながら近づいていく。
「あなた、どういうつもり…!?」
右手で胸ぐらをつかみ、左手に炎をまとわせながら、マリカさんが詰め寄る。
「どうもこうもないわ。見て、覚えた。だから踊った。それだけよ」
全く動じず、真っ直ぐに目を見つめ返すそーりゅん。
「覚えた…!?そんなわけないわ。私たちがあのダンスを覚えるのにどれだけ努力したと…!!」
「簡単な話よ。あなたと私では、いいえ私たちアイドルでは、努力の量と質が違う、それだけよ」
「―――!!私たちが努力してないって言いたいの!?」
左手の炎が、マリカさんの感情に呼応するように大きく膨れ上がる。
「してないとは言ってないわ。パフォーマンスを見れば、足りないのは分かるけれど」
「なんですって……!!言わせておけば…!!焼き焦がすわよ!!」
炎が、天井まで届くかというほどに大きく膨れ上がり、離れたここでも熱が肌を焼く。
そーりゅん…!あの距離じゃそーりゅんが…!!
しかし、肌が焼けるほどに熱いであろう近距離での炎に顔をそむける事もなく、そーりゅんは真っ直ぐ言葉を吐き出した。
「焼き焦がすでも、焼き殺すでも、好きにしたらいいわ」
「―――私が本気じゃないとでも?その気になればあなたなんていつでも…!!」
「だから、好きにしなさいよ。自分より実力のある人間を暴力で排除するのが、あなたのプライドならね」
「………!!」
そーりゅんの言葉に、マリカさんは怒りを露わにしながらも、返す言葉が浮かんでこないようだった。
「あなたはさっきプライドと言ったわね。それは、何に対してのプライドなの?」
「……どういう意味よ」
「私たちが普段、限界を超えてまでレッスンしているのは、自分自身と、お客さんに対してプライドがあるからよ」
胸ぐらをつかまれていた手をつかみ返し、その手を払うそーりゅん。
「自分に出来る限りの努力をして、お客さんを満足させる最高のライブをする。それが、私たちアイドルのプライドよ」
あああ……そーりゅん!そーりゅん!
それでこそ僕の好きなそーりゅんです!
「狭い世界で頂点を取り続け、上を見ることを拒否するのがあなたのプライドなら、どうぞ私を焼き焦がしなさい」
強い瞳。
そこに宿っているのは、圧倒的な覚悟。
アイドルに命をかけているという、覚悟だ。
気押されるように、マリカさんの炎が小さくなっていく。
何か言い返そうとして言葉を飲み込む……そんな様子を何度か見せたが、結局言葉が出ずに、マリカさんは背を向けた。
そのまま一歩二歩と足を進め、部屋を出ていくのかと思いきや―――――突然振り返り、そーりゅんの傍へと戻り、睨みつける。
――しかし―――その目は、先ほどまでとは違っていた。
単純な敵意だけではなく、宿っていた。
マリカさんの目にも、覚悟が―――
「………誰が相手でも、トップに立つのは私よ。すぐに焼き焦がして見せるわ。……あなたの、プライドをね」
それだけ告げると、再び背を向けるマリカさん。
しかし、もう決して立ち去ろうとはしない。
それこそが、彼女のプライドだ。
部屋の隅に置いてあったタオルで汗を拭いたその顔は、今までで一番、アイドルの顔に見えた。
「―――期待してるわ。じゃあまず―――4人のフォーメーションでも、考えましょうか♪」
そーりゅんはなんだか楽しそうにそう言いながら、マリカさんに近づき、レナンさんミサキさんも手招きで呼び寄せて、4人で何か話し始めた。
「……えーと、つまり、どうなったのだわ?」
僕の頭の上で見ていたピロッパの問いには、明確に一つの答えを出せる。
「……認められたって事さ。新メンバーに」
――――この時を境に、大きく動き出した。
僕と、そーりゅんと、そして―――この国の運命が。
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