第2話ー8
そーりゅんと、マリカさん・ミサキさん・レナンさん。
二つの世界のアイドルが初顔合わせをする瞬間だ。
「はじめまして、この度、新しく加入させていただくことになりました。気軽に、そーりゅん、って呼んでくださいね」
学校の体育館を思わせる板張りの広い部屋。
壁の一面が鏡になっているので、おそらくここがレッスン場なのだろう。
丁寧にお辞儀をして挨拶するそーりゅんに対して……3人は酷く冷たいというか…距離を置いているというか、どう接していいのか悩んでいるというか……とにかくそういう感じだ。
そんな中で、真っ先に突っかかってきたのは、やはりマリカさんだった。
「突然やってきて、新メンバーと言われましても……受け入れられませんわね」
威嚇のように雷をパチパチ鳴らしながらのそれは、そーりゅんに言っているようで、シュナイダーさんに向けての言葉でもある。
「まあまあ、そう言わずにですじゃ。アイドルというのは、突然新メンバーが入るのはよくあることなのですじゃ」
全くその通り。そしてそれは、メンバーの意思とか関係なく、運営の意思で行われるものだ。
それが良いか悪いかは、まあ時と場合によるけど、ファンとしては受け入れるしか選択肢はないので、基本的にはイベントとして楽しむ人が多い。
「黙りなさい、舌を焼き焦がすわよ。アイドルの常識なんて知ったこっちゃないのよ」
ババババッと音を立てて、マリカさんの周囲にいくつもの火の玉が浮かぶ。
雷の魔法だけじゃなくて、炎の魔法も使えるのかな…それとも雷で空気中の何かを燃やしているのだろうか。
僅かに、焦げたような臭いが部屋の中に広がっている。
誰もがその物理的な熱さと、マリカさんの放つ威圧感に押されて後ずさる。
――――が、一人だけ。
そーりゅんだけは、何の障害も存在しないかのように、優雅さすら漂わせ、歩いてマリカさんへと近づいていく。
「……どういうつもり――」
マリカさんにとっても予想外だったのか、少し怯んだその隙に―――そーりゅんの手が、マリカさんの喉元をなでるようにしながら、空色の髪を手にとった。
「あなたの髪、とても綺麗ね。こうして炎に照らされていると、まるで夕焼けのようだわ」
その夕焼けに映える夕日を思い起こさせる笑顔で、そーりゅんは愛しそうに髪を撫でた。
「は、離しなさい!」
慌ててそーりゅんの手を払い、後ずさるマリカさん。
動揺したからなのか、浮かんでいた火の玉は姿を消す。
「な、なんなのあなた!?どういうつもり!」
「んー……仲良くしたいつもり…かな?」
誰もが警戒心を解いてしまうような、人懐こい笑顔を見せるそーりゅんに、マリカさんも言葉を失う。
するとそーりゅんは、視線をマリカさんの後ろで様子を窺っていた二人に向ける。
「お二人も……ミサキさんとレナンさんもよろしくお願いします!」
言葉と視線と素早くも深いお辞儀で、二人にあらためて挨拶する。
この世界ではどうか知らないけど、僕の常識では、あんな風に元気で真っ直ぐに挨拶されて、不快感を抱く人間などいるはずもない。
この辺りは、そーりゅんが子役時代から培った処世術なのだろう。
心なしか二人の警戒心も多少和らいだ気もするのだけど……それでもすぐに受け入れられるものでもないらしく、まだ距離を感じる。
泣き虫ツインテールのレナンさんはビクビクしていて目線は基本伏せたままだけれど、獣人のミサキさんは、あの能天気な性格ゆえか、ちょっと仲良くなりたそうな雰囲気も出している。
しかし、マリカさんに気を使っているのか、恐れているのか、踏み出せないでいるようだった。
「――とにかく!」
少し柔らかくなりかけた空気を、マリカさんが一閃する。
「私たちは、プライドを持ってこの役目を担ってますのよ。どこの誰とも知らない人間をいきなり仲間だと認めるわけにはいきませんわ。さあ、話は以上よ!レッスンを始めるわ!」
「プライド…ね。解ったわ。とりあえず初日は見学させていただいても良いかしら?」
意外とあっさり引き下がり、見学を申し出るそーりゅん。
「……お好きになさい。私たちの歌と踊りに、心を焼き焦がされるがいいわ」
………あの内容で、どこからそんな自信が湧いてくるのか不思議なのだけど……まあ、余計なことは言うまい。
そーりゅんは、全体を見渡せる部屋の隅に立ち、壁に背を預けてマリカさんたちに視線を向ける。
「さあ、始めるわよ!」
マリカさんの号令で、レナンさんとミサキさんが近づいてきて、決まった立ち位置なのだろう、マリカさんを中心に、斜め後ろに立ち、3人で三角形を描くようにフォーメーションを組む。
「音!」
またしてもマリカさんの合図で、隣にいたシュナイダーさんが「ほい」と呟くと音楽が流れ始める。
どうやら魔法で音を流してるみたいだけど……シュナイダーさんの立場って一体…?
……プロデューサー兼マネージャーみたいなことかな?
……どっちにしても、尊敬されてない感じが凄く伝わってくるな……まあ、昨日・今日と一緒にいて、それも仕方ないかな、と思ってる自分がいるので、シュナイダーさんというのはそういう人なんだろうと思う。
ただまあ、それは親しみやすさとも言えるので、決して悪い意味ばかりでもないのだけど。
そんなことを考えていると、目の前でレッスンが始まった。
曲に合わせて歌って踊る。
シンプルなレッスンだ。
それだけに、よーくわかる……やはり歌もダンスも、レベルとしては物足りない。
映像で見たときよりも多少ましな気がするけれど、プロとしてお金を取れるかといわれると……実力を承知の上でそれでも応援したいというファンが30人くらい入る小さなライブハウスならなんとか……というレベルだろう。
地下アイドルの中でも底辺の底辺のような……長続きはせずに気づいたら消えてるグループで、何度か似たような感覚を味わったことはある。
少なくとも、映像で見たような、あの規模の大きな会場で大量のお客さんを満足させるのは不可能だろう。
……それでも、お客さんはあんなに、バラバラとはいえ声援を送っていたのだから、この世界は余程娯楽に飢えているということなのかな……。
視線は3人に送りつつも、もう別のことを考え始めていた僕の頭に――――もはやおなじみとなった、モフっという感触。
「…うみゅる~…おはようなのだわ~」
「……おはよう、ピロッパ。ずいぶん眠そうだね」
頭上から、暖かい感触と、ピロッパの寝言のようなふにゃふにゃした声が伝わってくる。
「可愛いマスコットであるピロッパは、十分な睡眠でこのモフモフとした艶のある毛を守る義務があるのだわ~」
そういうものなのか……睡眠不足だと肌が荒れるみたいなことなのかな…?
「じゃあ、さっそく朝からその毛を……もふもふもふも~」
頭から剥がして、腕に抱きながらお腹を背中をモフモフモフモフモフモフモフ。
「はわわ~…あ、朝から刺激的なのだわ ご主人様ぁ~~ん」
気持ち良さそうに目をとろーんとさせるピロッパを見て、僕もご満悦だ。
その間に、レッスンの曲は2曲目に突入した。これは始めて聞く曲だ。ちょっとスローなミディアムバラード。
一応 振り付けもあるようだけど、動きを合わせる程度の簡単な動きで、歌を聴かせるタイプの曲。
曲自体は割と良いのに……パフォーマンスが…。
けれど、ここで一つ疑問が浮かぶ。
「ねぇピロッパ。曲や振り付けは誰が作ってるの?」
「ん~?曲は、王室お抱えの音楽家がいて、その人たちに参考資料として漂流物の映像や歌を聞いてもらって、作ってもらってるらしいんだわ」
「ちなみに作詞も、大陸に名を馳せている詩人に作っていただきましたのじゃ」
隣で話を聞いていたシュナイダーさんも
「なるほど、世界が違うとはいえ、作る人が一流なら僕らの感覚でも良いと思うものが作れるのかな……じゃあ、振り付けは?」
「最初は伝統舞踊の先生がつくっていたのですがじゃ……」
「先生はもうお婆さんなので、アイドルの振り付けという感覚が理解出来ずに、若いお弟子さんが引き受けることになったのだわ」
ふむふむ、それでか。どこか拙さというか、未熟さを感じる振り付けだけど、勢いには溢れている。
ちゃんと大きな動きでダンスが出来れば、ライブで映えるんじゃなかろうか。
「……あれ?でも、その先生はレッスンに来ないの?昨日もいなかった気がするけど…」
「それが……ですじゃ…」
はぁ~~~…と大きなため息のシュナイダーさん。
「若さゆえに、マリカ様たちに委縮してしまって、上手く指導出来なかったことで散々文句を言われて、泣きながら逃げだしてしまったのだわ…」
……その光景が目に見えるようです…。
確かに、いきなりこのメンバーの「先生」という立場になったら、それはそれは苦労が絶えないだろうなぁ…。
そんな内情を聞いているうちに、曲が終わる。
たった二曲歌っただけで激しく息を弾ませる三人。……そんな激しいダンスでもなかったけど…。
マリカさんは、「どう?」とばかりにドヤ顔でそーりゅんに視線を向けている。
そーりゅんはそれを受け、にこりと天使笑顔を見せたかと思うと――――壁につけていた背を離し、レッスン場の中心へと歩いていく。
それはまるで―――スターが降臨したような―――これから何かを見せてくれる……そんな期待感が胸に広がる動き。
ただ歩いているだけなのに……だ。
お客さんをワクワクさせる。
そんな、ステージに立つ者の基本を、そーりゅんは歩くだけで演出できてしまうのだ。
だからこそ―――アイドルなのだ。
中心に立ち、スッ…とポーズを決めるそーりゅん。
それは、先ほどのマリカさんのポーズと同じだった。
「あなた、何を…!」
「すいませんお爺様、私にも音、いただけるかしら―――?」
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