第2話ー7
「………あの、もう落ち着きましたので、これ外してくれませんかね…すいません、ほんとすいません」
魔法で作られた光の輪っかみたいなものに、両腕ごと体を拘束され、床に転がされているのが、どうも僕です。救世主らしいです。
「いいえ、そのまましばらく頭を冷やしてくださいですじゃ。そもそも、何が有ったのですじゃ?」
……仕方なく、横になったまま経緯を語る僕。
するとシュナイダ―さんは突然、ぺしん!と自らの頭を叩いた。
「……ですじゃー…これは、ワシの失策ですじゃ…申し訳ない。起きたら目の前に好きなアイドルが寝ている……そんなサプライズは嬉しいに違いないと思っていたのですがじゃ…」
「―――は?」
………そうか、そうだ、よく考えたら、そーりゅんをこっちの世界に呼ぶような事が出来るのは、シュナイダ―さんしか居ないじゃないか!
「ま、まさか、その為だけにそーりゅんを召喚したとか言わないですよね…?」
「いやいや、さすがにその為だけに呼ぶほど、召喚魔法は気安く使える魔法ではないのですじゃ」
「……じゃあ、何のために呼んだんです?」
……なんかもう、嫌な予感しかしないのですけど……。
「救世主様は仰いましたのじゃ。我らのアイドルグループは推せない、と。そんな時、どうすればいいのか……色々と漂流物の資料を見て、一つの定石に辿り着きましたのじゃ!」
「…定石…」
まさかそれって……
「そう!アイドルにとっての起爆剤!期待される化学反応!その一手で世界は変わる!それが……
新メンバー加入ですじゃ!」
「よーし、殴るのでこれを外してくださいこのやろう」
何を熱いナレーション風味に語ってやがりますかシュナイダ―さん。
「……殴られると解っててそれを外すとしたら、ワシは相当にドMですじゃ…」
「そうであれ。むしろ殴られたいからやっているのだとすれば、まだ救いが有るので」
「殴られたくはないですじゃ…」
「踏まれたい派ですか?」
「踏まれたくもないですじゃ…」
「じゃあどんな暴力なら喜んでくれますか!?」
「暴力を前提とする会話やめませんですじゃ!?」
頭がくらくらする……まさか、そーりゅんが巻き込まれるなんて……これは完全に、僕の推しがそーりゅんだと理解しての行動なのだろうなぁ……ごめんよそーりゅん…僕に推されたばっかりに……
「…ううっ……」
申し訳なさ過ぎて、涙が出てきた。
「な、泣かんでくだされですじゃ救世主様」
「だって…そーりゅんがシュリンプリンをどれだけ愛してて、どれだけ一生懸命頑張ってるのか知ってるから……こんな訳のわからない事に巻き込みたくなくて…」
「重く考えすぎですじゃ。昨日も言いましたけど、召喚される前の時間とさほど変わらない時に戻すことは可能なのですじゃ。こちらで何ヶ月過ごしたとしても、同じですのじゃ。なので、その間こちらで我が国のアイドルグループに入って頂いて、他のメンバーを引っ張り上げる役目を担って欲しいのですじゃ」
「それプラス、僕に応援させるための道具……でしょう?」
思い切りじとりと睨みつけてやる。
「人聞きが悪いですじゃ救世主様ぁ~」
猫なで声を出すんじゃないですよ。
「だいたいシュナイダ―さんは、若いアイドルにとって何ヶ月って期間がどれだけ重要か解ってないんですよ。アイドルはね、ほんの数カ月で大きく化けるなんて、ざらにあるんです。青春を捧げてアイドルとして生きている彼女たちの尊い時間を、消費させないでくださいよ……」
自分で言っててまた泣きそうになってきた……ああ…ごめん、ごめんなさいそーりゅん……
「いいわよ、面白そうじゃない?」
もうほぼ泣いていた僕の耳に、聞き覚えのある、可愛くも凛とした声が響く。
あ、ああああああああああああ。
「そーりゅん!お目覚めでしたか!」
視線を向けると、ベッドの上で上半身を起こしておられるそーりゅん!
窓から差し込んだ光がまるでスポットライトのようにそーりゅんを照らし、衣装のラインストーンを輝かせ、なんとも言えぬ美しさ!!
「そりゃあ、あんだけ部屋の中で騒いでたら、起きないほうがおかしいわよ…」
まだ少し眠そうな顔で、美麗としか言えない黒髪をふわりと持ち上げるそーりゅん。
はあああああ寝起きのそーりゅん!!
レア!!超レア!!写真撮りたーーい!!
トレカや生写真に入ってたら歓喜のあまり口から泡を吹くくらいの素敵さーー!!
……って、あれ?
「ちょっと待ってください……先ほど、何て…?」
混乱のあまり聞き逃しそうになったけど、さっきの第一声がなんか……すごく大変なことを仰っていたような…。
「え?ああ、この世界でアイドルやってもいいわよ、って。面白そうじゃない?」
さらりと、衝撃発言をされました。
「――――――――えええええええええええええええええええ!!!!!!!!?????!?!?」
「ほ、ほんとですじゃかーーーーーーー!?!??!?!??!?!?!?」
僕とシュナイダーさんは同時に叫び声をあげた。
驚愕の叫びと、歓喜の叫びだ。
「ど、どうしてですきゃ!?」
噛んだ!動揺のあまりに!
「見知らぬ環境で、1から新しいものを作り上げる……面白そうじゃない。いいチャンスよ。
―――私は、自分が成長できるチャンスに手を伸ばさないような怠惰さは持ち合わせていないのよ」
ずっっきゅーーーーん!!
か……かっこいいいいいいいいいいい!!
そうだ、これこそがそーりゅん!!
その清楚で可愛い外見に似合わず、強くて真っ直ぐな格好良さと、常に上を目指す野心を併せ持ち、それでいていざライブやグラビアになると、ザ・アイドルのキュート過ぎる輝きを見せる!!
多面性の魅力こそが、そーりゅんの本質!!
はふぁ~!一生推しますそーりゅん~~!!
「というか…あなた、どこかで見たことあると思ったら……雪猫さんよね?」
「!!!!」
………はわわわわわ!!
「お、覚えてくれてたんですか!?」
「ふふん、私を誰だと思ってるの?熱心に応援してくれるファンの顔と名前を忘れるほど、恩知らずじゃないわよ。いつも、ラジオにもメールありがとね」
「こ、ここここここここここ」
「にわとり?」
「こここここ、光栄の至り!!そーりゅんにそんな風に言ってもらえるなんて!でも同時に、僕みたいな人間のことで脳の容量をほんの僅かでも使わせていると思うとそれはなんか申し訳ないという複雑な気持ち!」
気が動転して、土下座の体制になりつつ凄い喋ってるな僕!
腕ごと縛られてるから、土下座というよりも、床に額をこすりつけているだけなのだけど、まあそれはどうでもいい。
「つまらないこと言うんじゃないわよ。ファンの皆の為に脳の容量を使うことは、私にとってとても価値のあることなんだから。もっと自信を持っていいのよ?」
「ははーー!!」
ああーもう、そーりゅん素敵過ぎぃ!!
なにこの姐御感!
これで年下とか信じられないよ……まだ16歳なのに、もう尊敬しかないよそーりゅん…。
やはり、子役から芸能界で大人たちと仕事をしていた経験が、この貫禄を生み出すのだろうか…?
いや、それはあくまでも要素の一つにしか過ぎない。
結局、最後は人間力なのだ。
……と、その瞬間……なんとも不思議な音が部屋に響いた。
小動物の鳴き声のような、か細くも何かを訴えかけるような音だ。
…何の音だろ?
耳を澄ますと、音の出所は……
「―――――――お腹、空いたわね」
見ると、そーりゅんが目を反らして顔を真っ赤にしながら、そう呟いた。
今の…お腹の音?そーりゅんの?
「か……かわいぃぃぃーーー!!!」
さすがそーりゅん!お腹の音まで可愛いよ!!
「そ、そうね……まあ、この私ですから。そりゃあ全てが可愛いでしょうとも、知ってるわよ、知ってる、うん」
強がっているけれど、顔はどんどん赤くなて行く。
「けどほら、あんまり可愛い音を出し過ぎるのも良くないじゃない?可愛さの安売りっていうの?私の可愛い音なんて、そうそう聞けると思ったら大間違いで…」
その言葉をさえぎるように、再び可愛い音がした。
「お、大間違いなのよ!だから、早く食事を用意してくれると助かるのだけど、どうかしら!?それとも、コンビニでお弁当でも買ってこようかしら!?」
もうこれ以上赤くはなるまい、と思っていた顔が、さらに真っ赤になっていく。もはや真紅だとさえ言える。
そーりゅん、異世界に多分コンビニはないよ…。
「―――どうですかシュナイダーさん、これこそが、推せるアイドルというやつですよ…!」
「な、なるほどですじゃあ。初めての気持ちですじゃ…!」
僕とシュナイダーさんは、それはもうニヤニヤしている。あまりの可愛さにニヤニヤしている。
「もう!いいから早く食事のできる場所に案内しなさい!してください!」
僕には命令口調、シュナイダーさんには敬語、さすがそーりゅんわきまえている。
「はいはい、では今用意させますので、食事部屋でお待ちくださいですじゃ。…ほい」
あ、その「ほい」は――――と身構えた瞬間、僕とそーりゅんは瞬間移動して、どこかの部屋の椅子に座っていた。
目の前に大きな四角い木のテーブルがあって、その周囲に椅子が十数脚並んでいる。
おそらく、これが食事部屋なのだろう。
気づけば体を拘束していた光の輪は無くなっていた。手が自由に動くって素敵だ。
……にしても、何の前置きもなくいきなり瞬間移動させるのやめてくれないかな…
隣の席に同じく瞬間移動させられたそーりゅんが驚いてキョロキョロしてますよ…。
……って、近っ!!!そーりゅん近い!
とーーーーなーーーーりーーーー!!!
そーりゅんの隣でごはん食べるの!?これから!?そんな奇跡みたいなことあるのーー!!!!?!?!?
その食事は、もう緊張で味なんてさっぱりわからなかった……というか、あまり記憶がないよ……。
次に記憶がはっきりしたのは、その日の昼。
そーりゅんが、この世界のアイドル3人と初めて対面するその場面に立ち会った瞬間だった―――
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