第2話ー6
―――あれ?ここはどこだ…?
多くの人で作られた列……そこに並ぶ僕…。
……はっ、握手会だ!握手会の会場だ!!
戻ってこれたんだ!やった!!
しかも、僕の番まであと1人!
ああ、何言おうと思ってたんだっけ。
落ち付け落ち付け、あんなに昨日の夜シミュレーションしたじゃないか!
…ん?一日異世界に行ってたから、一昨日か?
って、もう僕の番だ!
ああ、憧れのそーりゅんが目の前に!
「お久しぶりです!そーりゅん!覚えてますか?僕、雪猫(ゆきねこ)です!」
雪猫は、僕がネット上で使ってる名前だ。
そーりゅんが所属しているアイドルグループ「シュリンプリン」のラジオ番組「シュリンプリンのぷにぷにプリン」にメールを送る時もこの名前で、それなりに読まれているし、シュリンプリンが今ほど売れてない頃は、お渡し回とか握手会とかわりと頻繁に有ったので、その度に「雪猫」だと名乗って、「いつもありがとう」と言われる位には認知されている。
――――のだけど……そーりゅんは、何も言わずに笑顔を浮かべて、手を差し出すのみ。
「あ、あれ?忘れちゃいました?そ、そうですよね、すいません。あの、僕は雪猫と言いまして…」
寂しさが胸を包むが、まあ握手会はもう二年ぶりくらいだし、ファンも大量に増えたので覚えて無くても仕方ない。
しかし、ここであからさまに残念な顔などしてはならない。好きなアイドルさんに気を使わせては申し訳ないのだ。
覚えて無かった事で、申し訳ないと思わせて笑顔が曇るのは、こちらにとっても嬉しい事じゃない。
どうせなら、この近い距離で最高の笑顔を見せて欲しいのだから。
そうなると、そもそも「覚えてますか?」という第一声はなかなかに失策だった。
猛省しなければ。
改めて自己紹介しながら、握手をする。
……?
なんだか、握手した手が凄く柔らかい。
プニプニと、こう…ゼリーみたいな…?
なんだ?この感触……凄く気持ち良い。
それに何か良い匂いもするし……って、ええっ!?そーりゅんの体が発光し始めた!
眩しい!うわー眩しい!!目の前が、真っ白になって、そーりゅんの姿が見えなくな――――
「―――太陽拳!?そーりゅんは天津飯なの!?」
……そこで目が覚めた。
……夢か。そりゃそうだわ。
そーりゅんは額に第三の目とか無いし、命をかけた一撃が全然効かない不憫さも持ち合わせてはいないのだ。
……とはいえ、本当に眩しいな…太陽券じゃなきゃなんだ…?
薄く眼を開けると、窓から光が差し込んでいるのが解る。
昨日この部屋に来た時は、夜だしカーテンがかかっていたから解らなかったけれど、壁一面がほぼ全部窓で、そこから太陽光がベッドを直撃している。
……晴れている日は嫌でも朝になれば目が覚めるみたいな仕様だ…良いやら悪いやら。
ってか、カーテン開けたの誰だろ……魔法で自然に開くとかあるのかな…。
そう考えた瞬間、すぐ近くに人の気配が有る事に気付く。
―――こんな大きな城だし、メイドさんでもいたりするのかな?
リアルメイドさんを見れるかもしれないという期待に少し胸を膨らませた瞬間、掌に柔らかさを感じる。
……そういえば、さっきの夢でも握手した時に何か……なんだろ…?
そこでようやくしっかりと目を開けて、目の前の状況を確認すると―――――――
「――――――――そーりゅん?」
同じベッドに、そーりゅんが寝ていた。
………………………………………………………………………………!?!?!?!?!?!?!!?!?!?!#$&%%(‘)()_>@*+!?!?
一瞬で目が覚めて、慌てて距離を取る。
転がって距離を取る、それはもうゴロゴロゴロゴロと転がり、ベッドから落下して床にしたたか背中を打ちつけても、まだゴロゴロゴロゴロと転がり続け、壁に正面から激突してようやく止まった。
目の前にはクリーム色の壁。
さっきのが見間違いでないのなら、僕の背中の向こうにはベッドが有り、そこにそーりゅんが寝ているのだ。
……待て待て待て、と言う事は…?
あの柔らかい感触はなんだったんだ…?
ま、まさか……そーりゅんの…むむむむむむむむむむむむむむむ…胸を…?
触ったのか!?さらには揉んだのか!?
うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!
なんて事を!!なんて事をしてしまったんだ!!
所詮1ファンに過ぎず、大天使であらせられるそーりゅんと比べたら僕のような下等でつまらない人間が、胸に触れるなど言語道断!!
汚してしまった!!!僕の手でそーりゅんを穢してしまった!!
―――いや、待て待て、そもそも、そーりゅんがなんでこの異世界に居るんだ?
そうだよ、居る訳ないよ、そんなはずないよ。
夢だ、夢を見たんだ。もしくは幻影だ。
「ふぃ~危なかった……危うく、そーりゅんを堕天使にしてしまうかもしれなかった。そんな訳ないそんな訳ない」
僕は大きく息を吐き、あっはっは、と笑いながら立ち上がる。
「こんなとこに、そーりゅんが居る訳ないよー」
言葉にする事でそれが真実になるかのように、ハッキリと声に出してそう言いながら、ゆっくりと振り返ると――――――――
「――――――――――――居るし!!」
完全に居るよ!!そーりゅんベッドの上ですやすやとお眠りになられているよ!!
ふはーー!!かーーわーーいーーいーー!!
まさに天使の輪のような輝かしい光沢をもつ艶やかに長い黒髪!!
つぶっていても解る大きくてつぶらな瞳!
目元のほくろがセクシー!
自然遺産の山脈を思わせる、スッと通った美しい鼻筋に、少し厚めの唇はゼラチン質を思わせるつやつやぷるぷる!!
衣装は昨日の握手会に着てたやつそのまんまだー!二年前のクリスマスライブで初披露された、雪の結晶をイメージして造られたという真っ白な生地にラインストーンで結晶を思わせる模様が描かれているやつー!僕の好きなやつー!!
ああー可愛い、可愛いよー!
間違えるわけないよー、これ絶対そーりゅんだよー、こんな可愛い子が他に居る訳ないよ!!
この世界にそーりゅんが居るってのは有り得ない話だと思うけど、僕がそーりゅんを他の誰かと間違えることなんて、それ以上にもっとあり得ない!!
って じゃあやっぱダメじゃん!!触ってんじゃん!!僕そーりゅんの胸触ってんじゃん!!
……どうしてくれよう、この僕の罪深き右腕をどうしてくれよう。
―――――こうなったらもう―――
「救世主様、おはようございますです……ノジャーーーーー!!!!!?!?」
ノックも無しにドアを開けて部屋に入って来たシュナイダ―さんの挨拶が、最後叫びに変わる。
「……ちょうど良いところに来ました…ちょっと、手伝ってくれませんか…!」
まあ、異世界から召喚した救世主が、テーブルの上に乗せた右手に向けて、左手に持ったナイフを今まさに振り下ろそうとしているのだから、ビックリもするのだろう。
「な、何をしてるのですじゃ!?」
慌てて駆け寄ってきて、僕の腕を抑える。
「止めないでください!僕は、愚かな大罪を犯したこの右腕を罰せねばならぬのです!切り落とーーーーす!そして焼く!お焚きあげする!浄化しなければーーー!!」
「落ち着いてください!何が有ったか解らないですじゃが、どうか冷静に!キープクール!キープクールですじゃ救世主様―!」
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