第2話ー5
……3人が再び僕の前に現れるまでの30分間に、そういえば……と思い、緑のロープを身にまとい、木の杖と分厚い本を左右の手に持ち、とんがり帽子で髭の老人…というベタすぎるくらいベタな魔法使いさんの名前を聞いてみた。
どんなベタな名前が出てくるだろう……セバスチャンかな?と期待してたところに……
「名前ですじゃか?シュナイダ―ですじゃ」
「………そこだけイメージ違うっっ!?」
ってなるイベントが有ったりしたのだけど、まあどうでもいい話なので省略する。
……そして時間が経ち、改めて僕らの前に表れた三人は、それはそれは、見事な仏頂面でした。
そりゃまあ、そうでしょうね。
前述したとおりに、そんな状況も手伝って不毛な時間とも思える自己紹介が終わり――――現在に至る。
つまり、『やっぱり推せない』という圧倒的な結論に至ったのだ。
「実際に会っても、ダメと言うのですじゃ!?」
「いや…あの……今見てましたよね?」
「――――――はい…ですじゃ」
「さっきのやりとりで、推せるようになるポイントあったと思います?」
「……それは…」
「シュナイダ―さんが僕の立場だったら、今のやりとりのどこに魅力感じます…?」
「………や、ワシはどこにも感じませんですじゃが……」
なんと言う正直。
「けれど、アイドルファンのツボに入る何かが有ったという可能性も捨てきれないですじゃ。アイドル好きには、周りには理解できない理由で推す人もいると言いますじゃ!握手会でビンタしてくれるとか、ライブ中にお金を巻き上げてくれるとか、そういうのですじゃ!」
狭い情報手に入れてますね!
……まあ、居ますけど確かにそういう人も。
「すいません、僕はわりとノーマルなファンなので、そういうニッチな推し癖(へき)は無いです……」
「そこをなんとか…!」
必死でお願いして来るシュナイダ―さんだが、僕らの会話の内容を理解しているのか居ないのか、変わらず仏頂面で立ち続ける女の子3人。
この時点でもうなぁ……。
「そもそもの話になりますけど、彼女たちはやる気が有るんですか…?今もこんな感じですし、さっきのライブ映像だって、笑顔の一つも無しに…」
「笑顔ですって!?あなた、ふざけたこと言うと眼球を焼き焦がしますわよ」
空色髪の雷姫マリカさんが、突然口を挟んで来た。
眼球を焼き焦がされるのは嫌だなぁ…。というか、なぜ眼球を。
「私たちは、国のめい…」
「お待ちくださいですじゃ!」
マリカさんの言葉を遮るように、間に入る魔法使いのシュナイダ―さん。
……今、何を言おうとしたんだろ?「国のめい…」……命令?国に言われて嫌々やってるから笑顔なんて浮かべてられないわ、みたいな事なんだろうか。
だとしたら、推せない理由がまた増えるなぁ…。
事務所から急にアイドルやれって言われた…なんて話で始まったアイドルもいるが、結果的にそれに全力で取り組んで、本人たちにも前向きなやる気が生まれれば、それは何の問題も無い。
……けど、嫌々やってる人間を応援したいハズも無い訳で。
そもそも僕は「理屈と感情の両方で納得しないと動けない」という面倒な性分なのだ。
「応援したい気持ちは無いけど、お願いされたからやる」みたいなのは……無理なのだ。
だいたい、心がこもって無い時点でそれは応援ではなく、ただ音楽に合わせて声を出すリズムゲームみたいなものだ。そんなことに意味は無い。
そんな僕の感情を読みとったのか、シュナイダ―さんは笑顔を見せて、なだめる様に言葉を紡ぐ。
「まあまあ、救世主様もマリカ様も落ち着いてくださいませですじゃ。救世主様も、まだこちらの世界に来たばかりですし、今日のところはお休みくださいですじゃ」
……確かに、ゆっくりと休みたい気持ちはあるけど……って、ちょっと待って…?
「今日のところは…?え?帰らせてはくれないのですね…?」
聞き捨てならない言葉を捉えて質問を返す僕に、シュナイダ―さんは気まずい笑顔だ。
「それはその……こちらとしても、せっかく召喚したのですし、そう簡単に諦める訳にはいきませんのですじゃ」
「そうなのだわ。異世界から召喚する魔法は、それなりに大変なのだわ。妖精の体毛が必要なアイテムだからと……何日にもわたって、毛をむしられ続けたピロッパの悲しみに免じて、もう数日考えて欲しいのだわー…!」
「そんな事が有ったのか……よしよーし、泣くな泣くな。おいで、撫でてあげようねー」
「ふわーん!ご主人様ぁ~~~!!」
一粒が親指の爪くらいありそうな大粒の涙をまき散らしながら、僕の胸に飛び込んで来たピロッパを抱きしめて、優しく撫で上げる。
すぐに気持ち良さそうに目を閉じるピロッパのなんと可愛い事でしょう。
この可愛い生き物をモフモフ出来るのなら、あと何日かここに居るのも良いかもしれない。
「一応質問しますけど、元の世界に戻れないって事は無いんですよね?」
「それはもちろんですじゃ。もしこちらで何カ月も経とうとも、時間をコントロールして、召喚された瞬間を基準に数分から数時間……最悪でも一日か二日後程度の時間へと送り届けることさえ出来ますのじゃ」
「ホントですか!?」
良かった、最大の懸念は、ほぼ最良の形で解消された。
二日…となると高校生の身としては親への言い訳がなかなか厳しいけど……まあ、なんとかなるだろう。
そもそもあの親が僕の事を心配するかどうか怪しいところだし。
問題はむしろバイトの方だけど……幸い今日は…というか、こっちでの曜日の概念が解らないからなんとも言えないけど、召喚された時、握手会は土曜日の昼頃だったから、二日後でも月曜夜のバイトには間にあうだろう。
土日はイベントが有るからバイトを入れず、平日の放課後にガッツリバイトを入れるスタイルだ。
部活?知るかいそんなもん!僕の青春はアイドルに捧げるために有るのだ!
「では、心配事も解消されたようですじゃので、お部屋に案内しますのじゃ」
『ようですじゃので』、はどう考えてもおかしいぞ…と心の中でツッコんだが、もう声を上げるのも面倒だ。
休む、と言う事を意識した瞬間から、僕の体と心が疲れを訴え始めていた。
とくに精神的な疲労が酷い。
それもこれも全ては、握手出来なかった事による心のダメージから始まっている…!
ああ、思い出したら辛さが戻ってきた……寝たい…寝て忘れたい…。
「それでは、ほいっ!」
えっ?それってまさか…
気付くと僕は、空中に居た。
「また!?あわわわわ!!!」
思わず慌てて声が出たが、少し落下すると柔らかい感覚が体を包んで止まった。
……ベッドだ。とびきり柔らかくて、なのに適度な硬さも有って、とても不思議な心地良さの、キングサイズくらいの大きなベッド。
どうやらここが僕に与えられた部屋らしいのだけど……「案内する」の定義!魔法で瞬間移動させるのは案内なのだろうか……?
まあそれはともかく。
部屋の作りは先程の客間とさほど変わらず、十畳くらいの広さで、テーブルとソファと、あとはこのベッドだけのシンプルな配置。
上品なクリーム色の壁に、同系色の大きなカーテン。所々に自然の風景を描いた絵が飾られていて、全体的に落ち着いた良いセンスだ。
「っていうか……柔らかぁ…」
ベッドに包まれる感覚があまりに気持ち良くて、服を着替える気力さえ失われていく。
ああ……もうダメだ…ねむ…眠い…。
今日はもう寝てしまおう。
見知らぬ異世界でなんの警戒も無く寝てしまうなんて、平和ボケも甚だしいのかもしれないけれど、それこそ魔法でもかけられてるんじゃないかと言うくらい眠い。
ああ、意識が、少しずつ―――――
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