第2話ー4

「――――推せないんですよねぇ……」



「……おせない?」

「…おせない?」


 僕の正直な感想に、1人と一匹が、キョトンとした顔でオウム返ししてくる。


「はい、推せない」


 けれど、それが真実なので仕方ない。


「あのですじゃ、救世主様。漂流物などで一応の知識はあるのですじゃが……正直に申しまして、その「推せる、推せない」という概念がイマイチ理解できないですのじゃ」


「どうすれば、その……推せる?ようになるのだわ?教えてほしいのだわ!」


 ……難しい質問が来ました…。


 そう言われると、どう答えて良いのやら…。


「まあ、簡単に言うと、この子を応援したい!とか、他の誰かにも推薦したいような良い子なんだよ!とか、そういう……この子を、このグループを、好きだな!という気持ちが「推し」なんじゃないかと」


「それが、あの子たちには無いというのですじゃ?」


「でも、まだちゃんと見てもないのだわ」


「見ましたよ、さっきのライブ映像で」


「たったの1回ですじゃ!」


「そうなのですけど……やっぱりファーストインパクトって大事なんですよ。最初に見た時に、何か少しでも心惹かれる物が有れば、ちょっと追いかけてみようかな……とも思いますけど、今のアイドル戦国時代、数え切れないほどのアイドルが居る中で、初見でピンとこないグループをわざわざ推そうとは思わないですねぇ…」


 だからこそ、今のアイドル達は、一度で印象に残る様な、心に引っかかる強烈なフックを出そうともがいているのだ。


 人数の多さだったり、派手なパフォーマンスだったり、あえて顔を隠してみたり、何らかの方向性に特化してみたり。


 まあ、この国初で唯一のアイドルって話だから、競争相手の居ないこの世界のアイドルにそこまで求めるのは酷なのだろうけど……厳しい競争の中で輝こうと努力しているアイドルさんを見続けてきた僕からすると、どうしても物足りない。


「し、しかしですじゃな、このバトロン国でも選りすぐりの美人を集めたのですじゃぞ?アイドルというのは、可愛いければ人気が出るのではないのですじゃ?」


 ……ああ、そこか……そうか、それが解ってないから「推し」という感覚が理解できないんだ。


 僕は、椅子から立ち上がる。


 そして、大きく息を吸い込み―――――



「あえて言おう!!!アイドルは、そこまで可愛くなくても別にいい!!!」


「な……なんですじゃとーーー!!」


 背後に雷のエフェクトと、ズガガガガーン!という書き文字が見えそうなビックリリアクションを見せる魔法使いさん。


 ピロッパも、目を丸くしている。


「もちろん、可愛いに越したことは無いです。けれど、それは絶対的な推す条件にはなりえない!!成り得ないんですよ!!アイドルを推すというのは、その子の顔に惚れることではない!!人間性に惚れるモノなのだ!!!」


 ああー、オタクのダメなとこが出てるなー、と自分を客観的に見る自分がたしなめようとするが、もう止まらない。


「顔がそんなに可愛くなくても!歌が下手でも!ダンスがダメダメでも!!トークがつまらなくても!

 それでも、その子の人間性が、頑張りが、その心が!こっちの魂に刺さって、応援したいと思ったら、それはもう推すんですよ!!

 弱点だらけのあの子だけれど、僕らの応援で、上へと連れて行ってあげたい!!

 それが、「推す」ってことです!!

 顔が良いだけの子なんて、推すに値しないんですよ!!」


 うわー、引かれてる引かれてる。


 でも知ったこっちゃないね!


「もちろん、本当の心なんて解らないかもしれない。

 表に出ている部分しか僕らは知り得ない!裏ではどうなのか、解らない。

 でも、やっぱり伝わってくるんです!!

 直接会って、話して、ライブ見て!

 ずっとその子の事を考える時間が増えれば増えるほど、その子の真剣さとか、真摯さとか、真っ直ぐさとか!!

 それを感じ取り、愛しいと思えるかどうかなんだよ!!

 そうなると、不思議な事に可愛くなってくるんだ!

 顔は別に好みじゃないと思っていたのに、見た目までなんだか凄く可愛く思えてくるんだ!

 そういう、推しフィルターがかかるようになってからが、本当の「推し」のスタートなんですよ!!解りますか!?

 アイドルを推すってことは、そういうことなんですよ!!

 可愛いから応援しようとか、そんなの推しじゃない!!

 人生をかけて!魂を削り!!その子の為に何が出来るのか、自分が何をすればあの子の笑顔に繋がるのか!

 それを必死に考える!毎日のように!日課のように!義務のように!責任のように!想いを込めて!想いを届ける!

 顔が良いだけの相手に、そこまで人生かけられないですよ!!

 アイドルの成功は僕らファンの成功!

 アイドルの幸せは僕らファンの幸せ!

 アイドルの夢は、僕らファンの夢でもある!

 夢を叶えるその日まで、支え続ける覚悟が無くて、何が推しだ!!!!

 数多のアイドルの中から、たった一人を探し出す……そして見つけた宝物のような推しアイドルの尊さを――――舐めるな!!!!!」


 ―――――――はっ、僕は一体何を。


 うわーお、ドン引きだ。魔法使いさんとピロッパがドン引きだ。


 完全に、ヤバい奴を見てしまった、の顔だ。


 握手会でド下ネタをぶつける客が来た時のアイドルさんが、こんな顔してたっけ。


 同じレベルかー、今の僕、アイツと同じレベルかー。


「………すいません、取り乱しました」


 とりあえず謝ろう。


「いや、その、こちらこそすいません」

「すいません」


 ……おおぅ、語尾が消える程のガチ謝罪を頂きました。


「いやいや、あの、ホント……すいません…」


 凄い気まずい……アイドルさんが悩んでるみたいなツイートに、凄い真面目なリプを返したけど、それが実は完全に的外れの勘違いだった時くらいの気まずさだ。


 ツイ消ししたい!さっきの発言をツイ消ししたい!


 頭を抱えてのたうちまわりたい気分の僕に、おどおどしつつも声をかけて来る魔法使いさん。


「推しの重要性は、理解しましたですじゃ。……や、本当の意味では理解できてないかもしれないのですじゃが……」


 凄く気を使って話してくれている……申し訳ない…。


「けれどそれでも、一度ちゃんと、我らのアイドルに会って頂けませんですじゃ?しっかりと正面から向き合えば、印象が変わるかもしれないのですじゃ」


「……ふむ……まあ、一理あります」


 こんな僕に応援を頼む事をまだ諦めないでいてくれる魔法使いさんの言葉に心が動いた……という訳でもないのだけれど、ライブよりも握手会での神対応でファンを増やすアイドルも居るのだし、一度くらい直に会ってみるのも良いのかもしれない。


「じゃあ、すぐ呼ぶのだわ!すぐ!気が変わらないうちにだわ!」


 どんだけ気難しい人だと思われちゃったのよ…。


「ではでは、魔法ですぐに呼び出します!むむー……ほいほい!」


 今更だけど呪文とか唱えないんだな……なんて思っていると、ボムッという音と共に煙が立ち上り――――その煙が晴れるとそこには……


「「「………きゃーーーー!!!」」」


 三人の裸の女性と、大きな叫び声が有りました。


「………え?」


 なんとなく見てはいけない気がして、反射的に目を逸らす。


「な、なんで裸ですじゃ!?今はレッスン中のハズですじゃ?」


「レッスンはもう終わって、シャワーで汗を流してたんですのよ!」


「ばかー!おじじのばかー!」


「ひぃ…くすんくすん、もどしてぇ~…ふぇ~ん」


 怒号、罵声、泣き声が聞こえる。


「す、すまんのじゃ!!ほい!」


 もはや聴きなじみのあるポムッという音。


 謝りながら、再び瞬間移動の魔法で3人をどこかに消したらしい。


 そっと目を開け顔を上げると、そこにはびちゃびちゃに濡れた絨毯と、空間を僅かに白く染める湯気と、やっちまった感丸出しで頭を抱えている魔法使いさんと、恥ずかしそうに両手で顔を覆っているピロッパが居た。


 ……なんですかこのラッキースケベみたいなイベント……と思っていると、


「「「きゃーーーーー!!!!」」」


 デジャヴのような叫び声。


「ちょっと!!!ここ中庭じゃないのよ!!!ちゃんとシャワー室に戻しなさいよ!!焼き焦がすわよ!!」


「ドばかー!!おじじはド馬鹿だーー!!」


「ふぇえーーーん!!」


 ジロリ、と冷たい視線を魔法使いさんに向ける僕。


「わ、わざとじゃないですじゃ!すぐに、すぐにちゃんと戻しますですじゃーー!!」


 慌てるあまりか、走って部屋を出て行く魔法使いさん。


 ……や、今こそ魔法でしょうよ…。


 そして、3人が僕の前に再び現れたのは、その30分後だった――――。


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