第2話ー3

 僕は、四つん這いのままリュックの中に手を入れる。


 確か……ああ、あったあった。


 手触りだけですぐわかるほどに使い慣れたそれ……携帯音楽プレイヤーを取りだす。


 朝出かける時に充電満タンにしておいて良かった。


 イヤホンを付けなくても音が鳴るタイプなので、床に置いて、音量を上げる。


 選んだ曲は――――今日握手会に行くはずだったアイドル「シュリンプリン」の代表曲「恋愛ガトリングガルズ」だ。


 コールを入れるポイントも多く、ノリの良さが抜群で、ライブでは必ず盛り上がる定番曲。


 イントロが流れて来ると、四つん這いだった体が、自然と立ち上がり始める。


 そして―――リズムに合わせて、腹の底から上がってくる。


 熱い魂が、声になって――――――――産まれる。



「あーーーーーよっしゃ行くぞ――!!」



 その声の大きさに、1人と一匹が呆気にとられて驚く顔が一瞬見えたが、それ以降はもう目に入らない。


 僕の目には、ステージが見えている。


 眩いライトの光、それを反射してキラキラと輝く汗を纏ったアイドルが見えている。


 覚えてるとか、そういうんじゃない。


 もう、焼きついているのだ。


 彼女たちの歌が、踊りが、笑顔が。


 脳裏に、網膜に、耳に、心に、魂に。


 それが、鮮明に蘇る。


 さあ、声を張り上げろ。


 僕らの生きている意味を、全て叩きつけるように!!


「かえで!きょーこ!りーちゃ!そーりゅん!飛べよ跳ねろよ てっぺん目指し!!革命アイドル シュリンプリングー!!」


 イントロに合わせて口上を叩きこみ、歌が始まる。


 ソロパートではリズムの切れ目に合わせて名前を叫び、間奏では「ウリャ!」「オイ!」と叫び、時には黙って歌を聴き、ペンライトを突きあげる。


 これだ、これだよ!!


 高まってきたぁぁぁぁぁ!!


「そーーーりゅん!!そーーーりゅん!!」


 推しメンそーりゅんのコールは特に、喉がちぎれるほど叫べ!!


 僕らのコールで、推しを天高く飛翔させるが如く!!


 この声が、彼女の力に変わるように、願いを込めて!


「そーーりゅん!!そーーりゅん!!そーーりゅん!はい!そーりゅんわっしょい!!」


 額から流れる汗が頬を伝い、顎から床へと垂れ始めた頃……最高の余韻を残して曲が終わる。


 体温の上昇と、心地よい疲労感。


 なによりも、高揚した心が熱い。


 ああ……生きている。


 これこそが僕の、生きている証だ。


「すー……はー……」


 弾んだ息を整えるために、深く呼吸をする。


 高鳴り続ける心臓が激しく脈を打つ。


 ゆっくりと呼吸を整え、余韻を存分に味わいながら、大きく息を吐き出す。


「はぁ~……よし!メンタルリセット!お待たせしました!」


 一曲分待たせてしまった事をお詫びしながら、魔法使いさんとピロッパの方へ向き直る。


「……あれ?」


 二人は、なんて言うか………擬音で言うと、「ぽかーん」という顔をしていた。


 それだけならいいのだけど、その中に何かこう……やべぇヤツが居る…みたいな感情が混じっている気がするが、気のせいだろうかいいえ気のせいではありません。


 そりゃそうだ、ライブ会場ならともかく、さっき来たばかりの異世界のお城の客間で、小さな携帯音楽プレーヤーから流れる曲に、こんな全力でコールを入れる人間を見たら、普通は引く。


 知ってる、知ってたよ。


 まあ正直反応としては想定内だし、これで引いてくれて、よく解らない依頼を取り下げてくれるなら、それはそれで願っても無い事だ。


 帰らせてはくれないまでも、「お疲れのようなので今日のところはひとまずお休みください」くらいの距離の置かれ方はするかもしれない。


 そんな淡い期待を抱きつつ、次の言葉を待っていると―――


「で、ですじゃーー!!」

「だわーーーー!!」


 突然語尾だけを叫ばれました。


 人間はどういう感情になれば、いきなり語尾だけを叫ぶという行動に出るんだろう…。


「それですじゃ!求めていたのは、まさにそれなのですじゃ!」


 ……はい?


「まさにだわ!まさにそれが欲しかったのだわ!」


「漂流物のDVDで見た、あの、狂気のように声を張り上げているのに、見事に統率されていた、矛盾の極みのような応援!!」


 ……褒められている……んですよね?


「我らの国でも、アイドル文化をもっと根付かせ高めるために、是非そう言う応援の仕方をご指導いただきたいのですじゃ!」


 話が元に戻った。

 そうだ、そういう話だった。


「いやでも、そんなのって別に人に教えたりするものでもないですし…」


 映像を見たり、現場に通ったりして、少しずつ覚えるもので、僕も誰かから教わった記憶は無い。


「そうなのですじゃ?てっきり、専門の学校や何かが有るモノだと思ってましたのじゃ

……専門の資格を得ているお客さん達では無いのですじゃ?」


「皆で一緒に練習する授業とか、講習会とかないのだわ!?特殊な訓練を受けてないのだわ!?」


 ……だとしたら、応援のハードル高すぎるでしょうよ!?


「無いです無いです。自然に覚えるし、自然に揃う、そう言うもんですよ。まあ、多少は勉強と言うか、初めての現場に行く時にはコール表とかそういうのを調べることもありますけど、基本的には全ては経験の積み重ねです」


「なんと……」


「そんな……」


 語尾が消えるほどに驚く事なのですね…?


「というか、もしそんな教育システムが有ったとしたら、召喚されるのは僕じゃなくて教師とかになるのでは…?」


「確かに、ずいぶん若いとは思ってましたが、漂流物の中には、小さな子供が学校の先生をやっている漫画などもあったので、そういうことかと思いましたのじゃ…」


「いや、確かにそういうのありますけど、フィクションですからね!?」


「オーマイガッ!!ですじゃ!」


 どういう翻訳だよ魔法!?


 魔法使いさんは、一つ吠えると部屋中をうろうろと歩き始めた。


 ピロッパも空中をクルクルクルクル回りながら何かを考えている風だが、実際は何も考えないような気もする。


 そんな時間が、「恋愛ガトリングガルズ」のAパートくらいの時間続いたかと思うと、不意に声が上がった。


「まいっか!ですじゃ!」


 ええー…!?


「想像とは違いましたですじゃが、先程の応援を見れば、あなたが熟練のファンである事に間違いは有りますまいですじゃ」


 完全に吹っ切れた顔をしておられる……切り替え早いですね!


 ってか、僕は別に熟練と言うほどでは……や、まあもう五年も通い続けていれば、現場によっては古参みたいな立場になることもあるけど、上には上が居ますよ?


 それこそ、魔法使いさん位の年齢になっても声を張り上げてる人もちょいちょい見かけますし…。


「ともかく、簡単にで良いのですじゃ。応援のコツというか、さっきみたいな応援を、我々のアイドルの曲にも合うように作って欲しいのですじゃ!お願いしますですじゃ!」


「お願いするのだわー!」


 ピロッパも加わって、深く頭をさげられても困る……。


 まあつまり、コールを考えてくれって事なのだろうとは思うけど……1人で一から作り上げるのはなかなかにプレッシャーと言うか……荷が重いしなぁ…。


 それになにより、ずっと心に引っかかっている事がある。


「応援って、さっきの映像に映ってたアイドルさん達ですよね?」


「そうですじゃ、我が国で初めての!唯一のアイドルグループですじゃ!」


「―――ああ、それでか……なんか納得しました」


「……何がですじゃ?」


「いや、ほらその………」


 どう言葉を濁そうかと一瞬考えてはみたものの、もうこれは直接言うしかない。



「さっきのアイドルさんたち……」



「はいですじゃ」




「――――――――推せないんですよねぇ……」



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