第2話ー2


「まずは、こちらをご覧くださいですじゃ」


 とりあえず、驚くほど美味しかった食事を堪能させてもらってお腹が膨れた僕は、根本的な質問をした。


「そもそもなんで僕を呼びだしたんですか?」


 それに対して魔法使いさんは、魔法でカーテンを閉めて電気を消し部屋を暗くし、壁を見るように促した。


 案内された客間は、10畳程度のさほど広さはない部屋だったが、豪華で座り心地抜群のソファと、丁度良い高さの机、外に面した壁は一面の窓……と、居心地の良さが素晴らしかった。


 その丁度良い高さの机の上に、ずっと手に持っていた杖を置き、なにかしらの魔法を唱える魔法使いさん。


 すると杖の先から光が放たれて、壁一面に映像が投影される。マジカル映写機とでも言うべきだろうか。


 ともかく、映像が始まったからには見るしかない。


 いきなり、丸い輪っかの中で、ガオーっとライオンっぽく吠えるピロッパが出てきたのは、某映画会社を連想させた。………たぶん、漂流物の中にあったんだろうな……。


 魔法使いさんとピロッパを見ると、凄くニヤニヤして「どう?どう?」という顔をしている。


 ………もうそのパロディ散々やられ過ぎて新鮮味が無いですよ、と思ったモノの、きっとサービス精神でやってくれたのだから、何も言わずにせめてスル―にしよう。


 若干寂しそうな二人から目を逸らし、映像に集中する。


 映し出されたのは――――ステージだ。


 今まさにアイドルのライブが行われているステージ。

 3人組の女性アイドルグループのようだった。


 野外……だろうか、左右に切り立った崖が見えるので、どこか谷のような場所にステージが有るのだろうか?


 ステージは、シンプルに周囲よりも2メートル程度高くなっているだけの簡素な造りで、広さだけはかなりあるが、それだけだ。


 しかし、その前には、数万は居るだろうかと言うたくさんの観客。


 先程見た城下町の全景からすると、街の人間がほぼ全員集まっても足りない人数だろう。


 他にも街が有ってそこから集まっているのかもしれないし、遠征して来るお客さんも居るかもしれない。


 普通に考えたら、どんなに人気のライブでも、街の人間が全員参加するってことは無いだろうから、やっぱり外から来てるのだろう。


 しかし………僕の意識は、すぐさまお客さんの人数なんてどうでもよくなるくらい、別のところに引っ張られていた。


「これは………酷いライブだ…」


 ライブとしての質がとにかく低い。


 アイドルの歌やダンスはもちろんだけれど、それに関してはまあ良い。デビューしたてのアイドルなんかは、もっと酷いレベルのも見たことが有る。


 あまりにもメンバー同士の連携や意思疎通が取れてない感じは気になるけど……それよりも――――だ。


 ………イライラする!!なんだこの客は!?ライブってモノを知らんのか!?


 お客さんの歓声が、とにかくもう聴くに堪えない。


「がんばれー!」「いけいけー!」「歌ってー!」「必死に踊れー!」「もっと声出せー!」「かわいいー!」


 ……バラバラだ……統一感の欠片もない。


 しかも、曲のリズムもなにも関係なく、ただただ思い思いに好きなタイミングで好きな事を叫んでいるだけなので、アイドル側もリズムが取れなくて歌いづらそうな事この上ない。


 気になって客層を注視すると、老若男女バラバラだが、単に幅広い層に人気とかそんな事では無い妙な空気を感じる。


 みんなが必死に声を上げ、強い意志を、魂を感じるような叫び声をあげている。


 これが、統率のとれたコールだったらさぞや迫力が有って気持ち良いライブになるだろうが……こうまでバラバラでは、ライブをぶち壊す役割としてしか機能していない。


 これなら手拍子してるだけの方がよほど良いだろう。


 結局そのまま歌い終わるまでデタラメな声援は続き、歌が終わったタイミングになっても拍手も起こらず、皆が自分勝手に叫ぶだけ……。


 アイドル三人も、満足感や充実感を感じている様子も無く、ただ疲弊していて、それを笑顔で隠そうともしない。


 そのまま次の曲が始まるが、また同じ事の繰り返し……ダメだ、我慢できない。


「すいません、ちょっ…もう映像止めてください……」


 脳がグラグラする感覚に襲われ、両手で頭を抱えながらの言葉に、魔法使いさんは慌てて杖を持ち上げる。


 映像は消えて、部屋には暗闇と静寂が戻ってくる。


「……はぁ~~~」


 自分でも驚くくらいの大きなため息が口から洩れた。


 一体感の無いライブがこんなにも精神にダメージを与えるものだとは……いつもの現場が恋しいよ……。


 よく、「プロの客」なんて言うけど、今のと比べたら、どんなに人気の無いアイドルのお客さんですら、圧倒的にプロだ。


 いや、むしろ少ないお客さんの方が練度と連帯感が高いことも珍しくない今のアイドル業界で、ここまで質の低い応援はおそらく存在しないのではないだろうか。


「いかがだったですじゃ?救世主様」


「いや……うん、コメントは差し控えたいです……」


 あのアイドルさんたちがこの国でどのくらいの人気なのかも良く解らないので、悪い感想しか出てこない今はコメントすべきではないだろう。


 好きなアイドルを悪く言われて嬉しい人など居ないのだから。


 いやまあ、映像見ながら思わず漏れた言葉だけでもう手遅れだろうと言う気もするが、映像の音がそれなりに大きかったので、聞こえなかった可能性に賭けたいところだ。


「酷いライブですじゃろ?」


 きーこーえーてーたー。


「……すいません、口に出して言うことでは無かったです…」


 しかし、僕の言葉に魔法使いさんはゆっくりと首を振る。


「良いのですじゃ。このライブが酷いのは、ワシらも理解してるのですじゃ。だからこそ、救世主様の力を借りたくて、召喚したのですじゃから」


「……どういう事ですか?」


 ん……?

 なんだか、嫌な予感がする……まさか、まさかだよね…?


「アイドルオタクである救世主様に、アイドルの応援の仕方を教えて欲しいですのじゃ!!」


「………………………………はぁ……え?は?え?もしかして、それだけの為に僕は召喚されたのですか…?」


「もちろんそうですじゃ!」



 ―――――――――なんじゃそりぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!



 いや、そりゃあ僕も勇者とかそういう器じゃないとは思ってたよ?思ってたけど、でもさ、ちょっとは希望っていうかさ!もしかして、凄い力とか持っちゃってて、世界救っちゃうみたいな?そういうアレかなー!って思ってたのにな!!!


 ちっくしょう僕の身の程知らず!!


「……一応、質問していいですか?」


「なんですじゃ?」


「オタクはたくさんいますけど、どうして僕を」


 それでもせめて、どうしても僕じゃなきゃダメだったという理由でもあれば、救われるというもの!


「手頃だったからですじゃ」


「……ん?」


 手頃…?


「正直、たくさん居過ぎてどうしたものかと迷っていたのですがじゃ、たまたま握手会の中に、それなりに条件の合う人がいたので、あ、じゃあこの人でいいやー、みたいな感じですじゃ!」


 ……唯一無二の存在ですらない!!


 そんな、そんな理由で握手会を邪魔されたのか……久々の、久々の癒しの時間を…!!


「あ、あのーですじゃ…突然四つん這いになって頭を抱えているところ申し訳ないのですがじゃ……引き受けてくださいますですじゃ?」


「お願いなのだわご主人様―」


 二人……1人と一匹からなにやらお願いされているが、精神的ショックが酷くて思考力が働かない。


「あの…ちょっと、メンタルリセットの時間をください…」


 僕は、この世界に来る時に持っていたリュックの中に手を入れた。


 アレしかない、僕のメンタルを救ってくれるのは、アレしかないのだ!!

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