部屋の奥に、光の壁に封じられている満影さんらしき人がいた。



彼の髪と目の色が変わっていたことに驚いた。



でも顔は満影さんのままで、動けない様子でこちらをじっと睨むように見つめる彼に戸惑った。



「満影さん…」



小さくあたしが呼びかけると、闇の神は煩わしそうに顔を歪める。その表情に、ギクリとした。



「なるほど…その娘が例の光或る者か。その内に宿った霊力…なんと、忌々しいあの女にそっくりだ」



「あの女…とは、太陽の神のことか?太古から崇められている最高神、天照のことか?」



即座に晴明が聞き返すと、闇の神が冷たい目を更に冷たく細めた。



「それは人間が勝手に作り上げたものだ。光の神だとか太陽神だとか…最高神の神の中の神として崇められているが、実際はそんな高貴な類の者ではない。アレの本心を知らんから、人間は勝手にアレを神と崇めるんだ」



続けて言った彼の台詞からヒシヒシと伝わってくる憎悪。



誰かに憎まれたり、怨まれたりすることから無縁な存在だとは思っていたが、闇の神から見た天照は違うようだった。



「あの…それは、どういう意味ですか?」



あたしが恐る恐る尋ねると、彼に一瞥された。



「黙れ。下賤な者とは口を利かん」



な、なんだとっ!?



神なのはわかっている。しかし、その上から態度にはムカつくよ。うん、イヤな感じだ。



「おい、自称神!口に慎めよ。今はこちらが有利。それに貴様も同じ、その下賤な人の身に居るではないか」



晴明も彼の態度に腹が立っていたようだ。



皮肉混じりに告げた晴明に、神から殺気ある目つきで睨まれた。



「黙れ!」



一言だけ、それだけでその場の空気が凍った。



「ふん…。五月蝿いぞ、駄神め。今更何を言っても負け惜しみしか聞こえんな?」



しかし、それは瞬時に一笑された。




晴明には効かないようだった。




あたしは震える身体を抱き締める形で、二人の間に立っていた。



「おい…そろそろ始めるぞ」



「え…?あ、あたし?」



なのに、突然晴明に言われ、ひっ!と心の中で息を飲んだ。



「時間がないと言っただろ。お前のその祓う力であの神を封じる」



晴明はあたしに近づき、コソッと耳打ちした。



「わ、わかったよ。でも具体的に力を使って一体どうやってやればいいの?呪いを唱えれば?」



未だちゃんと彼に教わったことがないから、どう力を使って封じればいいのかわからない。



慌てて聞き返すと晴明がため息をついてあたしから離れ、闇の神の前に向き直った。



「いいか、闇の神よ。貴様はここで私たちが封じる。山本桃子、お前は今から私のやり方を復唱しろ」



そう言うやいなや、晴明が呪文を唱え始めた。



あたしははっとして、晴明の言っている言葉を何とか復唱する。



途端、あたしの中からキラキラと眩しい光が現れた。



その光に晴明がすかさず印を結び、札を放つ。



光は晴明の放った札に吸い込まれ、眩むような光を放って、動けない闇の神に向かって飛んでいく。



「くっ…!」



闇の神が顔を歪めた。



刹那、札が結界の中を通り、闇の神の額に張り付いた。



「山本桃子!もう一度、復唱だ!」



すぐに晴明が叫び、あたしは慌てて彼の唱える呪文と印を結んだ。




「ぐぁああああっーー!!」




札が周りの結界と重なりより強い光の力に変わり闇の神を襲った。



苦しそうに悲鳴を上げる彼の身体からしゅうしゅうと音を立てて煙のような靄が立ち昇るった。



闇の神の身体…満影さんの身体が光とともに眩く輝くと、より一層苦しそうに悲鳴を上げた。



「山本桃子、後はお前がやるんだ」



そこで晴明があたしを振り向き、最後の仕上げに封印する為のとっておきの呪文を教えてくれた。



あたしは驚き、微かに頷くと、緊張しながら闇の神に近づいた。



闇の神は胸を押さえ、膝をつき、肩で息をしていた。



身体からはしゅうしゅうと音を立てて煙が上がっている。



あたしは背けたくなる気持ちを抑え、苦しみに耐えている彼を見下ろす。



闇の神があたしに気づき、キッとこちらを鋭く睨みつけてきた。



ぐっと息を呑み、震えながら両手の中指と薬指を立てて合わせると、ゆっくり目を閉じ口を開いた。



「我に宿りし光の神、天照よ。う、内に眠る力を今解き放ち、かの者…闇の神月詠を、その身から薙ぎ祓い、未来永劫封じ給え!」



晴明から教えてもらった台詞を叫ぶと同時に、右手の中指と薬指に光が宿り、その光輝く指先を使って五芒星の形を空中に描き描いた。



その描いた五芒星は徐々に巨大化して、動きを封じられている闇の神を縛り付けた。



苦しみに耐えていた闇の神がフッと意識を失って、ドッと床に倒れこむ。



その途端に満影さんの体から幽体化した闇の神自身が現れた。



実体のない彼が憎悪を篭った目であたしを睨みつけ、掌をかざした。その次の瞬間、衝撃波のようなモノがあたしを襲った。



「きゃあああああーーー!!」



突然の事で受け身を取る暇もなく宙に投げ出されたあたし。



「山本桃子っ!!」



晴明の名を呼ぶ声と「ピュー!」と指笛を吹く音がした。



「あああああーーー!」



そのまま悲鳴が口から止まることなく後ろに数メートル先まで吹き飛ぶその途中、誰かが空中であたしを抱きとめてくれた。


「うっ…!ゴホッゴホッ!」



だが、その反動で息が止まり、大きく咳き込んだ。



「あ、ありがと…」



御礼を述べながら見上げると、そこには晴明の式神である大柄な男性がいて、あたしは表情を強張らせた。



ゴツくて目つきが悪く、こちらを見下ろす冷たい目に怖さを感じた。



「大丈夫ですか?」



しかし、続けて口から出てきた腰に響く重低音に、ぽかんとした。



見た目がゴツくて怖いなぁ、という印象だったのだが、声が、声がまさかこんなに魅力的だったとは、一瞬にして印象が変わるほどの衝撃を受けた。



「大丈夫か!?」



そこに、駆けつけてくれた晴明の声にハッと我に返った。



助けてくれた大柄な男から晴明の方を振り向き、「大丈夫だ」と頷くと、チラッとその背後の闇の神に視線を向けた。



「それより晴明…あの神、封印できないんだけど?」



式神に支えてもらいながら、少し怒った口調で尋ねる。


すると晴明が呆れたようなため息をついて、こちらを鋭く睨んできた。



「あのな〜っ!それは貴様が、肝心の、自身の名を告げなかったからだろうが!天照の依代なら、その天照に己の事を教えなければ儀式は成立しないんだ!」



「ええっ!?だ、だってそんなこと言ってなかったじゃん!それにあの状況であんな長ったらしい台詞、覚えられないって!」



あたしが悪いのか?と驚き、反論すると、晴明が頭を抱えた。



「あれだけの台詞が、長いだと?あのなぁ…いいか?失敗すればするほど、奴に機会を与えているんだ。その分だけこちらが不利になる。だからな、今度はきちんと、自身の名を名乗ってから天照を呼べ!わかったかーー!!!」



と、最後には大声で怒鳴られた。




あの場ですぐに覚えられない!理不尽だ!と言い返したかったが、今は喧嘩している場合じゃないな、と思い悩み、小さな反抗心とばかりに舌打ちした。



「わ、わかったわよ!今度は失敗しません!」



あたしも命がかかっている。満影さんも、早く助けてまた話をしたかった。




あたしの返事に晴明は納得したのか、それ以上は言わずに、顎でくいっと「やれ」と言われた。



あたしは「はいはい」と返事をして、闇の神の方に向き直り、距離を縮めた。



仕切り直したあたしは、さっきやったように両手の中指と薬指を立てると、自分の名を名乗ることを忘れずに天照に力を貸してもらうことにした。



「その身に宿りし光の神、天照よ!我の名は山本桃子!その内に眠る力を今解き放ち、かの者、闇の神月詠をその身から薙ぎ祓い、未来永劫封じ給え!」



今度は、完璧に、言えた!



口元に笑みを浮かべると、突如身体が熱を持ちそれが身体の隅々まで駆け巡ると、心臓を鷲掴みされたように胸が苦しくなった。



ぐっ、と胸を押さえその場で蹲ると、熱が身体を突き破って外に放出された。



刹那、眩い光が自分を襲い、目を庇うように少し閉じかけた先に、フッと何かが動くような気配がした。














彼はふん、と鼻を鳴らし、「まずまずだな」





















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