第七章 封印の代償

第七章-壱

目を開けると、視界に獣耳をつけた晴明らしき顔があった。



一瞬驚き、すぐにその人によって何故か目を隠された。



「え?せ、晴明なの?」



誰だろうかと尋ねると、



「ああ、少し…待て」



彼が微かに震えた声で返事をした。



まるで泣いているようなか細い声に、ドキッとする。



(えっ?待って。今の…一瞬獣耳なんか生えて姿は変わっていたけど、やっぱり晴明だったんだ。それに泣きそうな顔していたけど…見間違いじゃなかったってこと?)



はてなマークばかりが頭に浮かぶ。



目を開けた時、晴明は一瞬泣きそうな顔をしていた。



自分が眠っている間に何かあったのだろうか?



いや、それよりも、チラッと彼の背後に見えた光景…。いつもの自分の部屋の模様ではなかった気がする。



ふとそう思った次の瞬間、ハッと思い出す。



(そうだ…!あたし、満影さんに会ったんだ!そんであたし彼に無理矢理閉じ込められて…!)



そこまで思い出し、慌てて晴明の腕を掴んだ。



「ねぇ、晴明。あたし、さっきまで閉じ込められていたんだけど、もしかしてあんたが助けてくれたの?」



そうならこの状況、辻褄が合う。というか、晴明があたしを心配してくれていたのだと思うと、なんか嬉しくなった。



手で目隠しをする彼がびくん!とした。




図星を突かれたのか、パッと手が退かれ、視界がクリアになる。



その先に妖狐姿の晴明がいて、彼は少し耳を赤くして澄ました顔をしている。



「晴明…本当に助けてくれたんだ」



感動した。



あの晴明が、あたしを助けてくれたなんて!



「ありがとう。本当に助かったの。その、妖狐の姿には驚いたけど、やむ終えない状況だったんでしょ?その姿になってまで助けてくれて…あのまま闇に閉じ込められているんじゃないかって思ったら気が気じゃなかった」



本当に怖かった。



満影さんは本気であたしを使って、闇の神を復活させるつもりだった。



闇に閉じ込められた時を思い出し、身体を抱きしめぶるっと震えた。



「山本桃子…実はそのことで話がある」



晴明の言葉にハッとする。



顔を上げれば彼の真剣な表情とぶつかった。



「この姿の事は前に話した通りだが、それよりも奴のことなんだが、お前が闇に閉じ込められていた間に、儀式が成功し闇の神が奴に取り憑いた。今や奴は神の依代として神に身体を預けている」



「え…?」



闇の神と聞いて、顔が強張った。



まさか、もうすでにあたしの力を利用して復活させたのか?



「だが、今は私が護符を用意して奴の動きを封じた。前にお前の霊力から作った札でなんとか封じ込めることが出来たがそれも時間の問題だな。完全に封じ、祓うにはお前のあの力が必要だ」



「ちょ、ちょっと待ってよ。そんな簡単に言うけど、あたしにそんな大それた事は出来ないよ。それに満影さんは本当に闇の神に支配されたの?」



話を聞いた今でも、未だに彼の事が気になって仕方がない。



「完全ではないが、奴も自分で言っていた通り、神の依代に選ばれた事を喜んでいたからな。自らあの身体を差し出しているんだ。奴がこちらに未練がなければ一生目覚めないだろう」



「そんな…。じゃあ、神に身体をあげてずっとそのままなの??」



「分からない。それを踏まえて、お前の力で奴を救うんだ。お前は奴が大切なんだろ?」



一瞬言葉に詰まり、すぐには答えられなかった。



それは彼に利用されて闇に閉じ込められた事が原因だ。



トラウマになりそうな状況を味わせた彼を大切かと聞かれても、今はそうだと言えない。



上手く自分の気持ちを表現できず、あたしは戸惑いを隠せなかった。



「正直…あんなことされたらショックだよ…」



沈んだ気持ちでそう答えると、晴明が顔を曇らせた。



「それは…そうかもしれんな。私にはよくわからない感情だが、奴に裏切られたと知って、失望した感じか」


「まぁ…そうだね。もっと複雑だけど…でも、なんか珍しいね。晴明からそんなこと聞いてくるなんて…」



「そうか?」



晴明は自覚がないようだ。


訝しげに眉を顰め、首を傾げる。


「そうだよ!今までは他人に興味ないって態度だったもん!」



声を上げて伝えると、彼は顎に手を当て考える仕草をした。



「そうだな…貴様の言う通りかもしれん。今までは道長以外は特に興味を持たなかった。だが今は、貴様が奴にいいように利用されていると思うと、こう…モヤモヤして落ちつかん気持ちになる。今でも柄にもなく、胸の辺りが変なんだ」



「え…?あたしが利用されていると落ちつかないって…?それ、あたしが気になっているってこと?」




晴明の言葉に戸惑いながら聞き返すと、彼は微かに首を傾げた。



「そうなるのか、正直よくわからん。今まで女人に対し、感じたことなどなかったから…戸惑っている」



真っ直ぐにぶつけてきた晴明の純粋な気持ち。



これが異性に対する好意…なのかはわからないが、あの晴明が自分に興味を持ったことに驚いた。



「あ、そ、そうなんだ…!」



そう叫んで、何故かじわじわと恥ずかしさがこみ上げてきた。



こちらを見てくる晴明からパッと視線を逸らした。



「そ、それでさ、あの…そうだ!満影さんは?その肝心の人は今どこにいるの?」



話題を逸らそうと慌てて話を変える。



ちょっと不自然だったかな、と思いチラッと晴明を見れば、彼は特に気にした様子もなく口を開いた。



「ああ、奴なら隣の部屋にいる。もう時間がないな。やるなら、今すぐしてくれ。私も手伝う」



すぐに真剣な表情になった晴明が、急かすように告げた。



「ご、ごめん。そうだね」



途端、顔が引きつった。



少し浮かれた自分が恥ずかしい。



今は晴明の気持ちは後回しだ。



闇の神のことを真剣に考えないといけなかった。



「それで…?やるのかやらないのか、どっちなんだ?」



再度確認されて、あたしは迷っていた気持ちを振り払うように顔を引き締め、頷いた。



「やるよ、晴明。ここで逃げたら、きっと後悔する」



それに、満影さんからまだ帰り方を教わっていない。



家に帰れる希望があるのなら、きいておきたかった。



あたしの答えに、晴明は満足したように、笑った。



「覚悟は決めたようだ。なら、共に奴を…あの神を封印する」














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