はじめにこちらに向かった魑魅魍魎の群れは予定通り、待機していた陰陽師に退治されたようだ。


だが、その死骸となる山積みの場所に何故か満影さんが佇んでいた。



その周りには魑魅魍魎の群れを退治した陰陽師たちが、彼を囲むように地面に倒れていた。



あの短時間で、何があったのだろうか?



「うっ!」


無意識に門の中に入っていたあたしの真横から、倒れていた陰陽師の呻き声がした。



「あ…。だ、大丈夫ですか!?」



慌てて側に駆け寄ると、その人はゆっくりと体を起こして満影さんの方に顔を向けた。



よく見ると、助け起こしたその人は晴明の兄弟子、保憲さんだった。



「保憲さん!?な、なんであなたが?」




この場にいるのは知っていたが、まさか彼まで倒れているなんて…!



「…なんたる失態だ。奪われた…あの男に…。何故、こんな事が…」



信じられない様子で、顔をしかめて起き上がる。



あたしの声が聞こえていないのか、満影さんを鋭い目つきで睨みつけていた。



「あの…保憲さん!」




だから思わず声を上げて呼びかけると、びくっとした保憲さんがようやくこちらを振り向いた。



「なっ、お前は…!何故お前がここにいるんだ!?」



あたしがいることに驚き、すぐに険しい表情で肩を掴まれた。



「いっ…!あの、それはあたしの台詞…いや、そうじゃくって!一体何があったんですか?」



今は彼がここにいることじゃなく、満影さんがみんなに何をしたのかが重要だ。



慌てて言い直したあたしに、彼ははっとした。



「あ、そうだった!あの書物を奴から取り返さければ…!」



そこで彼はあたしから満影さんに向き直り、立ち上がろうとした。しかし、左足に力が入らず微かに舌打ちする。




「…くそっ!左に、力が入らん。まさかこんなに早く奴が現れるとは…」



悔しそうに呟き、左足を引きずる方で満影さんの方に歩き出す。



「ちょ…保憲さん!そんな怪我してるのに動いちゃダメ…!」



それを止めようと手を貸そうとしたら、手を叩かれ鋭く睨まれた。



「いい!私に触るな!あの男が手にしているモノ…あれを早く奪い返さないといけないんだ!」




頑固として話を聞かない彼に少し呆れたが、満影さんの方をよく見ると、たしかに彼の手元に本のようなものがあった。



「あれが奪われたモノですか?」




眉を寄せ訊ねると、彼は額に汗をかきながら厳しい表情で頷いた。



「あれは…あれは伝承が示された重要な書物だ。お前もそんな悠長にしてられない代物だぞ。あれが奪われたとなると、奴は禁術を使い、本当に闇が復活してしまう!」




「え…?あっ!じゃああれが晴明の言っていた書物なのっ!?」



驚いて声を上げ保憲さんを見ると、彼は軽く目を見張り、真剣な表情を浮かべた。



「晴明から聞いているなら話は早い…!あれがその禁術の書かれた書物だ。奴があれを読み終える前に、お前が今すぐ奪ってくるんだ!」



保憲さんに切羽詰まった様子で叫ばれ、強引に背中を押された。



あたしがやるのか?と一瞬思ったが、今ちゃんと動けそうなのは自分しかいないことに気づき、考える暇もなく満影さんの方に向かって走った。



どうするべきかは、彼と話をしてからだ。


なるべく倒れている陰陽師を視界に入れずに避けて通り、満影さんの前に躍り出る。



「満影さん!」



大きな声で彼を呼ぶと、書物を読んでいる彼がゆっくりと顔を上げた。



「…桃子か」



こちらを見つめる紅い目には全く生気を感じられない。式神の作られた人形と同じような、感情のない無表情であたしを見つめていた。



「やめて満影さん!こんなやり方はダメだよ。闇を復活させればこの世がどうなるか…わかっているでしょ?」



正直彼を止めるにはどうやればいいか分からないが、ただ自分が思ったことを精一杯伝えようと訴えてみた。



あたしの言葉なら多少聞いてくれるのではないかって、期待を込めて。




「…桃子…」



すると無表情だった満影さんの顔に微かな戸惑いが見えた。彼はゆっくりと手を下ろし書物を遠ざけた。



「満影さん」



わかってくれたのか、とその様子にホッとして、彼に一歩近づいた。



「桃子……やはり、力は必要だった」



その瞬間、彼が申し訳なさそうに小さく呟いたかと思うと、あたしの目の前に現れて素早く呪文を唱えた。




自分に術を仕掛けてくるなんて思わなかったあたしは油断していた。



気づくとあたしの身体は宙に浮いていて、いつの間にか背後に現れた黒い穴に吸い込まれていく。



「やっ…!うそ!?満影さん!」



こちらを見つめる彼に必死に手を伸ばし、救いを求めた。



しかし、彼はあたしを助け出す素振りも見せずこちらをじっと見つめているだけ。



見放されたのだと絶望した瞬間、穴はすぐに閉じていき、周りは一瞬にして真っ暗な闇に包まれていった。



「やだ…満影さん。お願いだからここから出して…」




深い悲しみが一気に押し寄せてきた。



彼は初めからあたしのことなんて何とも思っていなかったんだ。ただ、自分の都合のいいように利用できる道具としか見ていない。



こんな暗闇に閉じ込めたのがこの証拠。




闇の中に独りっきりでいるよりも、彼に裏切られた事の方が、あたしにとって大きく堪え難いものだった。



「…ひどいよ…満影さん。まだあたしは、本当にあなたが…」



その後の言葉は声にはならず、暗い闇の中へと消えていった。








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