真紅の瞳と白銀色の髪。端整な顔は青白く、唇が赤く見える。



真っ白な衣装とシャランと鳴る錫杖を持つ姿はまるで修験者のようだ。



彼の目線はあたしではなく、何故かずっと晴明に向けている。



互いに睨むように見つめて暫くすると、同時に二人が動いた。



見えない速さで二人が橋の真ん中でお互いの持つ錫杖と扇子がぶつかり合う。



ブワッと生温かい空気が流れ、同時に二人の間に文字通り火花が散った。



「貴様…何故あの娘を狙う」



晴明が低く問いかける。



道満…満影さんが、微かに微笑んだ。



「『何故』とは、またおかしな質問だな。お前なら知っているはずだ」



彼は曖昧に返事をする。



背中を向けている晴明の表情は読み取れないが、微かに肩が上がったように見えた。



「お前こそあの娘に興味を抱いでいるようだな。俺の居ない間に、その見目麗しいかんばせであの子を懐柔したか?」



懐柔って!!



聞こえてきた言葉にギョッとすると、彼はくつくつと喉を鳴らし笑っていた。



茶化すように言っては反応を楽しんでいる様子。



ズキっと胸が痛む。



晴明とは何ともないのに…っ!



気でもあるように思われ、それを平気で茶化す彼の態度に悲しくなった。



「貴様は本当に悪趣味な…」



晴明が吐き捨てるようにつぶやいて、彼から距離を取る。



そしてあたしの方に振り向き、こちらの様子を見た。



満影さんがふっと皮肉に笑う。



「そんなに気になるのか…?それが何よりの証拠だろ。言葉と行動が一致しない」



そう言ってどこか蔑むように晴明を睨んだ。



『止めてよ!』と、今すぐ叫びたかった。



彼には誤解されたくない。



だけど、その冷たい視線が、まるであたしにも向けられているようで何も言えなくなる。



嫌われるのが怖くて、ただ悲しさが募り胸が痛む。



「もういい黙れ!そんな話はどうでもいい!私が知りたいのは、貴様が現れた理由だ。この娘をこの世に連れて来て…何をしようとしているんだ?」



肝心の話題から逸れた話にうんざりしたのか、晴明が核心を突く質問をした。



そんな単刀直入に言う彼に少し驚いたが、同時に話が逸らされ、ホッとする。




これ以上、満影さんの言葉を聞いていたくなかった。平気でそんなことを話す彼を見ていたなくない。



満影さんは僅かに眉をひそめた。



「なんだ…つまらん。張り合いのない。そんな話こそどうでもいいな」



そう言って、興味が失せたように嘆息する。



晴明が「なに!?」と声を張り上げると、満影がいきなりあたしに視線を向けた。



ドキッ!として顔が強張る。



満影さんはにっこりと優しげに笑った。


「桃子。久しぶりだな。お前には約束通り、話してやろう」



「え…?それは夢で、言っていたこと?」



本当に彼があたしに見せた夢なのか確かめるために尋ねると、彼はゆっくりと頷いた。



「じゃあ、あなたが本当にあたしを…!」



そのあとは言葉に詰まり言えなかった。



すると満影さんは軽く眉を寄せ、ため息をつく。



「どうやら不満があったようだな。だが俺は少しでもお前にあの窮屈で逃げ場のない場所から自由にしたかった。長い間、闇に生きていた俺を一瞬で救ってくれたお礼として、新たな世を与えた」



「え?窮屈な場所…?一体何を…」



「あの愚かな粗忽者だ。お前と血の繋がりだけで縛り苦しませた男」



「え…っ?」



驚きに目を丸くしたあたしに彼はふっと小さく笑う。




彼が誰の所からあたしを逃したのか、それでようやくわかった。




「そんな…なんで?なんで勝手なことをするのっ!?あたしはそんなことは望んでいなかった」



異界を渡ってまで、父から逃げるなんて、離れるなんて思ったことはない。ただ父が改心してくれるのを望んでいた。そこから逃げるのは一時だけで、本気で逃げるなんて無理だと、初めから知っていたから。



あたしの言葉に満影さんは訝しげに眉を寄せた。



「勝手なこと…?なにを言う。これはお前が望んだことだ。俺に話しただろう。この世から逃げたいと。あの窮屈な場所から、父親に見つからない遠く離れた場所に行きたいと」



それを聞いて、ぐっと言葉を呑み込む。



確かに、彼に言った気がする。



あの父親から逃げたい、と。



だが、だからと言ってこんなやり方は許せなかった。



「い、言ったかもしれないけど…!だからって、普通こんな…こんな異世界に飛ばすなんて常識考えればおかしいことでしょ!?」



そう叫んで、ハッとする。彼はますます理解しがたい様子でこちらを見つめていたのだ。



ああ、そうか…。何故気づかなかった。



彼、満影さんは芦屋道満という人で、すでに亡くなった人。そんな人に、初めから人としての常識を求める方がおかしいのだ。



「なにをそんなに怒っているんだ?」



本当にあたしの気持ちがわからないようだ。



聞いてくる時点で、彼が人として欠けていることがわかった。



「ここに連れてきた、その動機はわかったわ。あなたなりにあたしを思ってやった…そういうことね。でも、何故あなたはこの世に現れたの?晴明があなたは亡くなった人だって言ってた」



蘇りなんか信じちゃいないが、晴明は彼が道満だと言うし、本人も肯定したように話している。



すると、満影さんが考えるように顎に手を当て、あたしから晴明に視線を送った。



それにハッとして、あたしもいつのまにか横に立っていた晴明に視線を送った。




珍しく静かにしてるなと思ったら、何か考え事でもしていたのか、暗い表情で満影さんというより、どこか遠くを見ているようだ。



「その男から何を聞いたのか知らんが、そのことは本当だな。俺は一度死んでいる人間だ。だが、代わりに生き返る術を身につけて、再びこの世に現れた」



「生き返る術って、一体どうやって…?」




「蘇りの術…、アレを、使ったのだな」



すると静かだった晴明が、冷たい声で呟いた。



「え?」と驚くと、晴明は怒りに満ちた目を満影さんに向け、睨みつけていた。




それを冷たく見返して、満影さんはすぐにあたしに向き直り、にこりと笑う。



「アレが成功したのは、桃子のおかげだよ。あのハイカラな世界で俺は再び蘇った。桃子の持つ特殊なその霊力は死人にとって何よりもかけがいのないモノだったんだ」



「まさか、そんな…。あたしが、あなたが蘇えらせたの?でも、そんな事した覚えない…」



「ああ、覚えはないだろうな。偶然が重なって、俺の何かがお前と繋がり、再び生を受けた」



即座に返してきた言葉に、息を呑んだ。



繋がって…?一体、あたしと満影さんの何が繋がったの?



「桃子、俺はな…一度この命を落としてわかったことがある。生き返ることが出来たなら、今度こそその命を自分のために、大事にしていきたいと思った。ただそのためにはやはり、生き返ることができた原因のお前も必要なんだ」



命を…?



満影さんは一体、なんの話をしているの?



「闇に愛されし、光の巫女か…」



横で晴明がボソッと呟く。



その言葉に、あたしはハッとした。



「闇の…って、まさか、あの伝承?」



声を震わせ、誰にともなく問いかけと、晴明が一瞬酷く冷たい表情を見せて、微かに笑った。



「馬鹿馬鹿しいが、この男の戯言を聞けばクロだな」



ガツン、と頭を重たい鈍器で殴られたような、大きな衝撃を受けた。



「そんな…。じゃあ、あの伝承の巫女は、やっぱりあたしなの?」



「伝承の、巫女…?」



刹那、満影さんから鋭い殺気が流れた。



「晴明…貴様、この娘に何を言った?」



そう告げるなり、彼の体から靄のような黒いものが流れ出て、それが無数の異形のモノへと変わった。



ギョッとして、思わずたじろぐ。



満影さんの周りに闇の中から生まれ出たのは、妖に近い類のものだった。



数十匹となる群れが、彼の前に出ると、その横の晴明が舌を鳴らし印を結んだ。



「巫女だの、闇だの…あのくだらない俗話は、偽りの事!誰も、あのときの真実は知らない…!」



急に殺気立ち、妖を生み出した彼に恐怖を感じていると、晴明が素早く術を放った。



しかし、術は満影さんに届くことなく彼の前の妖達に当たり、消えていく。



彼はそのモノ達に守られていた。



「チッ…邪魔だな」



晴明が舌打ちする。



そこに満影さんが呪文を唱えて、妖達は一斉に晴明に襲いかかった。



「きゃああああ!!」



後ろに控えたあたしは、思わず悲鳴を上げた。




あんな数で来られたら、マジで怖い!



その悲鳴にハッと我に返ったのか満影さんが顔をしかめ、軽く指を鳴らす。



途端、あたしの体がふわりと浮いた。



悲鳴を上げる間もなく、あたしは橋の縁に移動していた。



「え?な、何が起きて!」



驚くあたしの前で晴明が襲いかかってきた妖達を退治する。



しかし数が多すぎて、鋭い角を生えた猪みたいな妖と、猿のような妖が彼の背後から襲いかかる。



「晴明!」



咄嗟にあたしが呼びかけたのだが、晴明の反応が遅れて、彼が後ろを振り返ると同時に猪のような妖が鋭い角で晴明の脇腹を突き、猿のような妖は左腕に噛みついた。



「ぐぁっ!?」



「きゃああっ!」



晴明が苦痛な声を上げ、あたしは顔を覆う。



こんなの嫌だ…見たくない…!



目の前の光景から背けるように、心の中で叫んだ。



「うぐぁっ、くっ…うぐ!」



晴明の苦痛な叫びは止まらず、血の気が引く。



まさか、このまま…。



一瞬嫌な想像をしてブンブン頭を振り、覆った両手を広げて恐る恐る指の間からどうなったのか見つめた。



二匹の妖はすでに晴明から離れ、床に倒れ込んでいた。



もう二匹の新たな妖が、晴明の周りをうろついている。



晴明は片膝をついて血を流し、肩で息をしていた。



どうやら一命は取り留めたらしい。しかし、未だ妖たちは晴明を狙っており、彼はもっと酷い目にあうかもしれなかった。



あたしは震える足を動かして、満影さんに向き直った。



彼は襲われる晴明を暗く冷たい目で見据えながらも、微かに口端を吊り上げていた。



嘲笑っている。



そう思った瞬間、あたしは駆け出していた。



「駄目…っ!これ以上、満影さん…やめて!」



突然叫びながら近づいてくるあたしに驚いた様子で彼がこちらを見る。途端、満影さんの表情が変わった。



「来るなっ!桃子!」



どこか切羽詰まったような表情で、悲鳴に似た叫び声が響く。



視界の端で晴明を襲おうとしていた妖がこちらに向かってきているのが見えた。



ヤバっ!?



そう思った瞬間、ドン!と激しい衝撃と激痛が襲う。



悲鳴を発する事もなく、目を見開いたまま身体が宙に浮かびゆっくりと橋から投げ出された。



まるでスローモーションのように、下へと落下する中で、暗闇を照らしている不気味な紅い満月が視界いっぱいに広がった。



「桃子ぉっ!」



ああ…コレが、そうなのか…。



満影さんの呼び声に、橋の取手から身を乗り出す晴明。



橋から落下するあたしは手を差し伸べて、流れた涙でぼやけた視界に白い何かを見た。



「桃子ーーー!!」



大きな叫ぶ声と暖かく握る誰かの手を最後に、ふっと目の前が真っ暗になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る