闇に浮かぶ満月が赤く染まっている。



時刻は丑の刻。



静まり返った都に点々と明かりが灯り、南門からゆっくりと数多の魑魅魍魎が前進する。



厳重にしていた結界は破れ、押し寄せる奴等の先頭にいるのはあたしだけ。



長袖Tシャツとジーパン姿。ここに来た時の格好。時代錯誤であるが、現代人のあたしにしてみたら他のみんながまさにそれ。



手元にある松明は、暗い足元を照らしてくれる唯一の光だ。



あたしは肌寒さに身体をさすり、長屋の屋根を伝って歩く晴明の姿を探す。



右横にちゃんと彼の姿が見えた。ホッとしながら前へ前へと進んだ。



道を真っ直ぐに行くと大内裏の前の朱雀門が見えた。すでに大内裏の中にいる帝や臣下は別の場所で待機している。



あたしは朱雀通りから右に曲がると堀川小路に向けて歩く。魑魅魍魎はあたしの後を追わずそのまま真っ直ぐに進んだ。しかし、数匹の妖があたしを狙ってその後をついていた。



数多の魑魅魍魎は大内裏に隠れていた沢山の陰陽師たちの結界に捕まり、徐々に数を減らし倒れて行く。



あたしは後ろを見ることなく、そのまま堀川に行き、いつのまにか屋根から地面に降りた晴明が横に並んだ。



「いいか、まだ後ろに他の妖怪がお前を狙っている。このまま橋に誘導するんだ」



「わ、わかった…」



緊張した面持ちで頷き、左を曲がって、堀川に沿って上がっていった。



よく見ると、見たことのある景色に、あたしは眉を寄せた。



「あの場所っていうか橋…なんか見たことがある」



ボソリと呟くと、晴明が呆れたようにため息をついた。



「忘れたのか?あの橋はお前と初めて会った場所だ」



晴明の言葉に、弾かれたように彼の方を振り向く。


「え…?だから、あの橋で、彼が現れるの?」




「そうだ。その前に、雑魚どもを排除する。白夜、千夜、魅夜。後は任せたぞ」




晴明がそう告げると、後ろに三人の人影が現れた。



美少年と美少女に、大柄な男性。



彼等は音もなく晴明に従い、追いかけてきた妖に向かっていく。




それをあたしは思わず振り向こうとして、晴明に止められた。



「振り向くな!振り向いたら終わりだ。あの橋に誘導するまで決して振り返るな!」



初めに言われた言葉を思い出す。



妖たちの誘導をする際、決して後ろを振り返ってはならない。



振り返った瞬間、あたしにかかった術が解かれ、あたしはアイツらに襲われる。



今は、術のおかげで姿が見えないようになっているが、中でも強い妖力のある妖はあたしの力に惹かれて自分でもわからないままあたしの後を追っているらしい。



危なかったな、とドキドキする心臓を抑え、晴明にチラッと視線を向けた。



「ごめん、晴明…様。それで、このまま橋を渡っていけば、その後に現れるんだよね?」



「恐らく、渡りきる前に向こう側から現れるはずだ。あの橋は、あの世とこの世の境だと言われている。お前が現れた時と同じ、奴も突然そこに現れるはず」



「はずだって…大丈夫なわけ?現れなかったらあたし…」



晴明の言葉は確信がなく、あたしも彼を夢で見たのはいいが、会えるのかは自信がない。



沈んでいく気持ちに、晴明が立ち止まる。



「着いたぞ。この橋がアイツとお前の繋がりだ」



ハッとして伏せていた顔を上げた。



目の前に、あの時見た橋がある。



橋の向こう側は暗くてよく見えない。とても嫌な空気が流れている。


「さぁ、山本桃子…手を」



晴明があたしに手を差し出す。



息を呑み頷くと、作戦通りに彼の手を握って、ゆっくりと前へ歩き出した。



徐々に奥に進むと、息苦しさを感じた。



赤く染まって照らす満月が、より一層近くに見えた。



そのまま半分まで歩いた瞬間、ぞくりと全身が総毛立った。



闇で見えない向こう側。



シャラン、と音がした。



ビクッと脅え思わず立ち止まると、晴明が「大丈夫だ」とあたしの背を優しく撫でた。



その人の温もりにホッとして、震えていた体もおさまった。



「どうだ…?あの闇の中に…見えるか?」



晴明が問いかける。



あたしは目をこしらえ、微かに闇の中から錫杖のようなモノが見えた。



錫杖から人の腕、白い衣を着て、顔にはお面を被っている。



「現れた…!」



ギュッと晴明の手を握り締める。



晴明が険しい顔をして呪文を唱えた。



橋の向こうの闇の中からゆっくり現れた人物に、晴明の札が飛んでいく。



だが、その人物の手前で、札がバチン!と爆ぜた。



相手の見えない結界か。



晴明が舌打ちして、あたしの手を離して不動明王を唱えた。



「無駄だ」




冷たい声がして、バチン!と爆ぜて相手に届かない。



「晴明様…どうするの?」




あれじゃあ彼を弱らせることも出来ない。向こうが何故あたしに近づいてきたか、その動機も分からない今、不安な気持ちでいっぱいだ。




「作戦通りいく。このままお前が、あの者が本当に奴なのか確かめるんだ」



「ええっ?で、でももし襲ってきたらあたし太刀打ち出来ないんだけど!」



なんて頼りない相棒だ。



驚くあたしに晴明は面倒臭そうに顔をしかめた。



「耳元で喚くな。殺されはしないから安心しろ。いざという時はちゃんと助ける…ほら、行け!」




そう言って、奴はあたしの背中をドーンと押した。



「ちょっ、晴明!!」



後ろを振り返り、怒鳴る。



刹那、ひやりと冷たい冷気が向こうから流れてきた。



ビクッとして振り向くと、錫杖を持った人物が橋の真ん中まで近づき、ゆっくりとお面を外した。



そこに現れた顔に愕然とする。


気持ちが沈み、心が冷えていく。


ああ、やっぱり…彼だったのだ。あたしをこの世界に連れてきた犯人は。



できれば彼じゃなければ良かった…そう心の中でずっと思っていた。



「相変わらず、鼻持ちならない奴だ」



吐き捨てるように彼が言った。



夢で聞いた同じ台詞。 そう言うのはやはり、満影さんだという証拠。



「そういう貴様こそ、しぶとく生きていたとはな…道満」



晴明が冷たく言い返す。



橋の向こう側から現れたのは予想通りの人物。



式神一夜にそっくりの顔をして一夜ではない芦屋道満、その人だった。





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