晴明の言う通りだろう。



あたしには知る必要があったことだ。



帰りたいと思っていたのだから…。だけど、いざとなると事が大き過ぎて、それに自分が原因の一部だと分かると、ショックが大きい。



「道長さん、あたしなら大丈夫です。その、心配してくれてありがとう」



大丈夫といいながら顔が強張っていた。なるべく笑顔で、と思い、無理矢理に笑みを浮かべて彼に感謝する。



「桃子殿…。ううん、私の方こそ今までごめんね。全て知っていたのに、君に話さなかった。口止めがあったからって、全て知らないふりをしていた。本当にごめんね」



悲しそうに顔を歪ませた道長さんが、謝ってきた。



あたしにはそれだけで十分だ。



「いいえ。あたしこそ、今までありがとうございます」



あなたの存在は、あたしのオアシスだった。



笑顔を向けられれば、それだけで気持ちが暖かくなり、自分の居場所はまだあるのだと安心できた。



「そんな…。僕は何も、何もしていないよ」


「いいえっ!本当に、本当にあたしを拾ってくれて感謝しています」



きっとあの場に彼がいなければ、晴明の屋敷に住めなかっただろう。彼の配慮があったからこそ、ここに居れたんだ。



「…そろそろ話を戻したいが、いいか?」



感傷的になってあたしが道長さんに今までのお礼を述べた瞬間、晴明がどこかうんざりしたように口を開いた。


ハッとして慌ててそちらを振り向けば、腕を組んだ彼があたしたちを冷たく見つめている。



うっ…いかんな。大事な話の途中だったのに、また晴明が話の腰を折ったと、不機嫌になる。



「ご、ごめん。話が逸れてしまった。晴明にも悪かったよ。君の言う通りだった。桃子殿には全てを話さないといけなかった」



帝に口止めされていた話を言っているのだろう。



だが、こうして晴明が話してしまったことに、道長さんははじめ批判した。一番偉い人からの口止めには道長さんでも逆らえなかったらしい。



だが、すぐに何か思うことがあったみたいで、気持ちを切り替えてこうして話した。



「なんだ、さっきと言うことが違うじゃないか」



晴明が少し驚いたように目を見張った。




道長さんは申し訳なさそうに、一瞬あたしを見てから晴明に向き直った。



「うん…ごめん。帝の忠誠心に、背けなかった。だけど、彼女と話してわかったんだ。僕等は…帝も、あの伝承に囚われ過ぎていたんだ」



道長さんが、どこか吹っ切れた様子でそう言った。



晴明は軽く息を吐き、苦笑した。



「ああ、そうだ。悲劇にはならない。あの男が伝承通りの『闇』ならばこの都を、娘を救う手立てはある」



「…そう、だね…。しかし晴明。本当に死者が、彼が蘇るのかな?あの式神は行方知らずだろう?あの中に、まだ彼がいるのかな」



「そのことなら、この山本桃子の話で確認できただろ。夢に、奴がわざわざ出てきたんだ。一夜に成り代わり、未だ彷徨っている」



二人の話にあたしは意味がわからず聞いていた。



伝承の内容をまだ知らないため、何のことを話しているかわからない。



「あの…話の腰を折るようで悪いけどさ。二人とも、あたしにもその伝承のことを話してくれないかな?」



そうしないといつまで経っても、二人の話についていけない。



そう尋ねると、道長さんはしまった、という顔をして、晴明は面倒くさそうにため息をついた。



「そうだった。彼女に話すと言って、すっかり二人だけで話してしまった。晴明、彼女には前にあの作戦を話しているのだろう?もう一度、伝承の事もふまえて詳しく話した方がいいよね」



「ああ、失敗しては全て終わりだ。山本桃子、貴様が知らない伝承のことを私が話そう」



道長さんと頷きあった晴明があたしを振り返り、真剣な表情で言った。



生唾を飲み込み、緊張しながら頷くと、晴明が語ってくれた。



古くから都に伝わる『光の巫女』と呼ばれる女人の伝承。



内容はこうだった。



古き都に、魑魅魍魎の跋扈する時代。



ある満月の夜に異界から光の巫女が現れ、数ある物の怪や悪霊と、悪きモノから民を救った。


彼女は闇を薙ぎ払う浄化の力と不老の秘薬を宿した身体で、全てを無に返すことができる唯一の癒しだった。



救われた都は、彼女の存在で再び安泰の世をもたらした。しかし、この世に巣食う異形の闇が、光の巫女である彼女に恋焦がれてしまい、彼女を独占しようと全てを奪ってしまう。



力を奪われ弱体した彼女は都を守っていた力を失い、都は再び魑魅魍魎の世へと舞い戻り、災いが降りかかる。



それを救うために、光の巫女は自らの命を犠牲にして、この都の世を救ったという。




悲しき悲恋話として、幼き帝は母親から子守唄として聞いたようだ。



その伝承にはまだ続きがあるようだが、それは帝が住まう城のどこかに、書として記憶されて厳重に保管されているようだ。



「その巫女を救おうとする者もいたようだが、無駄だった。彼女はすでに息を引き取り、この都のどこかに埋葬されたと記憶されている」



「なに、それ…嫌だな。悲しい話じゃん。巫女は結局死ぬまでこの都から離れられなかったんだ」



暗く悲しい話だ。伝承ならもっといい話だとばかり…。



「おい、人ごとのように言うが、貴様…わかっているのか?」



少し目を見開いてすぐに訝しげに、晴明が尋ねる。



「え…?わかっているって、何が?」



「やはり、気づいてないのか。全くどこまでもめでたい…。いいか、よく聞け。貴様はこの都に、別の世から連れて来られた人物だ。伝承の話が誠なら、貴様は永遠に帰ることはできない。故に、その命を奪われるかもしれない」



「そ、そんな…!」



愕然とするあたしに晴明はため息をついて、道長さんは悲しそうに目を伏せた。



その伝承通り、満影さんが闇の者なら、あたしはその命を落とすことになるわけだ。



残酷な運命に、暫く言葉を無くす。



「まだ決まった訳じゃない。今夜まで時間はある。どうにかしてお前を帰せれるように、あの作戦通り、奴を再び封印する」



それが晴明の出した提案。



上手く彼を誘き寄せ、封印すれば、あたしの命も助かるだろう。




「あまり色んな話をしても混乱する。夜まで休んでおけ。道長…」



晴明が気を遣ったのか、道長さんを呼んで、彼と一緒に立ち上がる。



道長さんは後ろ髪を引かれる思いであたしを振り返りながらも、晴明と一緒に部屋を出て行った。



何も言えず、聞くこともできず、あたしはただ、その場で暫く呆然とした。

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