弐
「それで…?一体何を知っているんだ?」
気を取り直した晴明が、再びあたしに問う。
「あ〜…その、なんと答えればいいのか…。あのときの一夜なんだけど、あれは晴明様が話したように、式神の一夜じゃなかった。気づいたのは、彼の顔を見ていたらで、あたしの知り合いにソックリなのを思い出したの」
あたしは顔を引きつらせ、答えた。
「知り合い…?それはまさか、あの道満と知り合いだったのか!?」
驚いた彼の言葉にギョッとして、「違う違う!」と首を振る。
「道満って人じゃなくて…!ええっと、まぁ、最終的にはそうらしいけど。知り合いの、満影って名前の人がいて、その人に一夜がそっくりだったの!それを何故かあのとき急に思い出したわけ!」
ああああ…っ、自分で言っていて訳が分からなくなる!
案の定、晴明も訳が分からないと言った様子で眉をひそめており、道長さんなんて、意味がわからずぽかんとしていた。
「つまり、どういう意味だ?」
聞き直されて、あたしは恥ずかしくなるのを感じながら口を開いた。
「だ、だから…!あのときの一夜は、あたしの知り合いの満影さんって人だったの!あたしは初めから知っていたのに、何故か気づかなかったっていう話!」
「それは…、記憶を…改ざんされた…?」
改ざん??
呆然とした様子でボソリと呟いた晴明に、首を傾げる。
「なにか…分かるの?その、あたしが記憶をなくしていたのは、何か術でもされて…」
「いや…多分、人の…貴様の記憶を根こそぎ変えてしまったんだ。呪術の中でもあるにはあるが…。それより似ている奴と知り合いだったと言ったな。それは、貴様がいた世の事か?」
あたしがいた世…つまり、あたしのいた現代か。
「あ、うん!そうだけど…なんか、あるの?」
晴明が難しい顔をして尋ねたその質問に、不安を感じて聞き返すと、彼は険しい目を向け
、頷いた。
「そうだ。だがそれよりも他には?知り合いの、その満影という奴と話をしていただろ?何か、聞いていないのか?」
「あ…、そうだった。そのことなんだけど、さっきあたしの夢に出てきたの」
そうだった!それを先に言わなくちゃいけなかった。
肝心のことを言ってなかった事に、晴明がぴくっと眉を上げる。
「なんだと?それを先に言え!夢に、そいつはなんて言ったんだ!?」
凄い剣幕に首をすくめる。
「今宵…、全部話すって!!彼は自分は、道満と認めてはなかったけど、そんなような事を言ってたの!だから、満影さんは本当は芦屋道満って名前で、それを晴明、あんたに聞こうと思ってて…!」
そう怒鳴るな、とビクビクしながら答える。
一瞬息を呑み、晴明はあたしの様子に気づき、ため息をついた。
「…それで?今宵…今日の夜のことはわかった。だが、その夜は長い。いつ頃にどの場所でとは言ってなかったのか?」
あ…。何も聞いてないや。
ハッとしたように目を見開くと、晴明が頭を抱えた。
「肝心の刻を聞いてないのか…。はぁ…だが、わかったことはある。お前は初めから奴との縁があった。この世に連れて来られたのはそういうことだ。道満に目をつけられ、その高い霊力を奪うため、いいように利用してこの世に連れてきた」
「ちょ…いいように利用って…!彼は違うわ!あたしに酷いことはしないはずよ!」
晴明は知らないんだよ。
満影さんは…そんな、誰かを利用しようとするような人じゃない。
確かに、ここで何故か正体を見せたのは、何かあるのかと怪しいと考えちゃうけどさ。でも、彼があたしに酷い事をするつもりなら、現代でやっていたはず。それにさ、利用するというのはなら晴明だって隠していたじゃないか…!
「何をそんなにムキになる?」
「ムキになんかなって…!いや、ただ、事実を言ってるだけ。何かをするなら、あたしの世界でいたときにしていたはずでしょ?」
それを言うと晴明は押し黙ってしまう。
ほら…!晴明だって少なからずそう思ったはず。
「何か理由があるはずなの。それがなんなのか分からない以上、勝手な憶測で話していても意味がない」
「…それは貴様に言われずともわかっている。だがな…山本桃子。その満影という貴様の知り合いが芦屋道満本人なら、奴はすでに死んでいる亡霊だ。死者が現世にとどまるのは現世に未練があるからであり、貴様の世にも現れたというのはそれはその未練をやり遂げるために必要だった証拠だ」
満影さんが、亡霊…。
芦屋道満が彼の正体なら、生きていないことになる。
それに夢で言っていたあの言い方、多分自分が芦屋道満だと言おうとしていたのだろう。
あたしが先に当ててしまったから、彼は誰に聞いたのかそれを問いただそうとしたのだ。
「貴様こそなにか、心当たりであるようだな…」
呆れたように、晴明がつぶやいた。
それにムッとした。
「それを言うなら、あんたも人を利用する点では一緒でしょ」
だから、ボソッと言っちゃった。
ハッと口を閉ざしたがすでに遅し。
晴明がまた無表情に、冷たくこちらを見つめていた。
「何か知ってるの?」
答えたのは晴明ではなく、道長さんだった。
驚き、珍しく険しい表情をした彼がこちらを探るように見つめていた。
「い、今のは失言です…。彼に、満影さんに聞いたんです。晴明が『半妖』だって。だけどあたしは信じられない」
信じてはいないが、なぜかその言葉だけは…記憶に残った。
それを言うと道長さんが目を見張って、ハッとしたように晴明を見た。
「彼は、彼は紛れもなく君に対しても…」
道長さんが小さく呟くが、何を言っているのかわからなかった。
ただ、無表情の晴明が、どこか途方に暮れたように在らぬ場所を見つめていた。
道長さんが晴明に近づき、その肩を揺さぶる。
「晴明…!」
呼び起こすように声を上げると、晴明がハッとしたように現実に引き戻された。
「みち…っ。やはり、私も原因だったのだな」
ハッと自嘲気味に言葉を吐く。
どうしたんだ急に?
らしくない彼に驚くと、道長さんが辛そうな悲しそうな顔をして首を振った。
「違うよ晴明。誰のせいでもない。帝も仰られていた通り…伝承に導かれた。あれは、あの男が…闇だったんだ」
帝…?この世界の、偉い人かな?でも、伝承って何のことだろう??
「あの、道長さん。今の伝承がって、何のことですか?」
深刻な様子に躊躇いながらも聞き出すあたしに、道長さんが痛みに耐えるような顔をして口を開く。
「この都の…古き言い伝えだよ。今上陛下は僕達の前に君が現れたあのときから、密かに調べてくださったんだ」
陛下…?帝、平安の天皇だよね?その人が調べていたって、偉い人が関わっている話なの!?
驚きに目を見開いた。
「陛下も知ってるの?あたしが、平安の都に伝わる古い話に関与していると?」
「だから貴様のような身元不明者を匿ったんだ。その結果、あの男が世に禍を招いた」
今度は晴明が、冷たく吐き捨てた。
「あ、あたしが…?」
「都は昔から魑魅魍魎に溢れていたが、私や陰陽師となる同僚が、結界でこの都を守っていたんだ。しかし、それが貴様の出現により再び活発化になり、この都は地獄絵と化すことになる」
地獄絵…つまり、妖怪幽霊等が、この都に押し入り彼らのせいで人が襲われ、殺され、まさに地獄となる。
「何よ…それ…。あたしが、あたしが全ての原因なの?」
これこそなにかの冗談だろう。
信じられない気持ちでいっぱいになり、泣きそうになった。
「それは違うよ!晴明にも言ったけれど、これは君のせいでも誰のせいでもない!晴明…!彼女に責任などないのだと、帝からも口止めされていた話だろ!?」
「それはこの娘が知ろうとしない場合だろ。だがすでにこの娘は知ろうとしている。情報を与えて何が悪い」
「しかしこれは…!」
「道長…奴はもうこの世に現れた。なら、この娘はもう見て見ぬ振りなどしてはいけない」
知らなかったじゃ済まされない。それだけ、この出来事は大きい。
道長さんが言葉を詰まらせ、何も言えなくなった。
晴明は眉間にシワを寄せて、深いため息をついた。
「この娘は帰ることを望んでいた。どのみち最後にはわかってしまう話だ。混乱する前に教えていた方が残酷ではない」
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