☆☆☆☆☆☆☆





やると決まれば善は急げ。



あたしの返事の後、すぐに保憲さんと晴明の陰陽師コンビは女鬼の注意を引いた。



雷光さんは成り行きを見守ることで陰陽師コンビに着いている。



あたしと無口な人型は隣の部屋だ。



ギシギシと鳴る床は抜けたところがあり、壁は剥がれ、壊れている。



日が差してないため周りは暗く、埃まみれで汚い腐臭のする部屋だった。



「こんな…」



思わず顔をしかめ、鼻を抑える。



「本当にあるのかな…」



床が抜けないようにゆっくりと進むと、奥には寝室らしき部屋が見えた。



几帳や壁代、見えないように区切りされた向こうに畳が見える。



右の几帳の上に、色のハゲた単衣がかけてあった。



「あ、あれとか…どうかな?」



隣にいる人型に話しかけるが、答えはない。



さっきからずっと無口で、喋れないんじゃないかと不安になってきた。



「ええっと…藤原致忠さんだっけ?どう呼べばいいのか…その、一言でもいいから返事をしてほしいな」



あたしが困るので喋って欲しい。



思った事を言うと、彼はキョトンとした。



あたしの言葉の意味がわからないのかも!



「えっと、つまり…あたしとあなたは相棒になったわけで、会話は重要なの。なんでもいいので、気づいた事があったら話して欲しい」



説明を入れないと話せないかな?と思いつつ、致忠さんの人型を見つめた。



彼は軽く首を傾げてから、ふと何かに気を取られて顔を右に動かした。



「どうしたの…?」



気になってあたしもそちらに顔を向ける。



畳の横の台に硯箱が開いてある。その中には赤い櫛が入っていた。



赤く塗られた櫛は剥げて、少し欠けていた。



「もしかして…あの櫛に身に覚えがあるのかな?」



そう呟いて彼の顔を見ると、彼が微かに眉を下げて悲しそうな顔をした。



なんらかの影響は受けてる様子だ。



人型はそちらに近づいて赤い櫛を拾うと、何かを感じたようにハッと寝台の奥に顔を向けた。



畳から向こうの几帳を隔て、隣に続く部屋は暗くよく見えない。


ぼんやりと見えるのは服か敷き物なのか、床に無謀さに投げ捨ててある。



なんだろう…?



何故かこんもりと膨らんでいる。それは人の形にも似ていた。



「あれだ…見つけた、桔梗姫」



嫌な予感に胸がもやもやした時、人型がポツリと呟いた。



床に投げ捨てられたそれを指差す。



途端に息を呑み、顔を引きつらせた。



「桔梗…姫?それはあの女鬼…鹿乃さんのこと?まさか、あの下に彼女が…?」



確認するように小さな声で尋ねると、彼がこくりと頷いた。



嫌な予感は、的中した。



女鬼の旦那、藤原致忠さんの人型は迷うことなくそちらに向かい、服なのか敷き物なのか汚れたその布を勢いよく剥いだ。



瞬間、その下から人の白骨化が姿を見せて、あたしは大きく息を呑んだ。



「嘘…っ。まさか、ずっとここに残っていたなんて…。ああ、だから彼女はこの屋敷から出られないのか」



鬼になってまで棲み着くのは本人が言っていた心残りはもちろんのこと、鹿乃さん自身の遺体がそのままこの屋敷に置いてあるから。



鹿乃さんが自分の旦那の元に化けて出なかったのは、この屋敷から出られず、彼女が囚われていたから。



会えずにずっと一人でこの屋敷に居たのだ。



「あ、あたし…晴明呼んで来なきゃ。遺体を見つけたこと話さないと」



慌てて白骨化の彼女から背けるように後ろを振り返ると、部屋の御簾の前に俯いた彼女が立っていた。



「ひっ…!」



思わず悲鳴をあげ、後退る。



女鬼がゆっくりと顔を上げた。




ギョロギョロした目があたしと人型に向けられた。



『見ィィたァァなァァァ』



霊特有の、あの寒気のする低い声音で彼女が叫んだ。



まるで心霊体験のような状況に、凍りつき動けなくなる。



クワっと顎が外れるくらい大きく口を上げて、浮遊した彼女がスーーと床を滑るように近づいてくる。



目をそらす事も動くこともできず、恐怖に意識が遠のいた瞬間、ピュー!と指笛が鳴った。



その音にハッと目を醒ます。



こちらに近づいていた女鬼の霊の身体を貫き、あたしの目の前に一夜が立っていた。


「え…?一夜…?」



「山本桃子!その場所から離れろ!」



途端、緊迫した晴明の叫び声がして、一夜が驚くあたしの手首を掴み、横に駆け出した。




「えっ!えっ!?ちょっと何!?」



いきなり現れて走り出す彼に困惑する。



そのまま部屋の隅に連れて行かれ、ハッとして女鬼はどうしたのかと後ろを振り向く。



すると、隣の部屋から駆け出してきたのか、晴明と雷光さんが女鬼と向かい合って立っていた。



「せ、晴明!あなたに言わないといけないことが…!」



その姿を見て咄嗟に彼女を見つけたことを話そうとした。



「わかっている!だが、今は黙っていろ!」



間髪入れず、晴明が先に告げて、怒鳴った。



言いかけた言葉をぐっと呑み込み、怒鳴られたことにムッとした。



「なんであたしが怒鳴られなきゃいけないのよ…」



思わず愚痴をこぼすと、一夜が静かな目であたしを真っ直ぐに見つめた。



「あの鬼はあなたを狙っているのです。見つけてしまったあなたを警戒している。晴明様はあなたから注意を引こうとしています」



「え…?どうしてあたしが狙われるの?あの白骨化はあたしが見つけたんじゃなく、あの人型が…」



そこまで言いかけて、ふと人型の姿が消えていることに気がついた。



「あれっ?なんで、いないの?」



「アレなら私の手元だ」


刹那、背後から保憲さんの声がした。



「きゃ!?」



びっくりして小さく悲鳴を上げると、「うるさいよ」と睨まれた。



「どうやらあの女鬼の弱点を見つけた様だね。晴明たちが気を引いてる間に、私はあの白骨化の前で祈祷を始める」



祈祷…?



なんか聞いたことがある。神社とかで郡司さんやら巫女さんが神に祈るあれか?



「えっ?でも…それであの女鬼はちゃんと成仏してくれるの?」



素朴な疑問だった。



問いかけると、保憲さんが冷たい視線を向けた。



「成仏なんて生温い。あれは怨霊になったんだ。苦しめて罰を与え、消し去る事しかできんな」



「えっ!?つまりそれは、結局あたしが望んでいるやり方と違うよね!?」



「お前がどう望もうと、アレには罰が必要なんだよ」



「それじゃあ意味がないよ!せっかく、人型まで作って、彼女の大事なモノを見つけたのに…!」




叫ぶと同時に、あたしは晴明たちの方に振り返った。



彼等は女鬼と戦っていた。



自分が望んでいたのは、彼女を安らかに眠らせる事。後悔など捨てて苦しまずにあの世に送り届けたい。



保憲さんが驚いた様に「待て!」とあたしを止めようとする。



その制止する声を無視して、気づくとあたしは走り出していた。
































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