第四章 幽霊退治に潜む影
第四章−壱
夜の闇のような紺色の髪に、優しそうで綺麗な顔立ち。しかし、キリッとした眉は僅かに不機嫌に吊り上り、こちらを見つめる冬の湖のような青い目は冷たかった。
「保憲殿!一体、何故あなたが…?」
突然の登場に、驚いたように声を上げる雷光さん。
「頼光様、あなたこそどうしてここに?まさかまたそのような娘と…」
ジッと睨むような視線が怖い!!
しかし、今、雷光さんのことを『頼光様』と呼ばなかった?
「え?い、いやこの子は違うよ!晴明殿の知り合いの子だ!」
すると雷光さんがどこか慌てたように叫んだ。
「ーー!!晴明の…?ああ、そうか。なるほどね。この娘が道長殿の言っていた、例の娘か」
例の娘、と彼がこちらに視線を送る。
ドキ!として顔が強張った。
「顔も体も貧相だね。礼儀もなってないようだし…。まさかあの晴明が引き取るとは…。はぁ〜…全く、嘆かわしいね」
「なっ…!?」
顔も体も、ひ、貧相ですってぇ?
し、失礼だな!
晴明と恋人関係みたいだけど、性格もそっくりだな!!
「保憲殿!いきなり現れて彼女に対し失礼だ!」
すかさず雷光さんが庇ってくれる。
だけど、ごめん雷光さん…。庇われると余計
、惨めな気持ちになります。
「…そうでしたね。確かに、初対面で失礼でしたね」
謝ります、と雷光さんの言葉に突然素直な態度になり、頭を下げてきた。
…ムッ。なんか、拍子抜け。
「保憲様」
すると、そのとき。
彼の後ろにふっと、晴明の式神である一夜が現れた。
「話し合いはそのへんで、今は晴明様のことを優先して下さい」
現れた一夜に非難されて、保憲が露骨に顔をしかめた。
「うるさいねぇ。お前に言われなくてもわかってるよ。全く、ホント何から何まであの男にそっくりだ」
そう吐き捨てるように呟き、微かに舌打ちする。
「晴明殿の式神っ!?保憲殿、あなたがここに来たのはまさか…」
一夜の登場に雷光さんがハッとしたように何かに気づいた様子で呟く。
「その様子だと、あなたも晴明に呼ばれたのですか?ご覧の通り、この式が私の元に来まして、晴明が危ないと報せに来たのです」
雷光さんの続きの言葉を読み取り、保憲さんがそう答えた。
どうやら、晴明が何らかの方法で、この保憲のところに式を飛ばして連絡したらしい。
だけど、どうしてこの人が呼ばれるのか…?
「(あの、雷光さん。あの人…一体誰なんですか?)」
あたしは雷光さんに近寄り、コソッと彼に耳打ちした。
すると雷光さんは一瞬驚いたようにこちらを見て、
「え…?聞いていないのかい?彼は、晴明殿の兄弟子だよ。陰陽師だ」
「え…!?こ、この人が!?」
思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。
あの人、と保憲さんがあたしの言葉を聞いて、こちらを振り返った。
「なに?なにか、文句でもあるの?」
「〜〜っ!い、いえっ!別にありません!」
しまった、と思い、慌てて謝った。
「…はぁ…まぁ、いい。一夜、早く晴明のいる場所まで案内しなさい」
保憲さんは話は終えたとばかりに一夜に道案内を頼む。
そうだ。あたしたちもぼんやりしていられない。
晴明の危機だ。
早く、あの鬼と化した女の霊から救わないと。
「わかりました。ご案内します。しかしその前に、彼らもご一緒させてもらいます」
保憲さんの言葉に答えた一夜は、あたしたちを連れて行くと言いだした。
「なに…?何故二人を連れて行く。頼光様ならまだしもそこの娘は足手まといでしょ」
はっきり言うなこいつ。
確かに今のあたしはお荷物。言い返せないのが悔しい!
「いえ…桃子様はこの道なら誰よりも優れていらっしゃる。ただ、その方法を知らないだけです」
一夜があたしを庇うように、言い返してくれた。
驚いたが、今のフォロー、とても嬉しかった。
誰よりも優れているは大袈裟だけど、あたしだって、あの晴明の話が本当なら霊を浄霊できるはず!
「ほぅ…『誰よりも』か。ならその力、私に見せて見なさいな。どれほどのものか…私が、直々に評価してあげよう」
あら…?
今の一夜の言葉で、彼に火がついたみたい。
冷たい視線を向けて彼がにやっと笑った。
嫌な予感がした。
あんたのせいだ!
そう、一夜に鋭い視線を送るが彼は変わらず無表情で何を考えているのかわからなかった。
「保憲殿、私からもいいかな?」
そこに雷光さんが挙手をして、話に割り込んだ。
保憲は訝しげに彼を見つめ、「どうぞ?」と促す。
「保憲殿が晴明殿を助けるために来たのはわかった。そのことで私も彼女も、この屋敷にいる女人の霊を救いたいと思っているんだ。あなたにも除霊ではなく、浄霊をして欲しい」
「ちょっと待て欲しい。話がよく見えませんが…あなたたちは今の今まで晴明と一緒に、屋敷の中にいたんですか?」
雷光さんの話に混乱した様子の保憲が聞き返してきた。
雷光さんは首を傾げ、頷く。
「そうだ。私たちもこの霊を浄化するためにいたんだが、なかなかいい案がなくて…こうして一旦逃げ出してきた」
素直に告白する。
それを聞いて保憲が、「はぁー」と頭を抱え、大きなため息をついた。
「そうか…だから早急に私をここに呼んだのだな。晴明め。全く、私をこの二人の足に使う気だね
何がなんだか分からないけれど、保憲は疲れた様子でブツブツ呟きだす。
「保憲殿?」
雷光さんが彼を呼ぶと、彼はハッとしたように我に返り、雷光さんとあたしを見て、微かにため息をついた。
「いや、なんでもありません。早く行きましょう。晴明が待っている」
話が途中なのに、保憲は後ろを振り向き、屋敷に向かって歩き出した。
「え…?保憲殿!?」
雷光さんが慌てた様子で彼を止めようとした。
すると、保憲が屋敷に張った結界の前で立ち止まり、人差し指と中指を立てて呪文を唱えた。
ブワン!と音が反響し、保憲の前に亀裂が入ると丸い円型の抜け道が出来上がり、彼は迷わずその中へと入っていった。
「ちょっ、保憲殿!なんて無茶な…!」
雷光さんが青ざめた表情で保憲のいた所まで駆け寄り、その抜け道の前で眉を寄せた。
「桃子様、雷光様、あれは結界の中に入れるように、保憲様がその場だけ結界を解いてくれたのです。今のうちに、あの穴から屋敷に入ることができます」
一夜が驚き慌てふためくあたしたちに、説明してくれた。
「え…?そ、そうなの?でもあたしたちが入っても一体どうすれば…?あの人を救う手立てがないのに」
まだ何も、どうすればいいかわからない。
困り果てたあたしがボソリと弱音を吐くと、一夜が軽く目を見張り、少しだけ口元を緩めた。
「そのことなら心配ありません。保憲様に、あの女鬼の旦那様である藤原致忠様の人型を作って頂きました。桃子様はその人型を利用し、あの霊を浄化して下さい」
「ヒトガタ…?あの、専門用語が出てきたけど、なんのこと?」
「人型は私とは違う、物の怪や悪神から生まれるモノではなく、呪詛…人を呪う時によく依代として使われる紙や藁でできた人形のことです。今回はあの女鬼の最愛の旦那様、その者を作ってもらいました。あなたはその人型を利用し、女鬼を説得し浄化するのです」
「うーん…でも、説得って、あたしできるかな?晴明もそんなこと言っていたけど」
まだ自分に人を祓う力があるのかどうかわからない。晴明の話を信じてない訳じゃないけど、初めてだからあたしに務まるか正直不安なのだ。
人を説得するほど話し上手って訳じゃないからな。
「大丈夫です桃子様。あなたならできます」
そう信じている真っ直ぐな目を向けて、彼が即答した。
ぐっと心に沁みた。
その言葉だけで、あたしは勇気が湧いた。
「そう、だね…弱気になってたらダメだね。一夜、ありがとう。あたし…やってみるね」
表情を引き締め、ぐっと拳を握る。
あたしの決意に、一夜が眩しいモノを見るように目を細め、笑みを浮かべた。
あたしは嬉しくなって笑い返すと、穴の入り口で中の様子を見ている雷光さんに振り返る。
「雷光さん!一夜が、その結界から中に入って大丈夫だって!」
「え?本当かい?」
雷光さんがあたしの方を振り返って驚いたように聞き返した。
「うん!ね、一夜!」
そう言って確認するため、横にいる一夜の方を向いた。
だが、今までその場に立っていた一夜の姿がなかった。
「え!?あ、あれ?一夜が…」
どこに行った?あの式神、神出鬼没だからな。
今の今までいたのに…。
「一夜というのは、式神のことだよね。あの式神なら、すでに保憲殿と一緒に屋敷の奥に行ったみたいだよ。保憲殿を案内している様子だった」
「嘘!?今の今まで隣りにいたのに…!どうやって移動したのかな?」
驚きながらも雷光さんの横に立ち、結界の中を覗きこむ。
屋敷前の開いた門から玄関と真っ直ぐ続く廊下が見える。だけど、その廊下には誰の姿もないし、一夜がいたのかさえわからなかった。
「式神は自由自在に動けるらしいね。彼の話を信じて、入ってみよう。晴明殿が気がかりだ」
雷光さんの言葉に、ハッとした。
そうだ。今は晴明のことが優先だ。
「そうですね。あの保憲さんが晴明の兄弟子ならば解決できるかもしれません」
そうと決まれば急がねば!
雷光さんと一緒に結界の中に入っていった。
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