女鬼が話してくれたことから、彼女が霊となり鬼になってまで現世に留まる一番の理由…原因が、愛しい旦那さんが会いに来てくれない寂しさだった。



会えない悲しみが彼女を孤独に蝕み、死を与えた。



なら、彼女が亡くなったその原因となる旦那さんを彼女に会わせてやればどうなるだろう?




霊とかって、この世に未練があるからこの世に留まり、留まるのはその霊の思い出の場所や亡くなった場所だと、よく心霊番組で話していた。



彼女もそれに当てはまり、今あたしたちがいるこの廃墟の屋敷は、多分旦那さんが彼女に与えてくれた大事な場所なのだろう。



必死に考え抜いて出した案を、必死な思いで叫び晴明たちに訴えた。



晴明は無表情に、あたしを冷たく見つめて首を振った。



「それは無理な話だ。あの女の旦那はすでに亡くなった」



一瞬、何を言われたかわからなかった。



「死んでる?旦那さんが?」



小さくつぶやき、そこであたしはハッとした。



まさか、晴明は彼女の旦那さんを知っていたの?



「待ってくれ晴明殿!まさか、貴方は彼女の事を知っていたのか?」



今の晴明の話だと、旦那さんのことを調べたってことだよね。そうじゃなきゃ、亡くなったなんて知らないはず。



晴明はあたしから雷光さんに感情のない目を向け、頷いた。



「貴殿から依頼を受けて、すぐに女の素性を調べた。彼女の名は鹿乃と呼ばれ、右京大夫だった藤原致忠ふじわらのむねただ様の隠れ妻だ。今から十五年程前に亡くなっている」


「えっ!?致忠様…?」


雷光さんが驚愕した。


どうやら彼も藤原致忠を知っているようだ。


「あの、雷光さんはその人を知っているの?」


少し声のトーンを落とし遠慮がちに訊くと、雷光さんは顔色を変え、口元を押さえた。


「その…致忠様は、義兄弟の父親なんだ。確かに彼は二年ほど前に亡くなっている」



「え?義兄弟?そんな身近な人なの!?」



驚いて思わず声を上げると、彼は苦い表情をして頷いた。


「隠れて知らない女人と会っていたのか…。頼信は知っているのか?」


難しい表情で独り言のようになにやらブツブツと呟く。


晴明は雷光さんが顔色を変えたことに、微かに苦しそうに顔を歪め、嘆息した。



「この幽霊騒動で貴族が餌食になったのは雷光様が初めてです。あとは放浪者ばかりで、特に貴族が狙われたという話は聞かされていない。事が事だったので誰にも言わなかったのです。これが公に出れば、雷光さんはもちろん弟君や源家も両名家とも、混乱を招かねない」


要は女の幽霊の出現が、雷光さんの家族を巻きこんで、位の高い貴族である家の立場が危うくなる。このままでは幽霊騒動からお家騒動になってしまう。


心配になって雷光さんを見ると、彼は落ちついていた。真剣な表情で晴明に尋ねた。


「確かにこれは大事件だな。しかし晴明殿、この女人の霊が致忠様の愛人なら、それこそ私が解決しなければいけないのではないか。このままでは私がやるせない。なんとか彼女を成仏させたい」



貴族だからと保身に走らず、正義感のある彼に感心した。


その地位にプライドがある人、優越してる人とかだと、正義感よりも家の立場を考えてしまう。


雷光さんはそのタイプではなく、純粋に正義感が優っているようだ。


「…ねぇ、本当に会えないのかな」


あたしがボソリと呟いたら、晴明がこちらに視線を向け眉を寄せた。


「死人に会わせろと?」


「うっ…。そうなるけど、ほら晴明は陰陽師なんでしょ?陰陽師なら何とかなるじゃない?あの式神とかのように、人型を作るとか?」



あたしの提案に晴明が露骨に顔をしかめて舌を鳴らした。



「…まったく、どこでそんな情報を聞いたんだ。確かに私にかかれば人型を作ることなど動作ない。だが、私はそこまでするほどお人好しじゃない」



うわー、この人自分で言っちゃってるよ。



お人好しじゃないことくらいわかるよ。だけどこの状況でそれを言っちゃうか?



「でもさ、ここまで来たんだもん。ほら、当初の目的はあたしに術とかを教えるために来たんだよね。だからさぁ…」


可愛らしく上目遣いで晴明を見上げる。


すると彼は頬をひきつらせ視線を逸らし、大きなため息をついた。


「そんなふうに見つめても、私には効かんぞ。やりたくないものはやりたくない。そもそもこれを初めにやると決めたのは貴様だろ。自分で解決してみろ」


やはり上目遣いは効果がなく、逆に不機嫌にさせてしまったようだ。


呆れた、とあたしが声を上げた瞬間。


「晴明殿!後ろ!」


雷光さんの叫ぶ声がして、晴明がはっとしたように険しい表情をしてあたしに抱き着くと、思い切り横にダイブした。


「きゃ…!?」


危ない!!


咄嗟のことで受け身を取ることなく悲鳴をあげて、あたしは晴明と一緒に床へと倒れこんだ。



「いったぁ!!ちょっといきなりなにす…っ!?」


痛みに顔をしかめて悲鳴を上げ、晴明に文句をつけようと顔を上げた瞬間、真上を突風が駆け抜いていった。



「うひゃぁっ!な、な、なんなの一体…!」



驚いたあたしは悲鳴を上げながら顔に手を翳し、目に埃が入らないようにする。


これではなにが起きたのかわからない。


「いいから塞いでろ!あの女が攻撃してきたんだ!」



覆いかぶさるようにあたしの側にいる晴明が怒鳴る。



攻撃と聞いたあたしはぎょっとして、慌てて床にへばりついた。



すると突風が収まり、晴明が起き上がりそれに続いてあたしも身体を起こす。


恐る恐る突風が去っていった方向を見ると女鬼が先ほど立っていた場所に居て、晴明が放った式神と対峙していた。


「わ!うそっ!」



驚きと恐怖に顔が引きつり、後ろに下がって女鬼から距離をとった。


「人の前でコソコソとぉ…!何を企んでいる!」


女鬼が邪気を放ち、その毒々しさに吐きけがしてきた。


晴明が素早く呪文を唱え、あたしや雷光さんの周りに結界を張る。


「やはり危険だ!今すぐここから出るんだ!」



「え!?屋敷を出るって、彼女はどうするの!?」



いきなりなにを言い出すんだ!



浄霊どころか除霊も出来ずに、のこのこ引き下がるのか!


驚くあたしに、晴明が凄い剣幕で怒鳴った。



「馬鹿か貴様は!!このままでは全員が餌食だ!ここは一旦引いて作戦を立て直し、後日また来ればいい!」



晴明が起き上がるあたしを強引に立たせながら、雷光さんの方に向けて背中を押した。行き場をなくしたあたしは前のめりに傾き雷光さんの胸に倒れ込んだ。


「わ!?ちょっと!」



あたしが慌てて雷光さんから晴明の方に振り返ると、雷光さんがあたしの腕を掴んだ。



「ここは晴明殿の言う通りにしよう!これでは救うこともできなくなる」



「え!?でも…!」



「まだ私達には力も、彼女を助ける術を持ち合わせていない!もう一度、作戦を立てて今度こそ救うんだ!だから今は我慢して…!」



出口に引っ張っていこうとする雷光さんに抵抗すると、彼は苦しそうに吐き捨てて、あたしを強引に引っ張り出した。


その言葉に後ろ髪を引かれる思いで、雷光さんと母屋から出て廊下を走る。


少し離れた後、もう一度後ろを振り返ると、先ほどまでいた母屋の所から光が見え、式神が戦っているのか打撃音が響いた。



だが、そこから一向に晴明が追いかけてくる気配がない。



「雷光さん!晴明が来てないけど!」



必死に出口まで走る彼の背に向けて叫ぶ。



「晴明殿はきっと囮になってくれてるんだ!私達が屋敷から離れれば彼も来てくれるよ!」



だが雷光さんは振り向くことなく淡々と答えた。



彼は晴明が囮になることを知っていたのか?



「そんな…!晴明を囮に残して行くなんて…!」


驚きと不安にかけられ悲痛な思いで叫ぶが、雷光さんはあたしの言葉に何も答えず先を急いだ。


立ち止まることなく無言で走る彼を追いかけて、屋敷の廊下から出口となる玄関に向かい、屋敷の外へと飛び出した。



「…はぁ、はぁ…っ、晴明殿は…!」



そして足を止めた雷光さんが息も絶え絶えに、晴明の無事を確かめるため後ろを振り返った。



あたしも肩で息をしながら屋敷に向けて顔を向けると、屋敷全体がほのかに光りを放って、透明の膜に包まれていく。



「これは…晴明の結界!?」



あたしの驚く声に、雷光さんが屋敷の方に戻り、屋敷を覆うように張り巡らせされた結界に触れた。


その瞬間、バチっ!と静電気のような大きな音がして、「いたっ!」と雷光さんが手を引っ込めた。


「これでは、外から中には入れないみたいだな」


雷光さんが深刻な表情をして呟いた。



「それより晴明はどうしたのかな?なんで、来ないんだろ」



心配になってきた。結界を張るのはいいが、肝心の彼が姿を現さない。


まさかこのまま屋敷の中にいるつもりか!?


「私にもわからない。これはどういうことだ?晴明殿は結界を張って、何故出て来ないんだ?」


そりゃあ彼もわからないだろうな。晴明本人に聞いたわけじゃないから、説明なんて出来ないか。


「どうしたらいいの…?晴明…本当に来るかな」




不安な気持ちでボソリと独り言を吐くと、雷光さんがあたしの方を向いて、にっこりと笑った。



「大丈夫さ、桃子姫。暫く待ってみよう。晴明殿のことだ。きっと戻ってくる」



不安なあたしの気持ちを汲んでか、彼はあたしを元気づけるように明るい笑顔を浮かべ、そう告げた。




その笑みに少し気持ちが晴れた。



「そうだね…。待ってようか」



ぎごちないが、微かに笑ってそう答えると、雷光さんは頷いてあたしの肩をポンポンと軽く叩いた。



「まったく、とんだ報せだよ」



すると突然、男の人の声がした。



びくっ!として後ろを振り向くと。



「あ、あなたは…!?」



驚くあたしと、雷光さん。



そこに立っていたのは、前に屋敷に来て晴明にキスしていたあの男の人だった。





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