「今の聞いていると、別に一夜のせいじゃないでしょ。元はと言えば、ご主人様、あんたの行動がいけないのよ」


まだ話は見えていないが、晴明にムカついているため、これはチャンスだと彼を貶めようとした。


ふん!と鼻を鳴らすと、一夜の方を向いていた晴明がこちらに向き直った。



「私の、なにがいけないと?」


口元は笑みの形をしているが、目が笑ってない。


よく見ると頬がひきつり、額にうっすらと青筋が浮かんでいた。


「だって、あんたが一夜に頼んだってことでしょ。任せたならいいじゃない。任せておけば。そうまでして、あたしに会いに話しに来て……まさか、あんた」


そこで言葉を切り、驚いたあたしに、晴明がギクリとした。


「まさか、な、なんだ?」


声が吃り、視線が泳いでる。



間違いない!こいつ、さてはあたしを、虐めに来たな!!



「やっぱり、そうなんだ。監禁解いて喜ばせておいて、今度は嫌がらせに来て、あたしを虐めているんだ!!」


ビシッと指差して、叫んだ。


どうだ晴明!!お前の考えていることなどお見通しだ!


一瞬、晴明はポカンと口を開け唖然とした。すぐにハッとして我に返り、あたしを睨みつけた。


「……なんで、そうなる!?私が虐めているだと!?言い掛かりもやめてくれ!私はそんなに暇ではない!」


「ほ、ほら!今、怒鳴ってるじゃない!それが人を怖がらせて、その状況を楽しんでるんでしょ?違うというならなんでいちいち来るの!?一夜の言う通り、彼に任せておけばいいじゃない!」


(もうやだ!こいつ、怒鳴ってばっか!)


あたしは結界が解けて嬉しかった。やっと自由だと思った。


それなのに、またこうやって会いに来て、へんな言い掛かりつけて、あたしを怒鳴りつけ、意地悪し、縛り付けて離さない。



(霊力が高い?妖が狙ってる!?意味わかんない!)



「くっ…!この、小娘…っ」


苛立った晴明が歯軋りしている。


ギリギリと、何故か悔しげにこちらを睨みつけていた。


あたしはなんだか、悲しくなった。


「晴明は、あたしを、どうしたいわけ?あたしはだだの飼い犬なんでしょ?だったら、ほっとけばいいじゃん。何も教えてくれないくせに、そっちは言いたい事やりたい事ばかりやって、あたしを縛らないでよ!」



これでは、現実の世界にいたときと同じだ。


不機嫌ばかりの父親に怒鳴られ、時には痛めつけられ、束縛された。


「なっ!おおお前…っ、なんで泣く!?」


晴明の困惑した叫び声で、あたしは初めて気づいた。


はらはらと流れる涙。


ハッとして、晴明には見られたくなくて顔を背けた。



「泣いてない!これは、汗よ!」



絶対に、こんなことで泣くもんかと。


晴明に嫌われているのは知ってる。だから、この人はあたしに何も教えないのだ。


「晴明は、あたしの気持ち考えたことある?訳もわからずこんなところに飛ばされてあんたみたいな意地悪亭主みたくこき使われて怒鳴られて、怖いだなんて…怖いなんて感じることなく、ただ諦めて…。それでもここに居させてくれるだけ有難いって、なんとか頑張ろうって思っているあたしに、怒ってばかりなあんたに、わかるの?」


一ヶ月前。晴明はあたしをただの飼い犬として扱うと言った。


それでもいいと、ここから出れば行くところがないあたしはそれだけでいいと思った。だからなんとか気持ちを押し殺し、命令に従った。


だけど、こうも嫌がらせばかりされては、我慢するのも限界だ。



ただでさえ、あたしはこの世界で一人っきりだ。とても心細くて、悲しくて、怖い。



爆発した自分を後悔しながらも、晴明に嫌われたらどうしようとか、まだそんなこと考えている自分に、腹が立った。


暫くして、晴明がため息をついた。


深いため息に、泣き顔を上げると、晴明は困ったようにこちらを見つめていた。


どう言えばいいか、口を開きかけては閉じての繰り返し。



すんっと鼻をすすると、晴明はびくっとして、どうしようか迷うように手を上げては下げて…。何かを考え込むと意を決したようにぎこちなく、ゆっくりとあたしの頭に手を置いた。


「その、すまない…。泣かせるつもりはなかった」


そう不器用に撫で撫でする。


「なに、それ…?謝ってるつもりですか」


グスグス鼻を鳴らしながら、ふて腐れたように呟く。


晴明はまたしてもびくっとして手を離すと、少し困ったように苦笑し、先ほどとは全く違う優しい目つきであたしを見つめた。


「まぁ、そうだな…。謝っているし、反省している。その、苛々してて、お前の気持ちなど考えず色々押し付けた」


いきなりの謝罪と優しさに、グッと言葉に詰まった。



今更、なんだよ。なんで優しくする?



また涙腺が緩んで、ポタポタと流れる涙に、晴明がギョッとした。


「な、なんだ!?い、今のも怖いか?だめなのか!?」


オロオロした彼があたしに問いかける。


あたしはそんな彼を見て、少し気が楽になった。



首を振り涙を拭くと、ふっと微かに笑った。



「あんたも、女の涙には弱いんだ」


普通の男と同じ反応を返されて、ちょっと驚いたが安心はした。



少しは悪いと反省しているようなので、あたしも大人気なくこいつを貶めようとするのは止めよう。


「それで、あたしがここに来た理由、やっぱり教えてくれないの?」


調子を取り戻してもう一度尋ねると、晴明は呆れたようなため息をついた。


「…わかった。そんなに知りたいなら教えてやる。また泣かれて叫ばれては堪ったもんじゃない」


うんざりしたようにそう言った晴明が、一度後ろに控えている一夜に振り返る。



「一夜、そういうことだから私が直接話すことにする。護衛の件はそのあとだ。だから悪いがお前が行ってきてくれ。保憲にはバレないように気をつけろよ」



「…はぁ、わかりました。では私はお暇しましょう」「ああ、そうだな。頼んだ件、もう一度確認して来てくれ。奴もきっと納得しないに違いないがな」


「はい。では、桃子様、私はこれにて失礼致します」


頭を下げた一夜に頷き返すと、彼は部屋を出て行った。




「それじゃあ、私が知っていることを話そうか。その前に一夜に、霊力の話は聞いただろ。何処まで聞いた?」



二人っきりになると早速晴明はあたしに向き直り話を始めた。



「一夜はあたしがこの世界では霊力が強くて妖に狙われやすいって言われた。あとは、その霊力のせいで妖に影響していて、危険みたいなこと言ってた」



晴明はふむと頷く。



「だいたいあってるな。この世には魑魅魍魎共、物の怪や悪霊と呼ばれた類のモノがたくさんいるんだが、その強い悪霊や物の怪はこの都に近づけないように結界を張り過ごしている。しかし、奴等は賢く、なんとか人と接触するために都の外から来た人物に取り入れようとするんだ。その者は妖とは知らずにその強いモノを都の中に招いてしまう。そうすると、お前のように霊力の強い奴が、奴等に狙われてしまう」



晴明はそこで息を吐き、いつの間にか取り出した扇子をパチンパチンと開いたり開けたりしている。


癖なのか、晴明は時折扇子をかまっているときがある。


「じゃああたしはどうなの?霊力が強いからその強すぎる妖に狙われているわけ?」



「まぁ、待て。まだ話は終わってない。狙われていると言っても妖には基本、三通りの理由がある」



あたしが急かすように口をはさむと、晴明が制止して、難しい顔つきで説明を再開した。



「一つ目は単なる趣味。人を襲うのが奴等の性分みたいなもんだからな。これが一番多い理由だな。二つ目は、食らうことだ。霊力の強い人間を食べれば、奴等は己の妖力を強めより強くなる。三つ目は、取り入ろうとすること。霊力の強い人間が手元に入れば、いつでもその霊力をもらうことができる。謂わば、栄養補給する道具みたいなものだな。だいたいがそんな理由で奴等に狙われる。なんでそれをお前に話したのか、その訳はお前がそのどの例にも当てはまらないからだ」


「…え?」


いきなり話が自分に向けられ、驚いた。


妖や悪霊が人を狙う理由があるんだ、とぼんやり思ってあまりちゃんと聞いてなかったから慌てた。


「どういうこと?その、狙う理由が三通りあって…あたしがなんなの?」


意味がわからず聞き返すと、晴明は呆れたように溜息をついた。


「話を聞いてなかったのか?つまりだな、妖共が人間を狙う理由はその三通りが基本なんだ。だが、お前の場合はそれ以外の理由になると言ったんだ」



「ええと、つまりあたしは例外だと?」



もう一度確認すると、「だからそう言っているだろうがっ」と晴明がイラついた様子で声を上げた。



「…っ、ご、ごめん!そんな怒鳴らないでよ。だって話がややこしくってわからなくて…っ。それでええっと、そのあたしが例外なんだよね。例外って、どんな理由なの?」



素直に謝り話を促すと、彼はふぅと深呼吸して怒りを押さえ、パチン!と扇子を閉じた。



「…貴様は好かれやすいんだよ。よく言うだろう?人は魔に魅入られやすいと…」



「えっと、確かにそんな話は聞いたことあるけど……え?まさか、あたし、妖に魅入られちゃってるってこと?」



「ああ、そういうことだ。それもタチの悪い妖に、だ。その妖のせいでお前はこの世界に連れてこられたんだ」



晴明の言葉を言い換えて聞き直すと、彼は肯定した。



「そんな…!まさか妖が理由って…!」


「まだ詳しい理由は分からないが、そうじゃないかと考えている。実際、お前の周りに頻繁に、悪霊や物の怪が現れているんだよ」


どこかうんざりと、そう小さく呟いた。


「なんなのそれ…。この世界の物の怪は、常識なんてなく、簡単に異世界のあたしを連れて来ちゃうわけ?そんな小説とか漫画の中の、フィクションな話…」


「フィク……?お前が何を言いたいのかわからんが、そんなことができるのは私の知る限り、奴しかいない」


「奴?奴って一体…」


ごくりと喉を鳴らし、晴明の続く言葉を待った。



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