伍
晴明はチラッと一瞬廊下、中庭に視線を走らせた後、「もっとこっちに寄れ」と不機嫌な顔であたしを手招きした。
「え?なに…?」
突然手招きされて驚いて聞き返すと、晴明は苛立ったように「いいから早く来い!」とあたしの腕を掴み、強引に引き寄せた。
「わ!ちょっ、あんたあぶなっ!」
引っ張られて、慌てて床に手をつき、腕をつかみ引き寄せた晴明を睨むと、彼はいきなり距離を縮めあたしに密着した。
「なっ!?な、なにっ」
いきなり距離詰めるなよ!とぎょっとして身を引くと、彼は「動くな!」と一喝し、距離を取ろうとするあたしの腕に力を込めて逃さないように固定し、そっと耳元に口を寄せた。
「奴とは、我がライバルにして最強の法術師だった、芦屋道満という男だ」
「最強の法術師。芦屋、道満…」
その人が、あたしをこの世界に?
口の中で呟くように囁くと、名も顔も知らないその人に対し、フツフツと怒りがこみ上げてきた。ギュッと拳を握り、怒りに体を震わせた。
「理不尽なことで怒りたいのは分かるが、まだ話は終わっていないぞ」
だが、続けて静かに囁いてきた彼の声に、一瞬怒りに我を忘れかけたあたしはハッとした。
隣を見ると、晴明はじっとこちらを真剣な表情で見つめていた。
犯人の名前がわかっただけで、こんなに怒りがこみ上げ動揺するなんて!
すぐに気を取り直し、あたしは晴明に謝った。
「あ、そうだよね…ごめん。知らない人だけど、ムカついて…。大丈夫、話を続けて」
平常心、平常心。
深呼吸して、気持ちを落ち着かせる。
晴明は眉間にしわを寄せて、険しい目つきであたしを睨み、再び口を開いた。
「では話を戻すが、その芦屋道満という男。貴様にも分かりやすく説明するが、奴はもうこの世にはいないはずの人間なんだ。私がこの手で奴を仕留めた黄泉の国へ葬ったのだ」
「ーーえ?いないはずって…?」
どういうこと?
訳がわからなくて、困惑する。
「この世の中に、死者を蘇らす呪法がある。奴は確かに死んだが、その呪法を使って蘇った。しかし、それは大きなリスクを伴い、この私ですらまだ使ったことのない禁術。奴は蘇ったが、もう人ではなく、妖の類、化け物に成り下がったんだ」
予想していたこととは全く違う、あまりにもスケールの大きい話に、頭がついていけない。
晴明の言っている意味が理解できない。
だって、そんな、人を生き返らすことができるなんて、あたしの知る世界にはなかった。まさにファンダジーだよ!!
「だがな、残念なんだが…まだ奴が黒幕なのか、本当ははっきりしていないんだ。蘇ったと言ったが、確信はない。奴が死んだ後、私は門の外で奴らしき奴を見たことがあった。だがそれが本当に芦屋道満なのか、お前をここに連れてきた張本人なのか…証拠がない」
言葉を失い、驚きを隠しきれずにいると、晴明はどこか歯痒い感じで悔しそうにそう告げた。
要はまだ、確信がない話なんだ。
今言ったことは晴明の妄想かもしれない。言っていることはめちゃくちゃで、普通に考えればありえない話。
しかし、ここは常識のある、あたしの知る世界でなく、フィクションの世界。
妖とか物の怪、呪術師や陰陽師に、式神などなど。不思議なことばかりのある世界だから、人を蘇らせる事ができる方法が本当に存在するかもしれない。
そうなると、晴明が言うように死んだはずの芦屋道満が蘇っていて、あたしを連れてきた黒幕となると。
「ーー確信がない。だが、私の予想は外れん。だから私は、これから証拠をつかもうと思う」
あたしが真剣に考え込んでいる前で、晴明が宣言した。
「え?待って!今、なんと?」
もう一度聞き返すと、晴明は真剣な表情でこう言った。
「証拠だ。芦屋道満が本当に生き返ったのか…この件の黒幕が奴なのか、証拠をつかもうと思う」
「証拠をつかむ!?でも一体どうやって?相手を知る方法があるの!?」
驚きすぎて、素っ頓狂な声をあげた。
すると、先ほどと違って、にやりと何故か自信ありげな笑みを浮かべた。
「貴様がここに来た日だよ。あの夜は、満月だった」
その言葉に、ふと頭の中にあのときのことが蘇る。
夜空には、綺麗な星々と、大きな満月が浮かんでいて、とても綺麗だったのを覚えている。
「それは…確かに満月だったけど、それがなんなのよ」
「その日は、実は私が張っている結界が少し弱まる日なんだ。満月は、妖たちの妖力が一番強まる夜でもあるからだ」
「えっ?それじゃあいつも満月の日は結界が弱まちゃうの!?」
驚いて声を上げると、晴明が慌てた様子で口を押さえてきた。
「バカ!騒ぐな。誰に聞かれているか分からないんだ!」
いきなり何をする!
「ふぇぁへっ!ふぁふぁしふぇ!!(ちょっと!放して!!)」
手で口を押さえてくる晴明の手を掴み引き離そうとすが、びくともしない。
「いいか!離して欲しければ大声を上げるな、騒ぐな!」
すごい剣幕で言われ、これじゃあ従うしかないと、あたしは返事の代わりにこくこく頷いた。
「よし、じゃあ話すからよーく聞いておけよ」
そう言って晴明はあたしの口から手を放し、真剣な表情で話し出した。
「今度、半月後の満月の夜だ。時刻は丑の刻。結界が弱まり、より妖力の強い妖がこの都にやって来る。開く門は北門で、そこで私が雑魚を食い止めている間、貴様は黒幕をおびき寄せる。場所は一条戻橋だ」
「ちょ、ちょっと待って、あたしが、北門から誘導するの?」
黒幕をおびき寄せるって、一体どうやればいいのか。
驚き、疑問に思ったあたしが聞き返すと、晴明は眉を寄せて呆れ顔。
「当たり前だろ?貴様が演らずして誰が演る?」
「いや、そんな演ること前提な!あたし、妖怪とかの扱いわかんないんですけど!?」
無茶苦茶な作戦に思わず突っ込んでしまう。
この世界に来てから知った奴等をどう扱えというんだ?それも黒幕なんて、どれが黒幕か分からないのに、どうやっておびき寄せるんだ?
疑問は不安となり、あたしが顔を曇らせ返事を窮すと、晴明はふっと自信に満ちた笑みを浮かべた。
「そこは私、天才陰陽師の出番だ。私が術を使うから、貴様はただそこにいるだけでいい。あとは向こうから必ず接触してくるはずだ」
どこからそんな自身が湧くのか…。
術を使うと言われても、いまいちぴんとこない。あたしは陰陽術を知らないし、晴明が失敗しない保証はないだろう。
無意識に顔をしかめていると、彼は冷たく蔑んだ目を向け、ふんっと鼻を鳴らした。
「憐れな…。貴様では分からんだろうな。高尚な呪法…その仕組みを。オツムが足りないんだ。考えても仕方なかろう。今はただ、私の作戦に耳を傾け頷いていればいい」
なんか、ホントいちいち言うことが癇に障る。
偉そうで、ムカつくんだ!
実際、妖に関して晴明の方が何百倍と知っていると思う。だけど、オツムが足りないとか、耳を傾けていればいいとか命令口調…どうにかなんない!?
「あんたねぇ~~っ。いちいち言うことがムカつくのよ。少しはそのキツイ言い方、何とかならないの?もう少しソフトに言ってくれてもいいじゃないっ」
頭の作りは、そりゃあこいつより劣るだろうが!もっと優しい言い方ってものがあるだろう。
あたしが睨み付けて文句をつけると、晴明は小馬鹿にしたように鼻で笑った。
「無理だな。貴様が私より数百倍と、あらゆる面で劣っているのは事実なんだ。現実を受け入れ、いちいち私の言うことに文句をつけるな」
だ、駄目だ。話にならない。
こんだけ自身があるって、ある意味すごいことだ。
怒りを通り越して、あたしは呆れてしまった。
「…もういいだろう。文句はそれだけで、話を元に戻すぞ」
晴明は話の腰を折られ、少々不機嫌だ。
こっちの方が怒りたいわ!と一人突っ込みする。
そうこうしている間に、晴明が語り出した。
「それで、一条戻橋は北門から左手を通っていくんだが、この橋を歩きちょうど真ん中の位置まで誘き寄せて欲しい」
一条戻橋…?平安の地形は確か、碁盤のように道が真っ直ぐだと聞いたことがある。
「北の門から真っ直ぐ、左手に行けばいいってこと?」
「ああ、そうだな。目立つように橋が架かっている。そこまで誘導するのが貴様の役目。だが、ただ誘導するだけでは意味がない。慎重に、奴等にこちらの意図が気づかれないようにしろよ」
なんとも無茶なことを…。「そりゃあ人生かかってるからやれっていうならやるけどさ…。本当に大丈夫なわけ?あたしが、その…誘導なんて」
素人だし。妖怪とか怖いイメージがして、対面しなくちゃならないとなるとあたし逃げちゃうかも!
不満だらけだと呟くと、晴明に呆れたようにため息をつかれた。
「誰でもない貴様自身のことだろ。少しは危険を顧みるくらいの根性を見せろ。私からすれば、貴様が未だここにいるのが不思議なくらいだ。よくもそんな愚痴が言えたもんだ」
やれやれ、と肩をすくめられ、うっと言葉に詰まる。
彼の言うことはもっともだ。
危険だが、他に方法がないのだ。自分のことなんだから頑張らなければ、永遠にこの世界から抜け出せなくなるだろう。
人に、晴明に頼っていては道は開けない。
「わ、悪かったわよ…。ちょっと弱気になっただけ」
そう目を逸らし、ごにょごにょと言い訳すると晴明が、「はぁ?何って?」と耳に手を当てて聞こえないフリをする。
「~~っ!だから、悪かったわって言ったの!今後、愚痴みたいに弱気なことは一切言わないわよ」
こうなればやけくそよ!あたし自身、ヤル気がなければ始まらないんだから!
鼻息荒く叫ぶと、晴明に「よくできました」と嫌味垂らしく言われた。
「ではその意気で、当日もやるんだな。話は大体終わった」
晴明は立ち上がり、部屋を出て行こうとした。
「あ、ちょっと待って!」
慌てて立ち上がり晴明を呼び止めた。
「なんだ?」
振り返った彼は冷たくこちらを睨む。
「その、できれば…できればあたしにも、ちょっと簡単な護身術でも教えて欲しいんだけど」
このままその日を迎えても、もしその悪い妖に襲われたら自分は自分を守れない。
晴明のような高度な術じゃなく、ちょっとした護身術でも身につけていれば自分を守れるかもしれない。
晴明は軽く目を見張ると、
「貴様から言ってくるとは…。そうか、そんなに教えて欲しいなら、教えてやろう」
そう言ってにやりと笑った。
その笑みにあたしは嫌な予感を感じた。
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