「−−−いつまで握っているんだっ!ケダモノめっ!!」



刹那、スパーン!!と、横から伸びてきた扇子に勢い良く両手を叩かれた。


「いったぁ!」


あまりの痛さに声を上げ、その拍子に道長さんの手が離れる。


ヒリヒリするその場所をさすって見ると、扇子の型の痣になって赤くなっていた。


邪魔されたことと、理不尽な暴力にムッとすると、


「せ、晴明…!いたのかお前!」


道長さんが驚いたように声を上げる。


(ちっ…!やはり貴様か…!)


良いところを邪魔してきたのは、やはり晴明だった。


顔を上げて奴をぎろりと睨みつける。


(あんたピンピンしてるじゃない!怪我はどうした怪我は!)


「み、道長大丈夫か?何もされてないよな?」


珍しくオロオロした様子で、晴明は道長さんを見つめ、身体をペタペタ触る。


道長さんが不気味なものを見るような目で、晴明の奇行を見つめた。「せ、晴明。大丈夫だから!そのやめっ…あ!ちょっ…お前、どこを触って…!」



(…!!せ、い、め、い~~っ!)



「羨まし…いや、なにしてるの!!」


ポロっと本音が出たのを慌てて隠し、未だに道長さんの体を触りまくっている晴明の腕を掴んで止めた。


晴明はハッとしたように我に返り、あたしの手が自分の腕を掴んでいることに気づくと、条件反射のように勢いよく振り払った。



「ええい放せ!気軽に私に触れるな!」


ビリビリと空気が割れた。


鼓膜が破れるほど大きな怒鳴り声を上げ、彼はあたしを憎しみに満ちた目で睨みつけた。



びくっと、先ほどより一層おっかない彼の態度に怯えた。


「晴明!お前、本当にどうしたんだ?」


道長さんも顔を強張らせ、晴明の怒鳴る姿に困惑し、戸惑っている。


そんな道長さんを庇うように後ろに追いやり、晴明は今度は冷たい視線を投げつけた。



「今日という今日は我慢ならん!いいか小娘!貴様は今日からこの一月、部屋から一歩たりとも出るな!」



ピシャリ、と晴明が指差してそう告げた。



「お…お前はあたしの母ちゃんか!?」


いきなりの宣言に、あたしは思わず突っ込んだ。


道長さんはポカンと晴明を見つめていた。


「か、母ちゃん!?そんなわけなかろうが!」



晴明がすかさず突っ込み返す。


「当たり前よ!今のはただの突っ込みよ!そんなことより、なんであんたにそんな指図されなきゃいけないの!?」


そっちが聞きたかったこと。晴明は何の権限があり、あたしにそんなことが言えるのか知りたかった。


晴明の頬がひくひく動き、額に薄っすらと青筋が浮かぶ。


「…されなきゃいけない?貴様、何か勘違いをしているんじゃないか?この屋敷の主人は、誰だ?」


晴明が目を細め、問いかけた。


それはいつもの冷たい晴明だった。


あたしは何故か緊張し、ごくりと喉を鳴らす。


「そ、それはもちろん…あんたよ。今更なんの質問?」



問いかけに答え、疑問に思ったことを聞き返すと、いつもの調子を取り戻した晴明がふっと冷笑した。


「そう…私。ここの屋敷の主人は私。…では、貴様は何だと思う?」


この質問は、あたしも知りたかったことだ。


いつの間にか晴明の屋敷に住むのが当たり前のようになっていたが…。



「ちょっ、晴明待って!まさか、桃子殿に言う気かいっ!?」



そこに、後ろにいた道長さんが慌てた様子で割り込んできた。


晴明は道長さんを見つめ、にやりと笑う。


その笑みにゾッと鳥肌が立った。


「駄目だよ晴明!それはやめて!」


晴明を止めようとする道長さん。しかし、晴明は冷たく彼を突き放し、あたしに向き直った。


その瞬間、彼の表情が初めて会ったあのときと同じ、凍るような冷たい表情に変わった。



「貴様は客人などではない。道長に頼まれたから住ませてやっているただの居候だ。いや、居候というより、私に飼われている動物だ」


「晴明!!」


道長さんの諌める声。


だけどあたしは別に、今更、そんなこと言われても傷などつかない。




初めから彼はあたしを人扱いしてなかった。


ただ、衣食住と彼はタダであたしをここに置いてくれていた。それだけでよかった………それなのに…。


あたしの胸が、少し痛んだ。





「道長さん。気遣いは無用です。今更、そんなこと言われてもあたしは傷つかないわ」


これは本心。


淡々とした声で、あたしは告げた。


道長さんが、悲しそうに顔を歪めた。だけど、あたしはそれをあえて見ないようにして、晴明を睨みつけた。


「それで、晴明さん?飼い犬であるあたしは、貴方の言葉に素直に従えばいいと?」


あたしはわざと挑発するような態度で冷たく告げた。


初めて会ったときから正体不明のあたしに優しくしてくれる道長さんには悪いが、晴明の屋敷に住ませてもらっている分、彼との関係ははっきりしておきたい。


それが、主人とペットという主従関係以下でも。


晴明はあたしの態度に、満足そうににやりと笑った。


「ああ、話が早い。そうだ。私は主人だ。だから、飼い犬。貴様は大人しく部屋に引っ込んでいろ。私が良いと言うまでな」


勝ち誇った笑み。


腹が立つ。本当に最低な屑野郎だ。


「…!止めろ!君も聞かなくてもいい」


道長さんがあたしを助けようと、晴明をきつく睨み、強張った笑顔であたしを引き留めた。


あたしは道長さんを真っ直ぐ見て、その優しさににっこり笑った。


「ありがとう道長さん。だけど、今日はここで失礼します。ご主人様が良いと言うまでは、顔をお見せできないのが名残惜しいですが、また遊びに来て下さい」


「そんな…!そんな悲しいこと言わないでよ。ねぇ晴明。君もそれは本心じゃないだろう!今からでもちゃんと本当の事を彼女に話すべきだ!」


平気なフリをしているのだろうと思われている?


いや、それよりも晴明の本心?本当の事とか、気になる言葉が出てきたが、それを今更聞いてもあたしたちの態度は変わらない気がする。


道長さんはどこまでも必死だ。


しかし、晴明はうんざりした様子で明後日の方向を向き、道長さんを無視した。


あたしもフォローなど不要だったため、止めようと手を伸ばした道長さんからするりと逃れ、「では、失礼します」と義務的な言葉をかけて、そそくさとその場から逃げた。


後ろで道長さんが止める声がしていたが、聞こえないフリをして遠ざかった。


彼等の姿が見えるか見えないかの死角に入り、ふと足を止める。


振り返ると、二人が向かい合っている。


晴明は口論している道長さんを次第冷たく見つめ、時折ポツポツ喋っていた。


「…やっぱり、晴明ってサイテーだ」


ポツリと呟いた声は少し寂しそうで、あたしはそれを振り払うようにして、部屋のある方向へと足を動かした。

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