参
「離せ、保憲っ!秘密などないのだからこんな事をしても意味がない!」
我慢ならなくなったのか晴明さんが声を荒げて手を振り払った。
その拒否に、保憲と呼ばれた彼は苛立ったようにもう一度晴明さんの顎をつかみ、顔を近づけた。
(きゃあああ!!うそっ、うそぉ!本物だ!晴明さんは、ガチの…っ)
悲鳴をあげそうになり、なんとかこらえて心の中で叫ぶ。
保憲さんから強引だが、確かにキス…接吻してる!
「…っ、…な、せ!やめ…っ」
晴明さんはなんとか逃げようと保憲さんの身体を押しのけるが、まるで叶わない。
押し付けて強引に奪いながら、激しく攻めているらしく、抵抗する力が次第に弱まり、晴明さんはぐったりとして保憲さんに寄りかかった。
「…晴明」
酸欠に頬を染めて、潤んだ目で保憲さんを見上げる。その妙に色気のある表情に、どきりと胸が高鳴った。
「…はぁっ…ヤス、ノリ!貴様は…」
晴明さんが息を切らせながら怒りに目を吊り上げた。次の瞬間、晴明さんの身体が横に引っ張られた。
驚く保憲さんと晴明さんの間に、いつの間にか人が現れ晴明さんを横から攫ったのだ。
「お前は…!」
保憲さんの表情が強張る。
現れた人物、それは先程まで台所にいたあのイケメンだ。
「…やめて。晴明様は嫌がっている」
無表情に立つ彼は晴明さんを抱きとめながら言った。
すると保憲さんがふっと目を細め、冷たく笑った。
「お呼びじゃないんだよ、式神風情が。晴明の用心棒気取りか」
さきほどとはうって変わって冷たい声音でそう吐き捨てた。
その冷たさにゾッとする。
(式神…?)
あたしは保憲さんの言葉に首を傾げる。
式神とは、人型の紙を使ってまるで生きている人間のように仕立てるあの、式神か?
「保憲。もういいだろう。さっさと出て行け」
晴明さんが拒絶の言葉を投げると、一瞬息を詰まらせた保憲さんはやれやれとため息をついた。「わかったよ。今日のところは引き下がろう」
肩をすくめてそう呟くと扇子をパッと開き、にっこりと微笑んだ。
「では、晴明。名残惜しいが私はこれで失礼する。また君に会いに来るよ」
最後にそう言って、開いた扇子で口元を隠しウインクをすると、ひらひらと手を振り、門の方へと姿を消した。
「…晴明様。大丈夫ですか?」
人間の姿をした式神が、晴明さんに問いかけた。
晴明さんは保憲さんが消えていった場所を睨みつけている。
「
忌々しげに吐き捨てると、一夜と呼ばれた式神は無表情のままこくりと頷いた。
「…はぁ。…おい、いつまでそこでそうしている」
(−−−ん?誰のこと?)
あたしは晴明さんの言葉に眉を寄せた。彼は未だ保憲さんが消えていった方向を見つめている。
「では晴明様。私はこれで失礼します」
式神が用を終えたとばかりに、さっさっとその場から姿を消した。
「おい!聞こえないのか?その御簾に隠れてる貴様のことだ」
(…えっ!?あ、あたしのこと?)
あたしはびっくりしながら御簾の向こうの晴明さんをじっと見ると、彼が冷たい表情でこちらを振り向いた。
ギクッとした。
「早く出てこい」
(ううう…やっぱり。あたしのことだ!)
あたしは恐る恐る御簾を上げて、晴明さんの前に出た。
冷たく見据える彼の視線に、顔を強張らせ視線を逸らした。
「ええっと、なんと申し上げればいいのか…。そのですね、腹が減ったのでね、ご飯を食べようって思って出て来たのですよ。そこでね、見つかるとやばいかなと思って思わず隠れたんですよ」
(おかしな丁寧語になっちゃった)
だけど嘘はついてない。
腹が減って部屋を出たのはあっている。
ただ、ご飯を作っている人が誰なのか探っていたことはなんとなく隠しておく。
「腹が減った…と?それで何故この場所にいたのだ?」
やはり部屋の前ではないことが疑問に思ったようだ。質問してきた彼にびくりと縮まる。
「え~ですからね。それは…その、なんとなく、かな?」
(なんとなくって、あたし。もっとマシな嘘吐こうよ?)
自分自身に、突っ込みを入れる。
「は…?なんとなく?お前はなんとなくでこんな所にいたのか」
は!と鼻で笑われた。
(…ほら、やっぱり馬鹿にされた)
自分でも自分自身の言い訳が下手で恥ずかしい。
「…やはり、−−−−しなくては…」
すると晴明さんが何か呟いた。
最後のあたりは何と言ったのか聞こえなく、眉を寄せ顔を上げると、彼は自分の袖の下から短冊のような紙を取り出し、それをあたしの前に突き出した。
「これを、一応持っておけ」
それだけ言って、受け取れとひらひらさせる。
「…え、と…これは、何でしょうか?」
誰もが思うだろう。説明もなしに出されても訳がわからず、素直に受け取れない。
そう思い尋ねたら、晴明さんがめっちゃくちゃ嫌そうに顔をしかめた。
『四の五の言わずさっさと受け取れよ』
そう視線でギロッと睨み返すとあたしの額にぐっとそれを押し付けた。
イラッとした。
(ホントこの人、最低だよね…)
「はいはい、わかりましたよ」
額に押し付ける晴明さん…(いや、晴明と呼び捨てにしよう)の手を払い強引に奪い取ると、ムスッとされた。
(こっちが怒りたいわ!)
「ーー食い意地張った女め」
(…はぁあん!?)
ぼそりと呟いた彼を睨みつけると、そしらぬ顔であたしに背を向けた。
「ちょ、どこ行くの!」
逃すか!と咄嗟に彼の右腕を掴む。
「なっ…!放せっ」
驚いた彼がこちらを振り向き、腕を力一杯振り払った。
途端、あたしはよろめき、ズルっと足を滑らせた。
「へ…?」
ひやりとして、顔から血の気が引く。
(このままじゃ頭から倒れちゃう!)
そう思って咄嗟に手短な御簾に手を伸ばした。
「あ!馬鹿っ!よせっ…!」
すると晴明の慌てる声と、ビリビリと布が裂ける音がした。
駄目か!!
御簾ではあたしの身体は支えきれなかったらしい。
咄嗟に目を閉じ、痛みを覚悟すると、ドタドタッ!と倒れる大きな音が響いた。
「うっ…」
痛みから呻き声が漏れる。
「いたたた…」
そう呟き、ふっと目を開けると、きめ細かな白い肌をした美しい晴明の顔があった。
「わっ!?」
びっくりして飛び起きる。下には痛みに顔をしかめて呻く晴明がいた。
「な、なんであんたが…!」
どうやらあたしは晴明を下敷きに倒れていたようだ。
彼はあたしの声に薄っすらと目を開けた。
「馬鹿女がっ!私まで巻き込んで…ちっ」
いつものように冷たい言葉を投げて舌打ち。
痛みに頭やお尻をさすりながら上体を起こす。
「ーーっ。ご、ごめん」
流石に悪いと思い、巻き込んでしまったことを謝った。
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