弐
◇◇◇◇◇◇
平安時代に飛ばされて、初めて会った二人のイケメン。
一人は貴族、公卿出身。藤原道長。
優しさが印象の人。
もう一人は、この時代によくいたと言われる陰陽師、安倍晴明。
冷たさが印象の人。
この正反対な二人は昔からの親友である。
あたしが厄介になったのは、道長さんではなく、その親友の晴明さんだ。
初めて会ったときから晴明さんはあたしに冷たかった。今も冷たいが、始めよりは若干慣れたのか、口を聞いてくれるくらいにはなった。
あたしと関わりたくないと言って、道長さんがあたしを拾ったとき、追い出そうとした。
しかし、道長さんがそれでは可哀想だと言って止めてくれて、彼は最初、自分があたしを引き取ろうと言っていたくせに、何故かそれが駄目になり、結局晴明さんの方に引き取られることになったのだ。
晴明さんは都で一人暮らしをしているため家には縛られなく、自由な生活を送っているそうだ。家族や親戚ともあまり会わないようなので、世間体を気にすることなく晴明さんの屋敷に住めて安全と言うことだ。
しかし、別の意味で男女二人が暮らすのは危険ではないか、という話になったのだが、彼は絶対にあたしをそういう目で見やることはない、ときっぱりと言ったのだ。
はっきり言って、晴明さんはデリカシーがない。
この時代ってお風呂なんてないから、自分で水を沸かして、布切れで身体を清拭するとか、河原に行って身体を清めるか。
そんなことしかできないわけで、晴明さんが与えてくれた客室であたしは自分の身体を綺麗に拭いていた。
そこに、突然、何にも言わずにずかずかと入ってきたのが晴明さんだ。
上半身裸でぽかんとしているあたしを一瞥し、喋りたくないのか紙切れを投げつけて去って行った。
そのとき奴はばっちりとあたしの裸を見たわけだが、後に問いただしても顔色一つ変えず平然とした態度で「興味ないから」と言われた。
他にも晴明さんは朝が早いため、あたしがまだ寝ていると部屋に入ってきて、無言で布団を剥ぎ取り、足で「起きろ」と軽く蹴るのだ。
ここでも、乙女の寝顔をばっちりと見られたわけで、後に問いただしても、平然な顔で「興味ない」の一点張り。
逆にあたしが晴明さんに用があって彼の部屋に行ったとき、ちょうど着替えていたらしく、あたしは気をつかって廊下で待っていた。しかし、彼はあたしの気配に気づいたのか平然とした態度で上半身裸のまま部屋を出てきて声をかけてくる。
あるときは、気分転換にと道長さんが街に買い物に連れて行ってくれたとき。
あたしが厠を我慢してもじもじしていると、大きな声で「なにをもじもじしてる!厠ならあそこだ!」と叫ぶ始末。
周りにいた人が驚いて、次の瞬間、爆笑だ。
あれは本当に恥ずかしかった。
なんか、下ネタばっかりの話になってしまったが、本当に彼はデリカシーのない人である。
…いや、よく考えればデリカシーがないというより、ただそういったことに疎いだけかも。
邪な気持ちがない分、考え方を変えれば、純粋無垢な子供…思春期の知らない小さなガキだった。
そんな彼と、かれこれニヶ月間は一緒に屋敷に住んでいる。
住んでいて、気づいたことがある。
晴明さんは一人暮らしというが、屋敷はとにかく広く、部屋となる御簾や几帳で区切りされた部屋が空いている。彼が使うのは主に寝室、母屋、それと大広間だけだ。
他はどこも使われていない部屋で、使われていない部屋は客室となるか、物置になっていた。
それなのに、何故かその使われていない部屋はどこもかしこも生活感のある、使われているような違和感がある。
それにいつも母屋に行くとその日のご飯が作られて置いてあったり、晴明さんが外出し屋敷にいないときも屋敷がピカピカに掃除されていたり、洗濯物が干してあるのだ。
これは晴明さんが誰かを雇い、その人が来て家事全般してくれている可能性があると思い彼に聞いてみたのだが、誰も雇ったことなどないと言われた。じゃあ晴明さんが隠れて家事全般しているのかと問うと、彼は「するわけがない」と冷たく言った。
なら何故、母屋に行くと料理が置いてあるのか、屋敷全体がピカピカで綺麗に掃除されているのとか。
家事全般を今まで誰がしていたか?
晴明さんは教えてくれない。
仕方なく、気になるあたしは何度かその現場を目撃しようと張り込みをした。
その日もいつものように晴明さんが陰陽師の仕事で屋敷を出た。
大きな屋敷に一人になったあたしは、晴明さんから貸してもらった紙にこの時代の字を練習していた。
ぐーー、と腹の虫が鳴った。
「うわぁ、もうそんな時間か」
この時代に時計はないので、昼食をとる際は自分の腹時計で決めていた。
筆を置いて自室を出ると、台所に向かった。
一度自分で作りたいと思ったからだ。
だが、廊下を歩いているうちに台所からいい匂いがしてくる。
誰もいないはずなのに。やはり、晴明さんは内緒で誰かを雇っているのだ。
単衣の裾をつかみ、抜き足差し足忍び足。
気配を消して台所に飛び入った。
するとそこに一人の男性が立っていた。
人間離れした容姿に真紅と紫の瞳をした美しい男性。
具を切り刻んでいた彼が少し驚いたようにこちらを見ていた。
「あなたが、あたしにいつも作ってくれてる人?」
尋ねた瞬間、彼は背を向けて、脱兎の如くその場から逃げ出した。
「え…?ちょっと待って!」
すぐに慌てて後を追って反対の廊下に出る。
しかしすでに彼の姿はなく、床に紙切れが落ちていた。
「これは…?」
それを拾って見る。
人の形をしたもので、真ん中に赤字で文字が書かれている。
「なんだろうこれ。なんて、読むのかな?」
だがその文字は達筆すぎてあたしには読めない。
首を傾げてそれを見つめていると、門前から人の騒ぎ声がした。
「もう帰ってきた?」
いつもより早い帰りだ。
こんな所にいるとまた嫌味とか言われるかもしれない。
顔をしかめて拾った紙切れを捨てて、慌てて踵を返した。
廊下をかけていると、向かいから話し声がした。
(しまった!こっちから来るか!)
これでは鉢合わせだ。
何故か見つかるのが嫌で、あたしはそのまま横の簾を上げて中に滑り込むと、体勢を低くしてバレないように身を隠した。
「…それで晴明。何を隠そうとしているのだ?」
晴明という名にどきりとする。
やはり、晴明さん、帰ってきたんだ。
しかし客人も一緒か。誰なんだろう?
あたしはそっと身体を起こし、向こうから姿が見えないように顔だけを覗かせた。
一人は右手、これは家を出て行った晴明さん。
服の色がそうだ。
左手は始めてみるお客だ。
扇子を閉じたり開いたり、ぱちんぱちんと音を立ててにこやかに微笑んでいた。
端正な顔立ちに紺色の髪をした男性。
「はぁ…。だから何度も言うだろう。私は何も隠していない」
どこかうんざりした様子だ。「ならば何故最近屋敷に誰も寄せ付けない?遣いも寄越さないし、こんなに君を想っているというのに。いつまで私を避けるんだ?」
ただならぬ雰囲気だ。
会話からして相当親しい間柄なのか。
「またあなたはそんなことを…」
だが晴明さんは煩わしそうに眉間にしわを寄せて、顔をしかめた。
「どうなんだい?この私に言えない秘密なのか?」
ずいっと顔を近づけて、睨むように晴明さんの顔を覗き込む。
「やめて下さい。顔、近いですよ」
すると晴明さんが人差し指で男の人の額をグイっと押した。
彼はムッと顔をしかめると、次の瞬間、晴明さんの肩を押して壁に追い詰めた。
ドン!と反対の左手を壁について、まさかの壁ドンだ!
そして今度は顔を背けた晴明さんの顎を掴み、強引に自分の方に向けてグイっと顎を持ち上げる、顎クイ!
(わわ!?そ、そこまでいく!?いや、二人ってまさか…)
女の裸に興味がない、ときっぱり言っていた晴明さんの言葉が頭の中でリプレートした。
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