第四十七話 『天命』② 由良貴信
「うっ…… あがっ!」
首に手をあてがい、唐突に苦しみ出した五田俊がよろめく。
五田俊に襲い掛かる呪いの出処を探る。
それは暗雲渦巻く空からでもなく、『天』への入口を塞ぐ亡者でもなく、展望台広場の入口から発せられていた。
私にそれを気付かせたのは、大きな耳鳴りと、広場の入口から届いた声だった。
「成海の痛みを、思い知れよ」
日本人形を握り締めて叫ぶ
狐面から五田俊の記憶が流れ込んで来た時、魁の足にしがみつく五田俊が見えた。
おそらく、その時に五田俊の頭を掴んだ際に引き抜いた髪の毛を、人形の腹に入れたのだろう。
「き…… さまっ!」
もがきながら後ずさる五田俊が、光に近付いていく。
入口から伸びる亡者の手が、五田俊の足や肩を掴んだ。
「ふざけるなっ! 離せっ! クズどもがっ!」
「ネェ…… ヨウコヲ…… カエシテヨ……」
「ハヤク…… シバッテ…… ワタシヲ……」
亡者となった成海と砂井江美が光の中から身を乗り出し、五田俊の体に纏わりつく。
「嫌だ…… 死にたくない! 沙苗! 助けてくれ!」
この男が救われる道はもうない。
自らの野望が生んだ怨念と共に滅されるこの男にかけられる言葉は、ひとつだ。
「信長に憧れていたんだったな」
五田俊の記憶の海に浮かんでいた情報だった。
「あんたはひとつ、重要な事を忘れてる」
「やめろ! 離せ! 離せっ!」
狂乱する五田俊に私の声は届いていないだろう。だが、花を手向けるように言葉を送った。
「織田信長は、燃える寺の中で最期を遂げた」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
自身がこれまで虐げて来た者達に引っ張られ、断末魔と共に光へと吸い込まれる五田俊を見届ける。
人を殺め、私欲の為にあまりにも多くの呪物を使い過ぎた男は、地獄の業火に焼かれているかのような苦悶の表情を浮かべながら消えていった。
「うぅ……」
呻き声が聞こえ、振り返る。
星野魁は成海のリュックと日本人形を掴んだまま、地面に崩れ去った。
「魁くん!」
駆け寄った私を見上げた魁が、呟くように話す。
「茜さんは無事です。呪物を使った男の子と女の子を除呪して、その子たちと一緒に管理小屋にいます。あの男…… 五田俊から奪った呪物は、全部このリュックの中にあります」
「そうか…… ありがとう」
魁の視線が、『天』への入口を塞ぐ亡者たちに向けられる。
「由良さん…… 僕ももう、あの亡者たちに意識を奪われてしまったんですかね」
「なんだって?」
「あれは…… あいつらは、悪霊なんでしょう。生きている人間たちを、地獄に閉じ込めようとした、悪いやつらのはずでしょう。でも、そうは思えないんです。あの人たちは…… ただの、普通の人間だった」
魁が伝えようとしている事が、亡者の言葉ではなく、魁自身の言葉である事を悟る。
「ただ、少しだけ弱かっただけだ。繊細だったり、不器用だったり、ただそれだけで、死ぬしかないなんて。弱い者は死ぬしかないなんて、あんまりだ。彼らは、悪くない。弱いのは、罪じゃない。本当に悪いのは五田俊のような、自分の欲を満たせず、益にならない人間を使い捨てて行くやつじゃないのか。こんな事を考えている僕は、亡者に乗っ取られてしまったんですか」
「いや、亡者の意識に触れた君が、君自身がそう感じ取ったんだろう。彼らは『生きている者が生きていく世界』を実現する為に犠牲になった者たちだ。関係ない者がいくら死のうが、自分が生き延びればそれで構わない。哀しい事に、それは生物の摂理とも言える。だが、誰かを犠牲にして繁栄し続ける人間に、いつか必ず報いが訪れる。これがその第一歩なのだろう」
見上げた空には死者の魂を取り込んだ暗雲が渦巻いていた。
全ての憎しみを吐き出すように、吹き荒ぶ風が激しさを増す。
立ち上がった私は、
哀しげに『天』への入口を見つめる魁に、私と先生のネックレスを二つ差し出す。
「君は呪物を使った。だけど、ただ恨みを晴らす為ではなく、多くの人を救う為に呪物を使用した。そして、犠牲となった人たちを、亡者を想う気持ちを持っている」
「……由良さん」
「このネックレスをしっかり握って。そして、家族や友人、大切な人を想いながら現世に戻る事を強く願うんだ。そうすれば、きっと戻る事が出来る」
成海のリュックに、手に入れた全ての呪物を詰める。
「由良さん、何を……」
「戻れたら、茜ちゃんに伝えて欲しい。万骨董品店は、茜ちゃんが継いでくれと。生きる者たちの犠牲となった亡者が生み出した呪物。その呪いに苦しむ人々を救い、いつまでも、強くあって欲しいと」
全ての呪物を包み込んだリュックを抱き、光を見つめる。
「普通の人と同じ生き方が出来ないのなら、人と違った生き方も、必ずある。これが私に出来る、生き方だ」
父さん、祐里先生。最後に力をかして下さい。
リュックを抱えたまま、光に向かって飛び込む。
魁が私の名を叫ぶ声が聞こえた。
私の持つリュックに向かって伸びる亡者たちの手。
私の身ひとつで、彼らの怨念が晴れる事はないだろう。
だが、あなた達が絶望した世界を、どうか許して欲しいと願う。
もう少しだけ、時間が欲しい。
弱者を糧として幸せを得る人類が、それが愚かな行為であると気付くのはそう遠くないはずだ。
だから、もう少しだけ待って欲しい。
どうか、お願いします。
光に包まれて目を開ける。
私の腕に包まれていたリュックが消滅し、集めた呪物が光の中に舞う。
細切れに散っていく呪物を眺めながら、私は己が天命を全うした事を確信した。
薄れ行く意識の中で浮かんだのは、星野魁の事だ。
あの勇気ある優しい青年を、どうか現世に帰してあげて欲しい。
茜ちゃん。戻る事が出来なくなってしまってすまない。
残念だが、悔いはない。
祐里先生と一緒に、ずっと見守っている。
父さん、すぐに行くよ。
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