第52話

         、 遊んで覚える現代貨幣理論(MMT)

 最近アメリカで発表されて世界中で注目を集めている経済理論がある。現代貨幣理論というのがそれで、「ある種の国では消極的にではなく積極的に国債を発行することによって経済を好循環に導くことができる」という理論らしい。自分でこの理論を学んだ訳ではないのだが、最近のアメリカの知的エリートたちが膨大なデータをどう処理し、そこから何を見出すかということには何となく想像できる部分があるので、勝手に現代貨幣論なるものを解釈してみたい。

 ここで舞台は突然メジャーリーグに移る。


 なぜ野球が舞台になるのかというと、ある時代ある国の知的エリートたちの思考法には当然共通性があるはずで、経済学の知的エリートがスポーツ界の最先端の思考法を持つ人たちと同様の考え方をしていてもそこには全く不思議はない。その同様の思考法が野球の中に見つかった、ということである。では野球の何が現代貨幣理論と共通なのか。オープナー制という中継ぎ投手の攻撃的な起用方法である。

 簡単にオープナー制なるものを説明すると、これまでの野球界では先発投手が何回か投げ、疲れが見えるか打ち込まれたら中継ぎ投手に交代するのが常識であった。そして各チームには先発投手要員と中継ぎ投手要員がいて役割分担がはっきりしていた。この常識を覆したのがオープナー制である。

 もともとは先発投手のコマ不足を補うために初回から中継ぎ投手を繰り出し、一試合を完成させるというものだったのが、勝つために初回から計算して中継ぎ投手を登板させ、計算して投手交代を繰り返し勝利を引き寄せるという超攻撃的な中継ぎ投手起用に変わってきた。抑え投手から逆算して中継ぎ投手を組み立てるのと同じ考え方なのだが、それを逆に初回からやっている。この最初に登板する中継ぎ投手がオープナーと呼ばれる。

 ではこのオープナー制と現代貨幣理論の何が共通しているのだろうか。

 通常の国家予算では財源の不足を補うため泣く泣く国債を発行する。先発投手がいないから泣く泣く中継ぎ投手をフル活用するのと同じである。この考え方を逆手に取り、ある種の条件の整った国では超攻撃的に国債を発行することによって経済を好循環に導き勝利を招き寄せることができる、というのが現代貨幣理論である。

非常に興味深い。


 ただ問題なのがこの理論が近年の日本経済をモデルに構築されたとされている点である。つまり近年の日本経済を野球に例えるなら超攻撃的に国債を発行して経済の好循環を招き寄せている、ということになるらしい。しかし当事者の目から見るととてもそんな幸福な循環には見えない。むしろ綱渡り状態である。それでも外部の人間から見ると積極的な国債発行が勝利を呼び込んでいるように見えるらしい。それが正しいのだろうか?

 分からない。


 しかしオープナー制が有効な野球の戦術の一つとなりつつあるように、現代貨幣理論が各国の経済政策の共通認識の一つになる日が来るのかもしれない。

 もしそんな日が来た時には、「この時代の日本の経済政策は芸術的だった」と言われることになるのだが……。

 

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