第50話

                夏の思い出

「川越行きたい!」

 川越か。あそこのんびり歩くといいんだよな。でもこの時期はちょっと暑すぎはしないか?

「ウォーター・スライダー乗りたい!」

「あそこ市営だから安いのよね。」

 なんだ、プールか。まっ、そうだよな。


 次の休日。起きたら日が高く昇ってる。いつものようにテレビをつけて大谷君のエンジェルスを見ながらギターを弾いて一日が始まる。これも悪くはない。でも悪くはないが何かが違ってはいないか?そうだ、どこかに出かけよう!このまま東京にいると人間が腐る。太陽の光を浴びて体を動かして汗をかこう。でも一体どこに行く?野球はまだしばらく終わらないし、終わった後で出かけられるところといったら限られてくる。じゃあ吉祥寺でも行くか。古本屋とCD屋巡り。

 なんだ、吉祥寺か。まっ、そんなとこだよな。


「献血にご協力お願いします!」

 久しぶりに献血でもするか。ちょっと吉祥寺を歩いて汗もかいたし、何か飲んで涼みたくなった。献血ならちょうどいいや。

「誠に申し訳ないのですが、ヘモグロビンの数値が低すぎて今回は採血できません。鉄分の多いものをたくさん食べてください。また次回献血お願いします。」

 何と言ったらいいのだろうか。冷たいものを飲ませてもらって血も取られずに済んだ。しかも体調の異常のことまで教えてもらった。喜んでいいのか、悲しんでいいのか。まっ、いいや。とりあえず帰るとしよう。

 それにしても雲がきれいだ。夏の雲を見るのは大好きだ。いつまで見てても飽きない。

 しかしヘモグロビンが少ないとか言われるようになったということはあと何年あの雲を見ていられるのだろうか。

 そうだ、今度の休みこそ本当にどこかに行こう。東京なんかにいちゃいけない。


 軽く朝ごはん(昼ごはん)を食べた後急いで駅まで行き、電車に乗った。とりあえず中央線を西のほうへ。次の日は仕事だから夜までに帰らないといけないのだが、とにかく行けるところまで行ってみよう。

 相模湖。まだまだつまらない。もっと先へ。

 甲府。家ばっかりで面白くなさそうだ。まだ行ってみよう。ただこの辺まで来ると、こういう言い方をしては何だがだいぶ人種が変わってきた。いい傾向だ。

 いくつか駅を通り過ぎる。駅で降りてしばらく過ごして夕飯でも食べて帰るとなるともうそろそろ降りなければならない。だがもうちょっと先へ。

 小淵沢。ここだ!決めた。何もなかろうがすべて許す。ここしかない。そして駅から外に出た。


 涼しいし空気がうまい!しかも人がいない!夏場にこんなところがあるなんて頭からすっかり消えていた。天国!来て良かった。

 さてそれではどこに行けばいいんだろう。どこでもいいや、とにかく歩こう。この空気と山に囲まれたのんびりした家並みが名所そのものだ。あとは何も必要ない。ただただ歩いた。

 暗くなってきたのでそろそろ帰ることを考えなくてはならない。帰る前に夕飯のついでにビールを一杯。正直に言ってこんなにうまいビールを飲んだのは何年ぶりだか何十年ぶりだかわからない。

 へモグロビンのことはすっかり忘れてた。またいつこういう機会が巡ってくるかわからないからその時のために鉄分ぐらい摂ってやろう。


 これを書いてる今日は電車に飛び乗って秩父に行ってきた。小淵沢に行った時ほどの衝撃はなかったがそれでも行って良かった。秩父はかつて札所の巡礼の人たちが足を運んだという。その人たちも今回の僕のように何かの思いにとらわれて巡礼を思い立ったのだろう。そしてこれから先も誰かが足を運ぶ。


 しかし日本中こう暑くなると南欧のように昼寝の時間を取るようになるのか?

  

 

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