第27話

                 カーニバル

 ハロウィーンが日本に知れわたるようになって数年経ち、若い人たちが仮装行列するようになって数年経ち、苦情が出るようになって数年経った。しかし最近の何となく息苦しい日本の中で羽目を外して大騒ぎしたいという若い人たちの気持ちも分からないではない。そこでこんな提案をしてみたい。ハロウィーンの日を全てがひっくり返る逆常識の日にしてはどうか。昔ヨーロッパで王様が家来になり、家来が王様になる日があったというが、そんな日を作ってみてはどうだろうか。

 その日、日本の政治家たちは飛行機が轟音を立てて飛び交う嘉手納基地の横で暮らし、その日、家庭をかえりみない旦那たちは一切の家事を任される。その日、子供の世話で忙しかった主婦たちは満員電車で出社し満員電車で帰宅する。その日、上司は部下に嫌味を言われ、そしてその日、サッカー選手はボールに蹴られる。

 悪くない一日になりそう。


 だがよく考えてみた末に自分で自分の提案を却下したい。何故ならその日、僕はタバコも吸えず、酒も飲めないばかりか、早起きをしなくちゃならないことになる。やっぱり普通がいいや。




               世界で一番怖い本

 何となくゲーテのことを考えていたらある恐怖体験の記憶がよみがえってきた。ある本を読んでいて本当に怖い思いをしたのだ。


 その本とはフロイトによるゲーテの深層心理の分析で、確か『文明論』という本に入っていたと思う。間違っていたらごめんなさい。

 何故その本がそんなに怖かったかというと、ゲーテの深層心理を暴き出すということは、すなわち小説家なるもの深層心理を暴き出すことであり、それはそのまま小説家気取りの僕自身の正体が暴きだされるということになるから。僕自身はいったいどんな種類の化け物なのか?鼓動は高鳴り、次のページに進もうという指の動きが何者かに妨げられた。


 この文章を読んだあなたもおそらく小説家なるものに興味があり、それだけではなく自分自身が小説家に生まれて来たと感じている人もいると思う。そんなあなたも読んでみたら怖い思いをすること間違いなし。




                デズデモーナ

 夕方以降冷え込むことが多くなってきたこの間の夜、ベランダの植木に寒さで動かなくなったシジミチョウが眠っていた。全く無抵抗で。その気になれば僕はあの細い首を断ち切り、羽根を引き裂いてやることだってできるのだ。

 もちろんそんなことはしなかった。窓一つだけで遮られた頭の向こうで蝶が寝ているのはなんかいい気分だ、と考えながらいつのまにか寝てしまった。


 暖かくなった次の日の昼、シジミチョウはどこかに消えていた。


 

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