秋葉誠也は待っていた
ほどなくして北千住の裏路地を入り込んでいくと、いまだに店名がどこに書いているのかいまいちよくわからないタカラさんの中華料理店に辿り着く。
暖簾をくぐり、相変わらず薄暗い店内に足を踏み入れると、そこには白の調理服を着た秋葉先輩が暢気に中華そばを啜っていた。
「おかえりタカラさん」
「おい秋葉。お前なに勝手に食ってんだよ」
「え? でもちゃんと自分で作りましたよ?」
「そういう問題じゃねぇから」
タカラさんは秋葉先輩の肩を割と強めに殴った後、そのまま厨房の方へと消えていく。
どうやら団体客はまだ来ていないようで、店内は記憶通りの静けさを保っていた。
「お、綱海、来たか。どうだったタカラさんの車は。いかつかっただろ?」
「先輩。私、バイトの手伝いなんて聞いてないんですけど」
「言ったら来なかったろ?」
「わかりませんよ?」
「そうなのか? なんだ。じゃあ正直に頼んでもよかったかもな」
「それはどうですかね」
「なんだよそれ。ややこしい後輩だな」
「用件を言わず呼びだすこざかしい先輩よりましですよ」
秋葉先輩の顔を見るとつい憎まれ口を叩きたくなってしまう。
どうしてだろう。
この人からは他人の性格を悪くする、文字通りマイナスイオンが出ているのかもしれない。
しかし当の秋葉先輩本人は何も気にした様子なく、マイペースに黄色の強い縮れ麺をせっせと口の中に運んでいる。
私もまだ朝から何も食べていない。
食欲を誘う醤油の香りに胃袋が存在を主張し始めていた。
「午後は忙しくなる。アンタも食べておきな」
すると厨房からまたこちら側へ出てきたタカラさんが私にも中華そばを出してくれる。
暖かな湯気が立ち昇っていて、その魅惑的な提案を断ることはできなさそうだった。
「いいんですか? ありがとうございます」
私が頭を下げるよりも早く、タカラさんはまた店の奥へと姿を消してしまった。
それでも深く礼をした後、手を合わせていただきますを言ってから、私は若干赤みがかった黒檀色のスープに蓮華を伸ばす。
深いコクとちょうど塩気はこれ以上ないと思えるもので、厚みのある叉焼は噛むたびに旨味の染み込んだ脂が滲み出た。
中太の縮れ麺はスープとよく絡み合い、味はしっかりしているのに簡単に喉を通っていく。
人間心が落ち込んだ時は食事を楽しめないというけれど、今だけはその俗説を信じられないでいれた。
「食べたな」
私がタカラさんの中華そばに舌鼓を打っていると、なぜか秋葉先輩がいやらしい笑みを浮かべてこちらを眺めていた。
「食べたね」
嫌な予感がして背後を振り返ってみると、知らない間にラフな服装から秋葉先輩と同じ白のコック姿へと見た目を変えたタカラさんが立っている。
端正な容姿はこれまたいかがわしい微笑に崩れていて、私は自分がまんまと罠に嵌められたことに気づく。
「じゃあこれ、着て貰おうかな」
タカラさんはおもむろにやたらと布面積が少ない服を私に差しだしてくる。赤を基調とした中に金色の刺繍が幾つも描かれている。
その服の名前がチャイナドレスだということはすぐに理解できた。
「むりです」
「アタシの料理食べたろ?」
「でもむりです。さすがにこれは」
「ただの制服だ。恥ずかしがるなよ。私服で働くわけにもいかないだろ? 油とか汁とか跳ねるしな」
「それでもむりです。他にないんですか?」
「ないな」
心底楽しそうにタカラさんは口角を吊り上げ私には選択肢がないことを告げる。
恨めしく完全に調和のとれた味わいの中華そば睨みつけるが、返ってくるのは魅惑的な香りばかりだ。
「いいじゃねぇか、綱海。着てみろよ。きっと似合うぞ」
「……わかりました。でもこの服を着ている私のことを先輩が視界に入れたらセクハラで訴えますから」
「いやそれはちょっと厳しくないか? 俺仕事にならんぞ?」
私が諦めてチャイナドレスを受け取ると、タカラさんは更衣室に案内すると言って手を引っ張っていく。
気のせいかタカラさんのテンションがやや上がっている気がする。
やはり秋葉先輩に関わるとろくなことがないと私は改めて思い知るのだった。
午後一時を過ぎた頃、タカラさんの言っていた中国人の団体客が二十人ほど一斉に店へやってきた。
顔つきはパッと見私たちとあまり変わりがないように思えるが、服装や髪形から不思議とすぐに日本人ではないことを察せられた。
人種の分かつものは見た目などの身体的特徴ではなく、生まれ育った地域の文化なのかもしれない。
どういった伝手でこんなに大量の中国人客を呼んだのか分からなかったが、彼らが来てからは目が回るほど忙しかった。
私からすれば甲高い鳥の鳴き声にしか聞こえない言語の注文をタカラさんが承ると、そのまま厨房へ向かい秋葉先輩と共に手際よく調理をしていく。
私は水汲みや、追加注文の度に唯一中国語を理解できるタカラさんを呼びに行く役割を序盤は担い、料理が出来てからはそれを慣れないチャイナドレスを身に付けた状態で片っ端から運んでいった。
膝だけではなく太腿まで露わになってしまうスリットには初めこそ羞恥を覚えたけれど、両手に天津飯やチンジャオロースを持って店内を往復しているうちに、歩きやすいようにもっとスリットを深くして欲しいと思うようになった。
注文が落ち着くと、私は調理をする際に使用した器具を洗う役割も負い、配膳と皿洗いの二足の草鞋で手足を両方とも酷使した。
そして三時半を回る前になるとやっと中国人の団体客は食事を終え、満足そうに腹を叩きながら店を皆出ていった。
その際、客の内の一人の少し小柄な男の人とタカラさんは会計の時に何やら数分間話し込んでいたので、おそらくあの人がタカラさんと何かしらの関係があって、今日大人数を呼びこんだのだろう。
タカラさんの堪能な中国語を考えると、親戚と言われても信じられた。
「先輩。タカラさんって中国のハーフなんですか?」
「さあ。どうだろうな。そう言われても不思議じゃないけど、あの人たしか英語とスペイン語も話せるから」
「なんですかそれ。何者ですかあの人」
「なんか若い頃バックパッカーして世界中を旅してたらしい。世界中を食べ歩いた結果、中華料理が一番美味しかったから、中華料理店をやってるって言ってたぞ」
「そうなんですか。なんか凄いですね。でもタカラってあだ名ですよね? 本名は
「ホウさん?……ああ、そうか。そういえば店名はホウ中華料理店だっけか。違う違う。逆だよ逆。綱海にはそういえばタカラさんの本名教えてなかったな」
私と秋葉先輩は嵐のようなバイトを終え、まかないのレバニラ炒めと杏仁豆腐を箸でつついている。
タカラさんは喫煙者らしく、一服しに店の外に出ていた。
「タカラさんの本名は
「あ、そうだったんですか」
てっきりタカラは苗字の方だと思っていたが、どうやらそれは私の思い込みだったみたいだ。
そしてホウという呼び方があだ名で、むしろタカラが正しい呼び方だったらしい。
これまでずっと勘違いしていて、それを疑うこともしなかった。
人間一度思い込むとそれを中々変えることができないものだ。
思い込み。疑うこともしなかった。
一瞬、私はそのフレーズがやけに頭に残ったが、その不透明な感覚の正体を今は掴むことができない。
「おい。クソガキども。今日の給料だ。助かったぞ」
「あざす、タカラさん」
「ありがとうございます」
一応まだ閉店時間にはなっていないのに、プルオーバーのパーカー姿というあからさまな部屋着に着替えたタカラさんは、私と秋葉先輩の名前がそれぞれ書かれた茶封筒を二つ持ってきてくれる。
中身を見てみれば諭吉の顔がこちらを優しく見つめていた。
たしかに忙しかったけれど、時給換算的には破格の給料だった。
「あの、タカラさん。ちょっとこれは貰い過ぎじゃないですか?」
「いいのさ。秋葉に騙されて今日は来たんだろ? アンタが余計だと思う分は全部秋葉の給料から差っ引いてあるから心配するな」
「もしかして俺の茶封筒には綱海の半分しかお金が入ってないのはそのせいすか?」
「馬鹿言うな秋葉。それはきちんと今日の分を渡してある。引いた分の給料はまだ未計算だよ」
当たり前のことを言わせるなとばかりに溜め息を吐くタカラさんを見て、秋葉先輩は口をあんぐり開けて絶句している。
でもまかないの美味しさとかを考えれば、十分恵まれたバイト先だと思った。
もし私もバイトするならこんなところがいい。
私はもう一度タカラさんに頭を下げてから、借りたチャイナドレスから着替えるべく店の奥へと小走りで向かう。
足腰には疲労が残っていたけれど、口の中には杏仁豆腐の甘さが残っていたのであまり悪い気分はしなかった。
「今日は本当にありがとうございました」
「こちらこそありがとな。気が向いたらまたうちで働いてくれ。アンタならいつでも大歓迎だよ」
四時を過ぎて、空が茜色に染まってきた頃、私はタカラさんの中華料理店から出て今日一日お世話になったことを感謝していた。
朝起きた時はバイトするつもりなんてまるでなかったけれど、今はここに来てよかったと思えた。
今日タカラさんのところで働いていなかったら、心も体も腐り切っていた気がする。
そういう意味では手段こそ褒めたくないものだが、秋葉先輩にも感謝しないこともない。
「お疲れ様でした、タカラさん」
「お疲れっす、タカラさん」
「おう、またな、秋葉、鳴子」
タカラさんは私と秋葉先輩の胸を軽くこつんと叩くと、店の中へ戻っていく。家まで車で送ってくれるという提案もしてくれたけれど、さすがにそこまではお世話になれない。
来る時とは違って、秋葉先輩ももう帰るので店には誰もいない状態になってしまうからだ。
店の扉が閉まり、タカラさんの背中が見えなくなると、私たちはどちらからというわけでもなく駅に向かって歩き出す。
秋葉先輩は最寄り駅が北千住と言っていた気がするので、本当は帰り道はこっちではないのかもしれない。
でも私は何となくその事を指摘しようとは思わなかった。
「仕事、覚えたか?」
「配膳と皿洗いなら」
「これからは調理もやって貰うことになるからな。そっちも早く覚えろよ」
「これからって何ですか。まあ、でもたしかにバイトするならタカラさんのところでとは思いますけど」
「本当か? それはよかった。タカラさんもお前のことは気に入ってたみたいだしな。喜べよ? あの人があんなに愛想よくしてるの久し振りに見たぞ」
「あれで愛想よかったんですか? 最初西新井で会った時とかわりと怖かったですよ?」
「あの人感情があんまり顔に出ないからな。誰かに似て」
「誰ですか」
「誰だろうな」
「なんかムカつきますね。訴えますよ」
「おいおい女子高生は無敵だな」
秋葉先輩は夕暮れに温度を下げた風に髪を揺らしながら、楽しそうに笑っていた。
ふと思わず想像してしまう。
秋葉先輩と私が横になって厨房に立ち、注文を取ってきたタカラさんに料理を受け渡す光景を。
その光景はあまりに優しいシアン色が濃すぎて、私を取り巻く無彩色の現実を忘れさせる。
「少しは気、晴れたか?」
秋葉先輩の深いテノールが鼓膜に響く。
それは全てを見透かしたような音含んでいて、私の足が一旦止まる。
「気、つかってくれたんですか」
鬱屈したアルトを渇いた空気に響かせる。
本当は分かっていた。秋葉先輩が自分自身のために私を振り回したわけではないことくらい。
「べつにつかってないさ」
「そうですか」
「ああ、そうだよ」
もう一度再び歩き出す。
いつもより遅い私の歩みに、秋葉先輩は何も言わずに合わせてくれた。
「……恵那のこと、本当に深浦が殺したんでしょうか」
「お前はそう思うのか?」
「思いません」
「じゃあ、違うんだろうな」
それはまるで禅問答のようなものだった。
秋葉先輩は私に答えを与えようとはしない。
この人はただ、待っているのだ。
ずっと待っている。
私が答えを導き出すことを、私が自分の足で進んでいくのを。
「……猫の変死事件。犯人が私だと思いますか?」
「お前が犯人なのか?」
「違います」
「だったら違うんだろ」
秋葉先輩は肯定するだけ。
秋葉先輩は私に疑問を抱こうとはしない。
そうなのだ。
秋葉先輩は警察でも探偵でも救世主でもなんでもない。
ただの先輩だ。新聞部の先輩。
もし私を取り巻く世界が間違っているのなら、それを正せるのは私自身しかいない。
「私、深浦は犯人じゃないと思います。SNSでの自白には何かトリックがあると思います。もしかしたら自殺ですらないかもしれない。そう見せかけられただけで」
私が自分の考えを吐露しても、秋葉先輩は穏やかに口元を緩めるだけで、何も意見しようとはしない。
これまでのように私が事件に介入するのを止めようとはしなかった。
「猫の変死事件。これもやっぱり恵那と深浦の事件に関係していると思います。根拠はまだありませんけど」
赤橙の光が私と秋葉先輩の顔を照らす。
どうしてかわからないけれど、夕焼けに染まる秋葉先輩は今にも泣き崩れそうに見えた。
「間違ってるって、言わないんですか?」
「ああ、もう言わないよ。俺は、お前を信じてるから」
今度は秋葉先輩が足を止める。
烏羽色の瞳を真っ直ぐと私に向けて、私を信じると言う。
安寧の微笑はもう崩れていて、痛みを堪えるように下唇を強く噛み締めている。
「だから綱海、お前も自分を信じてくれ。お前の見た景色、会った人、聴いた言葉。それがきっとお前の力になる。きっと答えはもう見える場所にあるんだ」
立ち止まったまま秋葉先輩はもう動こうとしない。
まるでもうそこから先へは行けないように。
悲しそうに、それよりも寂しそうに、秋葉先輩は沈みゆく太陽の光の中で足を止めていた。
私の見た景色、会った人、聴いた言葉。
秋の風が、吹き抜ける。
別れの記憶が舞い戻り、私は信じるべき言葉を思い出す。
『綱海には本当に悪いと思ってる。だからお前には全部教えるよ。明日になったらな』
最後に深浦に会った時、彼は私にそう言った。
明日になったら、全てを教えると。
私はその言葉を信じるべきだったのだ。
思い出せ。
あの時、深浦はどこへ向かった?
深浦は私に別れの言葉を告げずに去って行った。
もし自ら命を絶つつもりだとすれば、それは別れの言葉を告げる方法が彼の中に直接会って言葉を交わす以外に存在していたからだ。
思い出せる。
あの時、深浦がどこに向かっていったのか。
下校時刻はとっくに過ぎて校外にいたのに、深浦は私と同じ様に駅に向かうことはせず、反対側、つまりまた学校の方へ戻っていった。
それが意味することはただ一つ。
「先輩、私、行ってきます」
「ああ、行ってこい」
どこへ、と私は告げなかった。
どこに、と秋葉先輩も訊かなかった。
もし深浦の言葉を信じ、私に全てを教えるつもりだったのなら、きっと彼は言葉を残しているはず。
日和恵那、深浦大和、そして綱海鳴子。
この三人を繋げることのできる場所はたった一つしかない。
私は秋葉先輩に頭を深く下げると、踵を返して駆けだす。
目指す場所はただ一つ、東京都立白吾妻高等学校新聞部の部室だ。
深浦を信じるなら、おそらくそこに何かメッセージを残しているはず。
走り出した私を、秋葉先輩が追うことはしなかった。
先輩は静かに遠ざかる私の背中を見送るだけ。
何度か振り返ってみたけれど、秋葉先輩は茜の影に取り残されたまま動けないでいる。
この時の私は、やみくもに走り出すことしか考えることができなかった。
だけどこの時に後悔しても全てはどうせ遅かった。
だからこれでよかったのだろう。
電車に飛び乗り、高校の最寄り駅である亀戸駅で降りた私は、祝日のおかげか閑散としていた部活動を行う生徒すらいつもより活気がないように視える高校に入り込んだ。
そして迷うことなく新聞部の部室に入り、相談ボックスの中に手を探らせる。
指先に感じる荒い紙の質感。
予想通りそこに投函されていた手紙を手に取り引き出す。
手紙を書きしたためた後、少し迷いが生じたのか、手紙はすでに一度開封された形跡があった。
しかし中身は入ったままで、私は震える手でゆっくりと手紙を開く。
綱海鳴子へ、で始まる手紙には、おそらく深浦の筆跡と思われる見たことのないバランスの悪く平仮名が小さくなり過ぎる傾向のある文字でこう書かれていた。
“綱海鳴子へ
すまない。綱海には本当に悪いと思っている。
恵那を、日和恵那を殺した犯人を知ってるって俺は言ったよな。だからまずはその犯人を伝えようと思う。
犯人は深浦大和。恵那を殺したのは俺なんだと思う。
十一月十三日月曜日、あの日の放課後、俺は手紙で恵那に視聴覚室へ呼び出された。ここ最近の俺たち関係について話し合おうって言われて。
そして視聴覚室に先に着いた俺は、一人で恵那を待っていた。そしたらいきなり部屋の電気が消えて、突然誰かが後ろから俺の首を絞めてきたんだ。俺は慌ててそいつを振り払った。
その時だよ、全てが狂ってしまったのは。
俺が突き飛ばした相手は、机の角に頭をぶつけてそのまま床に倒れ込んだ。部屋は暗かったけど、背丈と髪型でそれが恵那だと分かった。パニックになった俺は恵那に声をかけたけど、恵那は答えない。倒れ込んだまま動かなかった。
これはまずいと思ったけど、その時部屋の外に誰かが近づいてくるのがわかって、パニックになった俺は思わず視聴覚室から逃げ出してしまったんだ。
これが全部だ。事件の顛末なんてあっけないものだろ? こんな馬鹿なことあるのかって、俺が一番びっくりしてるよ。
たぶん恵那は自分を疑う俺にムカついてて、ちょっと俺をこらしめてやろうと思っただけなんだろう。なのに俺が過剰に反応しちまった。
違うな。そもそも恵那を疑った俺が悪いんだ。あいつを信じてやれなかったから。バチがあたった。綱海に恵那が俺を裏切ってなかったと聞かされた時は正直吐きそうになったよ。
綱海、俺、言ったよな? 恵那を殺した犯人がわかったら俺が殺すって。
その言葉、嘘じゃないぜ。今俺は、恵那はずっと正直で、まがいものだったのが俺だけだったと知った。だから俺が恵那の復讐を果たすよ。
綱海、本当にごめんな。お前の親友、俺が奪っちまった。謝って許されることじゃないのはわかってるけど、言わせてくれ。本当にごめん。
それじゃあ、さよなら。
俺は俺を許せないし、お前も俺を許さなくていい。
深浦大和より”
手紙を読み終えた私は一度、諦める。
やはり深浦が犯人だったのかと。
しかし今更ながらに部室の明かりをつけると、その瞬間、脳裏に閃光が走った。
いつもとは違って部室の手前に置いてある秋葉先輩の青い置き傘を見つけると、私は膝から崩れ落ちて、無機質な灰色の天井を仰ぐ。
それは深浦の罪の告白に絶望したからではない。
それは真実に辿り着いてしまったから。
彼の独白をもう一読して、改めて確信した。
やはり深浦は犯人ではないと。
彼もまた犠牲者なのだ。
巧妙に張り巡らされた罠に引っ掛かり、彼は哀れな犯人に仕立て上げられた。
日和恵那の殺害。深浦大和の自殺。StoCという名の盗撮アカウント。猫の変死体。視聴覚室で誰にも気づかれずに行われた犯行。新聞部。明かりのついていなかった部室。青の置き傘。思い込み。宮下聡が殺した。
全てが繋がり、私は知りたくなかった真実に辿り着く。
どうして。どうして。どうして。どうして。
私が見たもの、聴いたもの、会った人。その全てを信じることはできない。
すでに私は友人を二人も失っている。
しかし、私が失うものはそれだけではまだ足りていなかった。
「……先輩だ。秋葉先輩が、恵那を殺したんだ」
私の親友を殺したのは、きっと秋葉先輩だろう。
新聞部の部室に唯一つけられた窓から覗く空はすでに茜を落として、真っ暗な烏羽色に染まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます