日和恵那は殺された

 日和恵那は殺された。

 十一月十五日の水曜日、寝坊してしまったついでに優雅な朝を過ごした私が昼過ぎに登校すると、学校中がその噂で持ち切りになっていた。

 どうやら今朝緊急集会が開かれ、そこで恵那の事件に関する学校側からの正式な説明が行われたようだ。

 

 プライバシーの関係か個人の名前こそはっきりと明かされなかったが、校内で生徒の一人が暴漢に襲われ、その結果亡くなってしまったという話が校長からなされたという。

 同時に不審者の目撃情報を募る旨や、校舎内に警察関係者が姿を見せる可能性などが知らされたらしい。

 さらに千絵から生徒の中にもすでに何人か恵那の事件に関係することで職員室に呼び出された者もいるという話も聞いた。

 やはり恵那は自殺や事故で亡くなったわけではなく、何者かによって殺されたのだ。


「やっぱり他殺だったみたいだね。なんか放課後の部活動もしばらくは制限されるらしいよ」

「部活動も? なんで?」

「そんなの決まってるじゃん。この辺をまだ日和さんを殺した犯人がうろついてるかもしれないんだよ? 防犯だよ防犯。また誰か襲われるかもしれないし」

「ふーん。早く犯人捕まるといいのに」

「すごい他人事だねぇ。ツナだって顔はけっこういけてるし、わりと狙われるタイプじゃない?」

「私は大丈夫だよ。愛想悪いし。犯人受けしないと思う」

「犯人受けってなにそれウケる。ツナってちょっと変わってるよね」


 千絵の話ではこれから恵那に関する事件がひと段落するまで、放課後十七時以降に校内に残ることは原則禁止となるらしい。

 部活動、委員会等でどうしても校内に留まりたい場合は担任や顧問から特別な許可を貰う必要があるという。

 どちらかというと私はあまり家には学校の事を持ち帰りたくない性質の人間だが、少しの間は新聞部の記事作成は自宅のPCでやらなければいけなそうだ。


「だけどさ、どう思う? 誰が犯人なのかな」

「誰って。そんなの私たちに分かるわけないでしょ。どっかの異常者が校内に不法侵入して、運悪く恵那がそこに居合わせちゃっただけじゃない」

「ツナ、本当にそう思ってる?」

「ふつうにそうでしょ。他にどんな可能性があるっていうの?」

「決まってるじゃん。内部犯。つまりは学校関係者だよ」


 推理ゲームを楽しんでいるかのように無邪気に笑いながら、千絵は白くて細長い指を一本立てる。

 彼女にとって直接は知り合いではなくとも、一応は同級生が亡くなったというのに気楽なものだ。

 

 私は若干苛立ちを感じたが、それもすぐに抑え込む。


 きっと千絵は悪くない。

 彼女が特別なわけではないのだろう。

 これが普通。友人でもないただの同級生が死んだところで、そこまで大きく心が痛むことはない。

 不謹慎であるとは自覚しつつも、背徳感のある話の種に饒舌になるだけ。

 

 それにたぶん、私の方が酷い。


 かつての幼馴染が誰かに殺されたというのに、涙の一つも流れなければ、姿の見えぬ犯人に怒りを抱くこともない。

 千絵よりよっぽど私の方が薄情だ。


「だってさ、考えてみなよ。わざわざふつう学校の中で人殺す? うち思うんだ。絶対殺したの、日和さんの知り合いだよ」

「……いやいや、さすがにそれはないって。知り合いってことは私たちと同じ高校生ってことでしょ。いくら喧嘩したり、なんかムカつくとか思っても殺しはしないよ」

「だからさぁ、たぶん本人は殺すつもりはなかったんだよ。こう、なんか、ものの弾み的な?」

「事故ってこと?」

「他殺寄りのね」


 私も考えてみる。

 この学校の中に恵那を殺した人物がいて、そいつが今も何食わぬ顔していつも通りの日常を送っている姿を。

 反吐が出そうになった。

 胃が酸を過剰に分泌している。

 今日の昼食は少なめで済むかもしれない。


「もし千絵の言う通りだとしたら、犯人は今頃どんな気持ちなんだろうね。想像もつかない」

「たぶん後悔とか、自己嫌悪で大変なことになってるんじゃない? もしかしたらそのうち自首するかもねぇ」

「どうかな」


 人を殺した時どんな気分になるのか。

 想像もつかなかったし、想像したくもなかった。

 たとえそれが偶発的なもので、自分の意志ではなかったとしても、決して殺人は許されることではない。

 少なくとも私はそう思っている。


「でさ、ツナはどう思う?」

「だからなにが」


 おもむろに千絵はこちらに顔を近づけて声量を絞る。

 なにやらあまり周囲には聞かれたくない話のようで、何となく私は彼女が考えていることに察しがついた。


「犯人だよ、犯人。だってほら、昨日言ってたじゃん。新聞部に匿名の手紙が届いたって」

「……ああ、宮下聡のこと?」

「そうそう、それそれ。会いに行った?」

「べつに行ってない。というか顔知らないし」

「えー、そうなの? 取材とかしなくていいの? 顔くらいならうち教えられるよ?」

「……べつにいい。私の担当じゃないし」


 おそらく千絵は恵那殺しの犯人がやはり宮下聡ではないのかと疑っているみたいだ。

 彼女らしいシンプルで迷いのない発想。

 軽そうな雰囲気に反して口の固い千絵は、まだその事は誰にも言っていないという。


「うーん、どうかな。宮下聡と恵那はクラスも違うし、接点がなさすぎる気がするけど」

「えー? 昨日はツナも宮下くんが怪しいって言ってたじゃん。なんで気が変わったの?」

「怪しいとまでは言ってないでしょ。それに一晩経ったら、やっぱり関係ない気がしてきた」

「そうかなぁ、うちは宮下くんが何かしら関係してるんじゃないかなって思い始めてきたけど」


 昨日こそ短絡的な思考で、宮下聡が殺したというメッセージが恵那から送られてきた最後のSOSである可能性を考えていたが、今はあまりそうは思っていない。

 理由の一つとしてはまさに千絵から言われたように、文面の不可解さだ。

 なぜ宮下聡に殺される、または殺されそうなどといった言い回しではなく、宮下聡が殺したと言い切っているのか。


 分からないことは他にもある。

 どうしてわざわざ新聞部にこの情報を伝えたのかということだ。

 担任の先生や、部活の顧問、他にも生徒相談室だって選ぶことはできたはずだ。

 もし本当に切羽詰まっているのなら警察という選択肢もある。

 それにも関わらずあえて校内で特別に強い権力を持っているわけでもない、万年部員募集中の地味な新聞部を頼った意味がわからない。


「勝手に恵那の事件と関係があるって決めつけてたけど、案外全然関係ないことなのかも」

「うそー。絶対関係あるって。だってツナ言ってたじゃん。この手紙書いたのたぶん日和さんだって。よくわかんないけど、根拠はあるんでしょ? 名指しのダイイングメッセージだよ。怪しいって」

「全部偶然なんだよきっと。このメッセージを新聞部に送った日に、たまたま死んじゃっただけ。たぶんね」

「そうかなぁ。だったらこの手紙はどういう意味なの?」

「それは……わかんないけど」


 私は改めて千切られた形跡のある紙切れへ綺麗に書き並べられた文字を眺めてみる。

 私は昔から他人の字体に注目する癖があるので、恵那の字はよく覚えている。

 何度見てもこれはやはり恵那の字だ。

 恵那はいったい何を伝えたかったのだろう。

 彼女の想いを掴み切れないことはたしかに歯がゆく、情けない気持ちになった。


「だいたいさ、その宮下聡ってのは暴力的なタイプなわけ?」

「うーん、昨日も言ったけど、どっちかっていえば大人しい真面目系かなぁ」

「ほら」

「でもでも、よく言うじゃん。一見物静かな人が実はキレたらヤバいみたいなやつ」

「で、クラスも違う恵那と喧嘩して、ブチ切れたと?」

「いや、それはほら、もしかしたら日和さんに告白して、それでフラれて逆切れみたいな。日和さんスタイルもよくて人気者だったって聞くし」

「告白? それはないって。だって恵那彼氏いるじゃん」

「え? そうなの? ツナ、よく知ってるね」

「……有名だよ。同じ陸上部の深浦って奴」

「あー、言われてみれば、たしかに彼氏っぽい人いた気がする。でも玉砕覚悟で頑張ったのかもよ?」

「玉砕覚悟なのにフラれて逆切レ? いやいや、さすがにおかしいでしょ」


 深浦大和みうらやまと

 陸上部の短距離走の有望株で、春が終わる頃にはもう恵那と付き合い始めていたと聞く。

 二人ともクラスでは中心にいるタイプの人間で、勉強も運動も得意な人気者同士。

 典型的な理想のカップルで、交際していることを隠すつもりもないらしく、廊下で白昼堂々手をつないでいる光景をよく見かけた。

 恵那の訃報を聞いて、今頃深浦はどんな想いを抱いているのだろうか。

 恋人を失うつらさも、そもそも恋人を手に入れる喜びすら知らない私には分からないことだろう。


「宮下聡と深浦大和が日和さんを巡って、愛憎のもつれの果てに起きた悲しい事件。案外それが今回の事件の顛末なのかもしれないよ」


 千絵は暢気な顔で微笑みながら、適当なことを口にしている。

 所詮私たちは事件の関係者でもなく、探偵役でもない。ただの傍観者に過ぎない。


 私は昼食代わりにミルクティーでも買いに行こうと腰を上げる。

 うちはレモンティーがいいなどと千絵がのたまわっていたので自分の分は自分で買えと言えば、彼女は似合わない不細工な表情をつくりながら私の横に並ぶ。

 

 恵那の死を知った昨日からお腹がほとんど空かない。

 

 かつての親友がいなくなってしまったことに対する悲しみ、やるせなさ、怒りの感情と同様に、ずっと食欲もまるでわいてこなかった。







 一日の授業を終えると、私はそそくさと職員室に向かっていった。

 今後の新聞部の活動についての方針や記事を顧問の佐久本先生に尋ねるためだ。

 これからしばらくの間は記事の執筆などはおそらく家で進めることになるのだろうが、データを持ち帰るのにも一応許可がいる。

 それに個人的には部室で記事作成は行いたいので、可能ならば校内に居残る許しをもらえたらいいなとも思っていた。


 段々と空気が冷たくなり始めてきた廊下から見える景色は、同じ高校の生徒が一人死んだにも関わらず普段とまるで変わっていないように思えた。

 いつも通りの日常だ。

 私の頭の隅には常に恵那の影が落ちているが、この澱みもいつか消えてなくなってしまうのだろうか。


 時間は誰に対しても平等に進んでいく。

 それは私のように呼吸をしている者に間に対しても、恵那のように心臓を動かす理由を失くしてしまった者に対しても。

 だから私は怯えていた。

 涙を一滴も流すことなく、このままいつか自分が恵那のことを忘れ去ってしまうであろうことに、たしかに怯えていたのだ。


「失礼します」


 この二日間ほどまともに食事をしていないせいか沈鬱な気分を引き摺っていたが、職員室の扉を開くと鼻腔に珈琲の香りが広がり、湿っていた心が若干マシになった。

 飲むのはあまり得意ではないが、珈琲の香りはわりと気に入っていた。


 私の部屋のように雑多でどこか混沌とした雰囲気の流れる職員室を見渡すと、お目当ての人物がすぐに視界に入る。

 しかし私の探し人の隣りには意外な顔見知りの姿もあって、珍獣を見つけたようなちょっと得した気分になった。


「お疲れ様です、佐久本先生、秋葉先輩」

「あれ鳴子なるこさん? わざわざ僕のところまで来てどうしました?」

「お、綱海か。昨日はどうだった。ちゃんと一人で家まで帰れたか?」

「先輩、他人を茶化す暇があったら、昨日私からむりやり奪い取ったお金返してください」

「むりやり? ちょっと誠也くん、何の話?」

「ば、馬鹿。誤解するような言い回しやめろよ。ちゃんと返すっての。……その、今も財布持ってないけど」


 猫のような癖毛を指で弄り回しながら、佐久本先生が穏やかな微笑を保ちつつも鋭く秋葉先輩を睨みつけている。

 誤魔化しを許さないその鳶色の視線に耐え切れなくなったのか、秋葉先輩は正直に昨日あったことを話した。

 変なところで調子のよい秋葉先輩は、飲み物を私の方から奢って欲しいと言い出したような口振りだったが、心優しい私はあえて訂正のために口を挟んだりはしなかった。

 年上の小さなプライドを守ってあげる余裕くらい、私にだってあるというわけだ。

 でも今度お金を返してもらう時は絶対に倍以上は要求するつもりだった。


「じゃあ俺、もう行っていいですかね? 綱海も来たことですし」

「うん。そうだね。もう訊きたいことはだいたい訊いたし、行っていいよ。元々、べつに僕が知りたいわけじゃないしね」

「はは。なんかやさぐれてますね先生。中間管理職も大変ですね」

「まったくですよ。まあこんな愚痴、生徒に言うものじゃないんですけど」


 まだ佐久本先生は二十代後半のはずだが、疲れが溜まっているのか今はだいぶ老け込んで見える。

 頭には白髪が数本混じっていて、机の上に置かれたカップには半分ほど黒い液体が残っていたが、もう白い湯気は昇っていない。


「それじゃあ先生、俺はこれで失礼します。綱海もまたな」

「わざわざありがとね、誠也くん」

「先輩、お金」

「だからわかってるって。次会う時には必ず返すよ」


 そして秋葉先輩は佐久本先生に頭を小さく下げ、私の肩を軽く叩いてから去って行った。

 セクハラだ。

 今度やられたら訴えようと思う。


「それにしてもやっぱり誠也くんみたいな明るくて爽やかな子と話していると心が癒されるよ。これも生徒に言うことじゃないんだけど、しばらくの間嫌味な人たちとずっと一緒にいたから余計にね」


 佐久本先生は肩を自分で手揉みしながら、深い溜め息を吐いている。

 この先生はなぜか秋葉先輩の人柄をやたらと評価していて、幽霊部員にも関わらず部長に任命することに一切躊躇しなかったほどだ。

 私には明るくて爽やかというよりは、いい加減で信用ならない人といった印象の方が強いが、どうも人によっては映り方が変わるようだ。

 もっとも佐久本先生の場合は優し過ぎるというか、好意的な色眼鏡をかけ過ぎている気がするけれども。


「それで鳴子さんはどうしたの? たぶん授業の質問じゃないよね。鳴子さんは成績優秀だから」

「はい。ちょっと部活動のことで」


 薄らと生えている顎髭を一撫ですると、佐久本先生は私の方に向き直る。

 机上には採点途中であろう数学の小テストが並べてあるのが目に入り、私は仕事の邪魔をしないようになるべく簡潔に話を済まそうと思った。


「記事の執筆をするのにデータの持ち帰りをしたいんですが、その許可を頂こうかと。あと、可能なら校内で居残りをするための許可も」

「ああ、その話ね。ちょうどさっき誠也くんとも相談したんだけど、とりあえず来月分の校内新聞は発行を延期しようと思ってるんだ」

「え?」


 ごめんね、と小さく謝りながら佐久本先生は頬を掻く。

 そんな先生からのまるで予想していなかった返答に私は思わず硬直してしまった。


「どうしてですか? 月曜日の事件のせいですか?」

「うーん、まあ、基本的にはそうなんだけど、これは僕というよりは部長判断かな」

「部長? 秋葉先輩が延期を先生にお願いしたということですか?」

「そうだね。そういうことになるかな。一応まだ職員会議で話してないから正式な決定じゃない。でもたぶん会議でもこの要望は通ると思う。もう来月分の記事を書いて貰ってる鳴子さんには悪いと思ってるけど、本当にごめんね」


 謝罪の言葉を重ねる佐久本先生に対しては特に何も思うことはない。

 しかし、この事態を引き起こした張本人に対しては、少しばかり腹に据えかねる思いが沸々と湧き上がって来ていた。

 どうして私に一言も相談せずに勝手に話を進めるのか。

 名ばかりの部長でろくに部室に顔も出さないくせに、いきなり現れてやりたい放題。

 さっきだって顔を合わせたのだから、その際に何かしらの説明を私にすることもできたはず。

 言いようのない苛立ちを自認しつつも、私はそれを佐久本先生にぶつけることはないように努めた。


「先生も秋葉先輩と同意見なんですか?」

「そうだね。正直こんなことがあったからね。発行延期という判断はそこまで悪いものじゃないと思うよ。もちろん僕の方から強制はしようとは思わないけど、誠也くんがそうするべきだと考えたなら、それが正解なんだと思う」

「でもその埋め合わせは誰がするんですか? 延期ということは、そのうちまた発行するんですよね?」

「そう願っているよ。だけど事態が落ち着いて、本来の発行ペースに戻るまでは臨時記事を全部誠也君が書いてくれるって言ってたから、鳴子さんは心配しなくていいよ」


 臨時記事は全て秋葉先輩が担当する。

 その話を聞いて、私の苛立ちは収まるどころか増すばかりだった。

 元部長の川澄先輩が抜けてからというもの、ずっと校内新聞の記事を埋めてきたのは私だった。

 べつにライターとして誇りがあるわけじゃない。

 でもこれまで何もしてこなかった無駄に歳だけ私より一年多く取ってるだけの人に、いきなり全部奪われるのはどこか癪に障るのだ。


「分かりました。その話を秋葉先輩からじゃなくて、先生から聞かされるのが少しだけ納得いきませんが、理解はします」

「め、珍しいね、鳴子さんが怒ってるところ初めて見たよ。てっきりもう鳴子さんには誠也くんから話がいってるのかと思ってたけど、これはちょっと先走っちゃったかな」


 佐久本先生は気まずそうに笑ってはいるが、どこか私の様子を窺うような目つきだ。

 どうやらあまり感情が表に出ないことで有名なこの私から、目に見えて不機嫌な気配が漂っているらしい。


「今日はその話をするために秋葉先輩が先生に会いに来ていたんですか?」

「う、うん? あ、いや、違うよ。呼んだのは僕の方。発行延期の話はそのついでだよ。もしかしたら今さっき決めたことなのかもしれない。だからあんまり誠也くんのことを嫌いにならないであげてね?」


 べつに私は秋葉先輩のことを嫌いになったりしない。

 元々あの人にはそこまで興味もないし、期待もしていないから。

 ただ非常に腹が立つことだけはたしかだ。


「それにたぶん、一応誠也くんなりに鳴子さんのことを気遣っての判断だと思うんだ。今、鳴子さん大変な時期でしょ?」

「秋葉先輩が私のことを気遣うなんてありえませんよ。私たちそこまで仲良くないですし」

「だからそんな風に誠也くんのことを言ってあげないでって。ああ見えて、結構誠也くん、鳴子さんのこと心配してるんだよ?」

「そうですかね。秋葉先輩が私を心配する理由ないと思うんですけど」

「ほらだって、あんまり大きな声で言えないけど、一昨日亡くなった子。鳴子さんの知り合いでしょ?」

「まあ、知り合いといえばそうですけど」


 どうやら秋葉先輩と佐久本先生は、私が恵那の死によって心的ストレスか何かを抱えていると思い込んでいるようだ。

 彼女は私と同学年で性別も一緒なので、先輩や先生たちからしたら他の人より私がショックを受けているように思えるのだろう。


「今の鳴子さんにはなるべく負担をかけさせたくないんだと思うよ、誠也くんは。特に鳴子さんみたいなタイプは、誠也くんから見ると守ってあげたくなるんじゃないかな」

「なんですかそれ。私からすれば秋葉先輩は守って欲しくないタイプの人間ですけど」

「あはは。本当に鳴子さんは誠也くんに厳しいね。でも鳴子さん、もしも本当につらい時は、ちゃんと家族とか友達とか、それこそ誠也くんに甘えないと駄目だよ? なんなら僕でもいい」

「心配し過ぎですよ。私は大丈夫です」


 穏やかな口調は保ったまま、表情だけ真剣なものに変化させて佐久本先生は真っ直ぐと私を見つめる。

 

 自分で大丈夫と言っておいて思う。

 私は本当に大丈夫なのだろうか。

 そもそも大丈夫なのが正常なのかすらわからない。

 

 それにしてもこの人はどうしてそこまで私を慮ってくれるのだろう。

 反対に申し訳ない気持ちにすらなってしまう。

 先生からすると私は、同級生が一人死んだだけで精神的に不安定になってしまうほど感受性豊かな人間と思われているのか、それとも私と恵那がただの同級生というだけの関係性ではないと気づいているとでも言うのだろうか。

 

 後者は真実だが、正解ではないはず。

 

 その、はずだった。



「ううん鳴子さん、大丈夫なわけがないよ。だって鳴子さんと彼女は幼馴染だったんでしょ? 誠也くんから聞いたよ。僕は親友やそれに近い人を亡くしたことがないから、鳴子さんの喪失感とか悲哀心に共感はできないけど、それこそ理解はできるつもりだよ」




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