deimos02-04

 打開策が思い浮かばず俺は焦っていた。

 雷撃は効いているように見えないし、テューポーンとアレスもデイモスが生み出した獣の相手に追われている。

 黒い霧は広がり、触れた先で草木を枯らしていく。

 その霧に触れないよう、俺達は距離をとってデイモスに隙はないか観察していた。

 だが、何も見つからない。

 このままではいずれ……。


「心を強く持て!」


 聞いたことのない声がすぐ横でした。


「ヘラクレス、来たのか……」


 アテナがその声の持ち主の名を呟いた。


「玖珂駿介よ。覚悟が足りないぞ……。

 いいか、生きることは戦いだ。

 そんなこと判っているだろう?


 人間同士でさえ、時には命を奪ってでも、自分の生のために戦う。

 その戦いで勝利するために、様々な力を求める。

 肉体的な力、精神的な力、知力、経済力、政治力などを求める。

 

 その戦いには理不尽な場面もある。

 理不尽な戦いで敗れた者に生じる状況、それが悲劇だ。

 お前は悲劇を嫌い、悲劇的な目に遭った者を救いたいと思っているはずだ。


 ならば、デイモスを倒せ。

 何故ならアレは、生きるための抗えない戦いで苦しんだ者、悲しんだ者、恨みを持った者などから生じた感情そのものなのだ。

 感情的な破壊への希求そのものなのだ。


 アレには悲劇に遭った者達の感情も含まれている。

 誰かを救おうというならば、身体や命だけでなく気持ちも救え。

 お前はそうしたいと思っているはずだ。


 アレの存在は、敗れた者達の気持ちを残しているだけだ。

 誰も救わない。

 それどころか悲劇の連鎖を生むのだ。

 

 だから強くあれ、覚悟を持て。


 立ち向かう気持ちがあるなら、我はお前に力を貸そう。 

 勝てそうもないと諦めるな、挑戦しろ。


 どうだ、玖珂駿介。

 お前に挑戦する気持ちはあるか!」


 ヘラクレスめ、ちくしょう、好き勝手言ってくれる。

 そんなことは判っている。

 挑戦だって?

 ああ、するさ。

 アレは、俺の子を奪ったんだ。

 許せるものかよ。

 

 悲劇的な目に遭った者達の感情を救え?

 ああ、救いたいさ。

 だから戦っているじゃないか。


「俺はデイモスに勝たなきゃいけない。挑戦でも何でもいいが、退く気持ちなんか持っていない」


 デイモスから目を離さず雷撃を放ち続けながら、俺は答えた。


「そうか、ならば力を貸そう」


 力を貸すってどうするつもりだ?

 俺達と一緒に戦ってくれるというなら有り難いが……。


「ふむ、玖珂駿介は次の段階に至るにはまだ時間が必要か……。だが、こちらの二人はきっかけを与えれば……」


 わけのわかんないこと呑気に呟いてるんじゃねぇよ。

 力を貸すっていうなら早く貸せ!

 俺の雷撃を受けながら、デイモスがその巨体を揺らして徐々に近づいてきているんだ。

 時間的余裕はないんだよ。


「お前には一時的に……何だったかな……あ、そうそう、ブーストとか言ったな。神力を引き上げられるよう、そしてお前の妻達には……その力を次の段階に進めてやろう」 


 何でもいいから早くしろ!!

 一体一体減らしているが、テューポーンとアレスも苦戦してんだよ。


 苛々していたその時、俺の身体が温かくなった。


 ブーストって、これか!


 俺は雷撃のイメージを杖に送る。

 この時放たれた雷撃がデイモスに当たると、初めて奴の身体が後ろに弾けた。


「何?」


 デイモスの声に驚きが含まれている。

 やっとだ。

 デイモスにダメージを与えた感触をやっと得た。


「今だ! 続けよ! その調子であの黒い霧をアレから吹き飛ばせ!」


 アテナの指示に従い、俺は可能な限り連続で雷撃を放った。

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