Typhon01-02
ゆっくりと赤く点滅する光の前に近づき、「私に何か用が?」と訊く。
ビビっている気持ちを顔に出さないよう緊張していた。
……恥ずかしいからなぁ。
「我を解放するために協力を願いたい」
空洞内に響く低いテューポーンの声は落ち着いていた。
だが、俺は何を言われているのか理解できないでいる。
ゼウスにとって最大の敵。
オリュンポスの神々がその復活をもっとも恐れる怪物。
そんな存在を解放する?
ありえないだろう。
ゼウスが許すわけはないしな。
「そんなことゼウス様はもちろん他の神々だって許してくれない……無理だ」
「だがそこのクロノスは、お前の助けで許されたではないか……」
ん?
どうしてクロノスがタルタロスから解放されたことを知っている?
「クロノスは、ギガースを倒す約束をした俺を手伝うために解放されたんだ。ちなみに討伐の対象には、テューポーン、あなたも入っている。だから無理だ」
「ゼウスに敵対するつもりなど、我にはもうない」
「……それが本当だとしても、俺にはどうすることもできない。ゼウスが許してくれたら話は変わるだろうけど、あなたの解放は俺だけで決められるようなことじゃないんだ」
「ならば……お前の支配下に入っても良い。我は怪物と呼ばれておるが、そこに居るガイアから生まれた神族の一人でもある。契約は必ず守ると誓おう」
「いや、だから……俺一人じゃどうにもできないんだ」
――テューポーンよ。誓約すると申したな。未来永劫、そこの玖珂駿介の支配下に入る覚悟があるのか!
空洞内にゼウスの厳しい声が響く。
「ゼウスか。ああ、悠久の時が流れ、お前と争う気持ちは失われた。ガイアもお前と和解しているようだ。今更、この世の覇権を巡って雌雄を決する必要もない」
――玖珂駿介は半神だ。人の身を捨てた後は神の一人となる。玖珂駿介の支配下で永遠を生きるというのか?
「その通りだ。……エキドナがその男を調べ教えてくれた。妻達との生活や、ささやかな趣味に没頭できれば幸福を感じる男だと。支配下に入ったところで、不当な扱いはされぬだろうもな。……地中で世界を眺めているだけの現状には疲れた。玖珂駿介の望みを手伝うくらいで良いのなら、永遠に支配下に入ったほうがマシだ」
――ふむ………………良かろう。但し、誓約は我の名で行って貰う。実質、我の支配下に入るようなものだが、それでもいいのか?
「構わない」
おいおい、俺のことをエキドナに調べさせたって?
エキドナといえば、テューポーンの元妻。
上半身は美女で下半身は蛇で背中に翼が生えた姿をしている怪物。
その上、テューポーンとの間に、ケルベロスやヒュドラ、キマイラやスキュラ、その他多くの怪物達を生んだ。
いつ、どうやって俺のことを調べたのか判らないけれど、怪物に素性を調べられるというのはあまり気持ちの良いものではない。
それに……妻達との生活とささやかな趣味に没頭できれば幸せを感じる男だ?
いや、間違っていないけれど、本人を目の前にしてそんなこと普通言うか?
好き勝手言いやがってこの野郎! 恥ずかしいだろ!?
あと、ゼウス。
俺のことだというのに、俺に意見を求めないのはどういうことだ。
そもそも、ギガースよりもテューポーンを警戒していたじゃないか。
俺もテューポーンが復活したら戦わなきゃいけないと気持ちを強くしていたんだ。
ゼウスを破ったこともあるテューポーンは怖かったし、今も怖いんだ。
その相手と誓約することを俺の意思も確認しないで決めようとしてる。
逆らうと後が面倒そうだから大人しくしているけれど、根に持ってやるからな!
忘れないぞ~絶対に……絶対にだ!
――駿介よ。髪の毛を一本ガイアに渡せ。
釈然としない気持ちを抑えられないが、髪を一本引き抜いて、ガイアに手渡す。
――ガイアよ。駿介の髪と我の名で、テューポーンを縛れ。
俺の髪を手に、赤く点滅する光の前に立ち、何かを呟いている。
誓約の祈り? 呪文?
よく判らないけれど、瞳を閉じて呟いている。
言葉が途切れると、光の中にスウッと手を入れた。
光の点滅が早くなった。
どんどん早さが増してきて、サイズは徐々に小さくなり、光も強くなっている。
クロノスはミニチュアダックスの姿にされた。
では、テューポーンは?
五十センチ程度まで小さくなった強い光は点滅を続けている。
そして……光が弱まって、やはり一匹の犬の姿が現れた。
ボーダーコリーかよ!!
ゼウス……意外と可愛いモノ好きだな?
心のメモ帳にきっちり書いておくからな。
「ゼウス様、お訊きしたいのですが、何故お姿を現わさないのですか?」
――天照大神とゴルフの……いや、会合の最中でな。この場を離れられんのだ。では、用も済んだことだし、我は会合に戻る。
オリュンポスの神々と日本の神々とで異神族間ゴルフ中かぁぁあああああ!
どうせハンティング被って、それっぽい服装で、ファァアア!とか叫んでるんだろ!
今日はアプローチの調子がいまいちとか言いながら、天照の容姿で目の保養してんだろ!
俺には判るぞ。
見ていなくても判る。
俺達が、テューポーンにデイモスが接触しないかと心配し、必死になって戦ってる最中に、コースをのんびり歩きながら、「今日は気持ちの良いゴルフ日和ですな」とか、白い歯をキラッとさせて天照に微笑んでいやがったんだ。
……ゼウスめ……。
「これから宜しく頼む。必要なら我の子達にも手伝わせるから遠慮無く言ってくれ」
足下のボーダーコリーから野太い声が聞こえるの何か嫌だ。
テューポーンの子に手伝って貰う?
ケルベロスなんか目の前に出てきたら、俺が腰抜かすわ!
ああ、もういい。
今日はどうでもいい。
デイモスやゼウス……いろんなことに頭にきて、何も考えたくない。
「この空洞を埋めた後、うちに寄って下さい。今後の話もあるので」
ガイアが頷くのを確認し
「さ、帰ろう。とりあえず、今日はおしまいだ。テロリストどもの処理は、武田達に任せる。あの様子じゃ、デイモスの指示がなければただの人形だからな。あいつらだけでどうにもできないようなら、その時はまた行くさ」
「そう苛々するな。テューポーンとは戦わなくて済んで良かったではないか」
「そうなんだけどな? だけど、俺にも気持ちの準備とか欲しいわけでだな……。ま、クロノスの言うように考えるさ。とにかく今は帰ろうぜ」
エリニュスがクロノスを抱きかかえる。
するとテューポーンが足下から、ハッハッと舌をだして見上げている。
「なんだ。抱きかかえられたいのか……」
ずっと封印の中に居たからなのか?
甘えん坊のテューポーンなんか様にならんのだがな……。
反応がないのを気にしていたかは判らないが、クロノスは俺達を転移させた。
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