テューポーン

Typhon01-01


「焼け!」


 エリニュスの指示に従って、杖から雷撃を放つ。

 粘体に近づいて接触されると、今度はエリニュスに切られるかもしれない。

 距離を置くよう気をつけながら、杖を向ける。


「もう少し、もう少しだ。さすがにテューポーンとの接触を目的とした分体だ。デイモスの強い意志が込められている。だからもっと焼くのだ」


 考えて動いてるわけではないようだが、粘体は反射的に左右前後への素早い移動で雷撃の直撃を避ける。

 だが、T国での時と違い、動きはしっかり追えている。

 一部、また一部と雷撃を当て、そして距離を置く。

 ひたすらこれを繰り返す。


 ――怒りは収まってないけれど、意外と落ち着いているな……俺。


 戦いを始めて三十分ほど経過した。

 最初は、半径三メートルサイズだった粘体も、今では半径一メートル程度まで小さくなっている。

 エリニュスが復讐の霧を周囲に、特にテューポーン側に厚く放ったおかげで、移動可能な範囲は狭まってる。

 動きは速いには速いけれど、予測し、こまめに攻撃を繰り返し、あともう少しのところまで追い詰めているようだ。


 アレスと訓練を繰り返してきたから、T国の時より体力もついている。

 おかげで、雷撃を繰り返し放っても、今のところ、軽い疲労感だけで済んでいるようだ。

 だが、アレスに礼を言うつもりはまったくない。

 俺を虐めてストレス解消してやがったからな。

 アテナには礼はしとく。

 あの女神との訓練では体力関係ないんだけどね。

 何でもいいからご機嫌取りしとかないとさ。

 「このバカものめ」と冷たい視線で糞味噌に罵られる機会を減らしたいんだ。

 どんなに美しくてもSっ気強い女神は、マゾ的な性癖の持ち合わせがない俺は苦手なんだよ。

 

 あとゼウスもだけど、こっちにも多少礼を言っておく。

 へそを曲げられるとやっかいだし、何が原因で我が儘言い出すか判らないからな……あの去勢神は……。


 ……十数分後、「よし!」というエリニュスの声と共に、復讐の霧が粘体を包んだ。


「ふう……何とか間に合ったな」

「デイモスには逃げられたがな……」


 それを思い出すと、はらわたが煮えくりかえる。


 デイモスが水中に消えたことをガイアに伝え、「追えないか?」と訊いた。


「無理ね。気配を消して移動しているみたい。何かでマーキングできればいいのだけれど……」


 そうかぁ。

 今度見つけたら、逃亡に備えてマーキングする手段も考えておかなければならないな。


「それより……玖珂さん。テューポーンがあなたと話をしたいようなの」


 テューポーンは移動はできる程度に封印を破ったらしいが、元の姿を取り戻せはしないようだ。

 ガイアの背後にある巨大な赤い光が、ゆっくりとその光を点滅させている。

 この光があるから、地中深いこの空洞の中でも不自由することなく戦えた。


「ヘッ? 私と? またどうして……?」

「判らないわ。でも、敵意はないし、封印されてるから攻撃もできない。どういう話をしたいのか判らないけれど、聞くだけ聞いてあげてくれる?」


 敵意はないから大丈夫と言われても、昔より弱くなってると言っても、相手はテューポーン。

 今は、巨大な赤い光の球だけどテューポーン。


 ビビってしまうのは仕方ないだろう?


 だが、ガイアに頼まれてしまっては断れない。

 PTAが来ている授業で、教師から質問に答えろと言われているような気分だ。

 背後のガイア、正面のテューポーン。

 どちらにも逆らえなくて板挟み状態でビビってる俺。


 ――三十代もあと数年で終わるというのに、何でこんな目に遭ってるんだ? 俺。


 ネサレテやベアトリーチェと話し合って、俺達の子供には、授業参観でこのような思いをさせないようにしようと誓った。

 

「聞いてあげて?」


 現実逃避している俺を、ガイアの声が現実に引き戻した。


 ……もうね……。

 ガイアは子供テューポーンに甘い。

 去勢神ゼウスにも甘くしてあげたら、争わなくて済んだんじゃないか?

 あ、あの我が儘に拍車がかかっていたかもしれないか……。


 少し潤んだ瞳でお願いするガイアの姿に、俺は「はい」と観念した。

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