Alexei01-07

 アレクセイを連れて、へラのところへ行く。

 ちなみに、エリニュスはイパチェフ館に残っている。

 皇帝一家を殺害しようとする者達……計画者と実行犯等の持つ負の感情があの館に集まっているのを知ったエリニュスが、それらを喰うつもりなのだ。

 クロノスは、俺達を現代へ連れてきたあと、皇帝一家処刑後の時間へエリニュスを迎えに行った。

 

 へラの家では、アレクセイを受け入れる準備が整っていた。

 俺が治療された部屋には、既にアスクレピオスが待機していて、ベッドにアレクセイを横にすると、早速、彼に手をかざし治療を始めた。

 

「先日は、私の治療ありがとうございました」


 アスクレピオスに礼をすると、黒い瞳に優しい笑みを浮かべ「気にしないで構わないよ」と言ってくれた。

 アレクセイを包む紫の光が温かさを増したように感じた。


「これで治るの?」

「ああ、大丈夫。必ず元気になるからしばらく待っていてね」


 不安と期待が混じった表情で訊くアレクセイに声をかけている。


「手間をかけさせてすみません。そしてありがとうございます」


 俺の後ろに立つへラに、アスクレピオスを呼んでくれた感謝を伝える。


「たいしたことではない。それにだな。このような可愛らしい男の子を助けるためならいくらでも協力するぞ」


 最近は、ジョゼフとシャルルに母上と呼ばせているらしく、貞淑の女神というより母性の女神と呼んだ方がしっくりくる。口調も以前より柔らかくなってる気もする。

 へラがここに来ると決まった時の恐れや面倒な気持ちはだいぶ薄れてる。


「治療が終えたらヒュッポリテに連れて行かせる。しばらくかかるから、おまえも家に戻っていてよいぞ」


 へラの言葉に甘えて、俺は部屋を出た。

 ミハイルへの連絡をしなければならないしね。


・・・・・

・・・


「……ということで、アレクセイの治療はこちらで行っている。あと、いずれはアレクセイの姉達も連れてくるつもりだ」


 信じるかどうかは判らないが、神々の力を借りて、過去と行き来していることと、アレクセイの治療を行ってることをミハイルへ伝えた。俺やネサレテ達が半神であることはまだ伝えない。


 ……この件を口外したら身の安全は保証しないという脅し付きで。


「神は心の中にいる形而上けいじじょうの存在で、実際に存在するなど考えたこともありませんでした」

「そうだろうな。俺も以前はそう考えていたよ」

「でも、どうしてそのことを私に話すのです?」

「これから協力して貰う機会があるだろうと思うからさ」


 そう、デイモスのことが頭にある。

 アレは何を仕出かすか判らない。

 T国の時のように、国を利用して騒動を起こした場合、今度は俺と神々だけで対処しきれるか判らない。

 それに、デイモスはもともと人間の負の感情から生まれた存在だ。

 後始末に人間が関与するのは当然だと俺は思う。


「知らない方が気楽なことを教えていただいて、感謝すべきか恨んだ方が良いのかわかりませんね」

「そうだろうな。だけど、俺のような平凡な人間が協力させられているんだ。ミハイル。あんたも巻き込まれてくれよ」


 ヤレヤレとため息をついて、苦笑している。

 

「アレクセイ様のことでお世話になるのですから、できる限りのことはいたしましょう。ですが、私にも立場があります。そこはご理解いただけますよね?」

「判っている。別にダブルエージェントになれと言ってるわけじゃない。それにだ。あんたに協力を頼むような機会ってのは、多分、あんた等にとってもほっとけない事態の場合になるだろうさ」


 国が関わるような大きな事件の場合、火消しが必要になることが多い。

 マスコミ対策や、情報を手に入れようとする国々への対応などで大国の協力があると助かるのだ。

 T国の件ではそこを考えていなかったから、多くの国が俺を狙うようになった。

 ま、今回は相互監視と俺がどこにも所属しないということで収まったが、いつでも穏便に済むとは限らない。


「そう願いたいものです。それで、話は変わるのですが、C国が怪しい動きをしているという情報が入ってきました」

「それはどういう?」

「C国のエージェントが、T国の事件後バラバラになったテロリスト達と接触してるようなのです」

「それは俺に関係する話なのかい?」

「まだ確定していませんが、あなたの力をまだ諦めていないようなのです」


 表では納得して手を引いたように見せつつ、裏ではまだ動くというのはありがちな話だ。

 別段驚きはしないさ。

 だがその対象が俺と牧場関係者というのであれば、大人しくはしていられない。 


「その件は、そっち側の仕事なんじゃないのか? 俺に国が関与する話はそちらで動くべきじゃないかと思うんだがね」

「それはそうです。我が国も他国も、C国の動きには注視しています。ですが……玖珂さん、高い確率であなたが狙われてると思われる。我々が動くとなると、大事おおごとになるかもしれない。しかし、玖珂さんが動けば……」


 面倒ごとにわざわざ首を突っ込むつもりはない。

 ミハイルは、俺自身が動いた方が楽に事が終わると考えているようだ。

 それはそうかもしれないが、気が進まないし、監視されることを受け入れたのだから、ミハイル達の仕事だと思うんだ。


「ちょっと待て。俺は動くつもりはないぞ。ここを狙ってきたら話は別だけどな」

「ほう。C国のエージェントが消えた時と同じようなことが起きると?」

「その件は、ミハイル、知らない方が良いことの上位にはいると思うぜ」


 神々によってこの世界から排除され、冥界へ送られる。

 そんな神隠し行為をしているなどと知ったら、いや、簡単にできると知ったら、国家や諜報機関などという組織は碌なことを考えないに決まっているのだ。

 その手の組織に属しているミハイルも知らないほうが良いことなんだ。


「あっはっはっは……判りました。情報を伝えた時点で私の役割は終わりました。これからここで何が起きようと詮索しない……それでいいですね?」

「ああ、必要ならこちらからも情報は提供する。だから、下手に首を突っ込まないほうがいい」

「了解しました。これからも良い関係を続けられるよう願っています」


 ヒュッポリテがアレクセイを連れてきたとネサレテが教えてくれた。

 俺達は物騒な話をやめ、元皇太子のもとへ向かうことにした。

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