Alexei01-06
アレクセイが横になっているベッドの両脇にもベッドがある。
皇帝夫婦用のベッドだろう。
窓はペンキが塗られて外を見ることはできない。
白い壁に、落ち着いた調度品が置かれていて、生活に困るような感じではない。
……皇帝一家としてはどうかは判らないけれど。
皇帝夫婦は、ベッドから離れたところにあるテーブルで、椅子に腰掛けお茶を飲みながら話している。
処刑される前日に、皇帝夫婦がどのような会話を交わしているのかとても興味があった。
だが、今はそんなことに囚われている場合ではない。
両親を見ているアレクセイのベッド脇に俺は立つ。
「アレクセイ様」
俺が声をかけると、驚いて「誰だ?」と声をあげた。
だが、皇帝夫婦の様子には、アレクセイの声への反応はない。
クロノスの力が効いているのは間違いない。
「落ち着いて私の話を聞いてください。あなた達を傷つけるつもりはありませんから」
「父上、母上」と声をあげて両親を呼んでいる。
だが、目と鼻の先にいる二人には、皇太子の声への反応はない。
「私の姿も声もご両親には見えませんし、聞こえません。私と話している間は、アレクセイ様の声もお姿も、届かないでしょう。とにかく落ち着いて下さい。私はあなたをお救いに来たのです」
目線を合わせるようにしゃがみ、できるだけ優しく、静かにアレクセイに話しかけた。
俺が何者であるか、クロノスとエリニュスが神であることを説明し、信じて欲しいと伝える。
「救う? 何から救ってくれるというの?」
「この時代から、そしてあなたの病からです」
「……ホントか? この病気、治るのか?」
さすがに皇太子だ。
病に伏せっていて、確かこの時は体重も四十キロを切っていてかなり弱っているはずなのに、目に力が戻ると言葉も皇族らしく変わる。
「ええ、治せます。治して元気な生活を送れます。……ただし、ご両親とは離れて暮らすことになるでしょう」
「!? 元気になってからも会えないのか?」
「会えません。もしかするとお姉様達とも」
「……そうなったら……私はどうやって生きていけば良いのだ……」
「生活環境は用意します。これまでと違い、一般の民衆と変わらない生活になりますが、誰も恐れることなく平穏な生活を送れるでしょう」
「そ、そんなことが可能なのか?」
「ええ、お約束します。友人を作り、元気に遊ぶことも、様々なことを学びこの世界を知ることも可能になります」
「私のことを家族が心配することもなくなるというのか?」
「はい、なくなります」
この時は胸が痛んだ。
明日、ここに残る家族は処刑されてしまうのだ。
皇太子のことを心配したくてもできなくなるのだ。
……だが、それは言えない。
「少し考えさせてくれぬか?」
「宜しいですが、あまり時間をかけられませんので」
「判った」
惨いことを言っているのは判っている。
まだ十三歳の子供に家族と離れて暮らす判断を強いているのだ。
それも家族や従者に見守られて生活してきた、身近な者と離れたことのない子供に強いている。
「これ以上、誰にも迷惑をかけずに生きられるのだな?」
二十分ほどの後、アレクセイは俺に訊いてきた。
「お約束いたします」
俺を見つめる目に悲しげな色がある。
また胸が痛んだが、顔に出さないように堪えた。
「……判った。連れて行ってくれ」
アレクセイのまだ幼い顔には苦渋の色が見える。
「ご決断ありがとうございます」
クロノスにこの場への対応を頼んだ後、アレクセイをネサレテのところへ連れて行った。
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