駒姫とおさな(幕間)

interlude01-01 駒姫


 ベアトリーチェさんとクロノス様に連れられて、私は二度ほど処刑される前日に戻った。

 おさなちゃんを連れて行った時と同じように、助けられると期待していたの。


 でも……中納言局ちゅうなごんのつぼねさまも、お按察使あぜちさまも秀次さまと共にあるのがお務めと言い、私と一緒に来てはくれなかった。中納言局さまのお子である露月院さまも、まだお若いのに一緒に来てはくれなかった。


 おさなちゃんは、私を信じて付いてきてくれたから、他の方もきっとついて来てくれると簡単に考えていた。

 けれど、関白家に入ったのだから運命を共にすべきという。

 それがどれほど理不尽な命令や処遇であってもね。


 玖珂さまとベアトリーチェさんは「自分の主は自分だけだ」と仰っていた。

 最初はどういうことなのか判らなかったわ。

 顔を合わせたお付き合いもない秀次さまのために命を失う気持ちを持てなかったから、玖珂さまと一緒に来た。

 父上のご臨終前に会うこともでき、とても感謝している。


 女の務めは、家を繋げること。

 家のために他家と繋がり、子を為し、家を将来へ繋げることが女の務め。

 そう信じていたわ。

 疑うことなんかなかった。 


 でも家を失った今は、私の主は私自身なのかもしれないと思う。


 処刑を受け入れていた中納言局ちゅうなごんのつぼねさまと、お按察使あぜちさまのお姿は、主家と実家への務めを果たしたという気概があり悲しくも美しさを感じた。

 私も同じように生きて死ぬべきかと一瞬迷ったわ。


 だけど、今はそうは思わない。

 あそこにあったのは「名」であり「実」じゃないわ。


 玖珂さまとベアトリーチェさんは、名を辱めることなく、私達に実を与えてくださった。

 主と家名を辱めることなく、第二の人生を歩める選択肢をいただいた。

 ならば、実を取るべきよ。


 おさなちゃんと私はこの牧場で、犬や猫の命を守っている。

 そのことは武家の娘として誇れることではないかもしれない。


 でも、誇るべき守るべき家はもうないのよ。


 ここで一人の人として精一杯生きる。

 それでいいのだと玖珂さまは仰った。


 私達には、幸せを探して掴む権利があるとベアトリーチェさんは仰った。


 今はまだ、何が幸せなのか判らない。

 この世界での私に何が幸せなのか判らないわ。


 だけど、いつか見つけてみせる。

 父上から与えられたこの命ある限り、最上もがみの娘として精一杯生きてみせる。


 またあの時代へ戻り、一人でも連れてきて、こちらで私と同じ思いを感じて欲しいの。

 

 確かに、ここでの生活は楽ではないわ。

 何でも一人でやらなければならないし、覚えなければならないことも多いものね。

 算数も国語もさっぱり判らない。

 日頃使用するモノですら、使い方を覚えるのに苦労したわ。


 でも同じ国とは思えない世界に来たのですもの、それは当たり前。


 そして、おさなちゃんの笑顔を毎日見られる。

 一緒に苦労して頑張って、そしてまた明日ねと言える。

 命を失っていたらできなかったことができる。

 それがどんなに嬉しいことかが判る。


 牧場で一緒に働く方とも笑って話し合える。

 殿方と一緒に仕事をするなんて、思ってもみなかった。

 けれど、ここではそれが当たり前。


 あの時代と違う環境にも少しずつ慣れてきた。

 それなりに楽しむこともできるようになってきた。

 この世界に慣れたなら、きっともっと楽しめるようになれるわ。


 だからめげずに一人でも多く連れてきたいの。 

 クロノス様とベアトリーチェさんは私に協力してくださる。

 あとは私次第。


 この世界のことをたくさん知り、皆に楽しめる機会があるのだと、家に縛られてそれを捨てるのは悲しいことだと、伝えなければならないんだわ。

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