riot01-03


「今日からしばらく、鹿料理が続きますけど許してくださいね」


 ネサレテが狩猟訓練で獲ってきた鹿のジビエ料理。

 ジビエ料理は血抜きが不十分だと臭みが残る。

 だが、ネサレテは十分心得ているようで、出されたステーキから臭みは感じられない。


「どう、訓練は大変?」


 ベアトリーチェはステーキをパクつきながらネサレテに訊いている。


「そうね。でも、以前より実践的になった分移動の時間が多いから、身体は楽かな」

「ああ、標的を探す時間が長くなったってことね」

「そうそう、でも、気配を消す訓練や、標的を見つけたあとの動きでは、アルテミス様からずっと注意されていたわね」


 訓練中はパンツルックだったネサレテは、家着のゆったりとした淡いブルーのシャツと白いスカートにピンクのエプロン姿。ベアトリーチェは、グレーのワンピース。


 二人の気軽な会話に癒やされる。

 のどかな情景に、アレスとの戦いの疲労が癒やされていく。

 肉の焼けた匂いに食欲を刺激され、鹿のステーキに舌鼓を打つ。


「……これ旨いね。天上界の鹿と地上の鹿、味に違いはないみたいだ」

「駿介はアレス様と訓練したんでしょ?」

「ああ、周囲の目を気にしないアレスは強いね。地上でやってた時の二割増しくらい強かった」

「怪我はしていない?」

「それは大丈夫。痛みは感じるけど、怪我するほどではないね。ただ、攻撃できない時間が長くて疲れた」


 俺達がその日の出来事を話していると、ヒュッポリテを連れたへラがやってきた。


「お食事中にごめんなさい。ゼウスから報告があったので、伝えに来ただけだから、こちらを気にせず食べたまま聞いて下さいな」


 食事の手を止め、へラ達へお茶を出そうとしたネサレテの動きを止めて、へラは話を続けた。


「消えたギガースの身体のことだけど、どうやら、地下の隙間を縫って移動したようね。形跡があったとガイアから報告があったようよ。南下し、海へ出たようね。そこからは追えなかったようで、どこへ行ったか判らない……判ったことは今日のところはここまでね」

「ん? それだけのために来てくれたのかい?」


 言葉に甘えて、食事の手を止めることなくへラに訊いた。


「あともう一つ。この牧場は私が守るから心配せずにいいと伝えに来たの」

「それは有り難いな、助かるよ」

「いえ、ここはジョゼフとシャルルの家でもあることですしね」

「随分、あの二人を可愛がってるんだな」


 シャルルの可愛さだけが、二人を大事にする理由じゃないようだ。


「ええ、私も大勢の子を持ちましたが、昔は神々が関わる争いも多く、子供よりゼウスが大事でしたので、子育てに集中した記憶がないの」

「なるほど。まあ、何となく判るよ」


 あの浮気性ゼウスの妻を務めるのは大変だっただろうなと同情した。母としてより、妻としての立場を守ることに必死だったんだな。そして今はジョゼフ達を相手にして、本来持つ母性が活性化しているんだろう。


「とにかく、子供達を使ってでも、この牧場は守ります。ですから、ギガースの件は頼みますね」

「やれるだけのことはやります」

「へラよ。心配はいらぬ。我もゼウスもこやつの手助けするのだからな」


 皿の上の鹿肉を食べ終わったミニチュアダックスクロノスが口を開いた。


「そうですね。クロノスも宜しく頼みますね」


 おお、へラがクロノスに頭を下げた。

 こんな姿を見たら、気持ちを引き締めなければと思ってしまうな。


 立ち去るへラ達の後ろ姿を見送りながら、俺が抱えた責任が、感じていたものよりずっと重いのだと思った。気が引き締まるような、重荷のような、そんな微妙な気持ちを抱いたんだ。


 でも仕方ないよな。

 もともと凡庸な庶民の一人だったんだ。

 半神になったからって、急に勇ましい人間に変わるわけじゃないさ。


・・・・・

・・・


「ねえ。へラ様はああ言ったけれど、あまり気にしちゃダメよ」


 ブロンドヘアから風呂上がりの甘い香りを放つベアトリーチェが、気を遣ってくれる。

 胸に置かれた手に触れ、力を借りたいと伝えるように握る。


「気にはしない……とは言えないな。ギガースとの戦いが現実味を帯びてきて、プレッシャー感じちゃうからな」

「私にも何かできることがあればいいのだけど……」

「へラはこの牧場を守ると言ってくれた。それはほんとありがたい。だけど、ベアトリーチェ。この牧場を守るのはやっぱり人間でなきゃいけない。駒姫達もペット達も、この牧場で生活して貰ってる。それは俺が、人間が犯した過ちを、同じ人間として少しでも正したいからだからだ。俺達は半神となったけれど、それでも人間なんだ。だからこの場所を守るのはベアトリーチェに頼みたいんだ」

「ほんとに?」

「ああ、本当だ」


 俺は身を起こしてベアトリーチェと唇を重ねる。


「じゃあ、これからは過去から連れてくる人は私がこのまま担当していい?」

「駒姫に関係する人達だけじゃなくかい?」

「ええ、そうよ。連れてきてからの面倒もちゃんと見るわ。私達の事情を理解した駒姫もいる。おさなだって手伝ってくれる。もちろん、誰を連れてくるかはあなたと相談して決めるわ。だから、ね?」


 首に回した手をギュッとして、おでこをつけてきた。

 俺の目をジッと見つめて、返事を待っている。


「それは俺が一緒に行っちゃいけないということじゃないんだろ?」

「あなたが落ち着いたらね」

「……判った。任せるよ。ありがとうな」

「何を言ってるのよ。私や駒姫達のように第二の人生を歩める人が増える……。それは私の夢でもあるのよ」


 胸に頭を乗せてきたから、髪を梳くように俺は撫でる。


「家のことはネサレテが、連れてきた人のことは私が、そして、この生活を続けられるよう神様達とのことは駿介が、それぞれ役割分担するだけのこと。家族なんですもの、当たり前のことだわ」


 横で寝息をたてているネサレテをチラッと見て、そうだなと呟いた。

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