liberation03-04


 パリの南西、セーヌ川の湾曲部の南にあるムードン城跡。


 小高い丘の上にあり、広いテラスは美しい木々と芝生に覆われている。

 家族連れがピクニックを楽しんでいる様子も見える。

 事前に読んだガイドブックでは、ムードン、セーヌの谷、パリの広い景色が楽しめるという。

 城跡は壊され既に無く、現在は天文台が建っている。


 フランス革命後も戦禍に遭った地域だが、のどかな情景が楽しめる場所だ。

 今回はのんびりできないが、いつか旅行で訪れたいと感じさせる。


 日差しも柔らかく穏やかな風が吹く中、あまり好ましくない情景を見るために、俺達はこれから過去へ遡る。


「さあ、行くか。子供達にこの景色を見せてあげようぜ」


・・・・・

・・・

 

 クロノスを抱いた俺と手を繋いだネサレテは、寝室に姿を現した。

 千七百八十九年六月三日。

 ルイ・ジョセフが亡くなる前日だ。


 王太子の寝室とあって、煌びやかな部屋。

 見事な刺繍された絨毯が敷かれ、壁にはルイ十六世とマリー・アントワネットを含む家族の絵が掛けられている。

 健康ならば健やかに眠れそうな大きなベッドに横たわる、可哀想なルイ・ジョゼフ。

 彼の命はもうじき失われる。

 それを知っているせいか、この部屋には死の匂いがする。

 冷たく、鼻腔を少し刺激するような、落ち着かない匂いが漂っている。 


 その匂いを発してる子が寝ているベッドの横に、医師らしき男性と看護婦が付き添っている。

 俺達は彼らのすぐ背後にいるが、クロノスが俺達の姿を隠しているから気付かれていない。


「さあ、まずはこの子をへラのところへ連れて行こう」


 へラのところへ行けば、アスクレピオスがいて、結核の病状が進んでいるルイ・ジョセフも治療してくれる。 

 楽にしてあげられるのだ。

 彼が死に一秒一秒近づいているこの辛い状況を、少しでも早く終わらせたい俺は、クロノスに声をかけた。


「大丈夫だ。ネサレテよ、あの子を抱きかかえるがいい」


 ベッドに近づき、高熱で苦しそうだが意識を失っているルイ・ジョセフをネサレテは両手で抱きかかえる。

 半神となったネサレテだ。

 細い腕でも人間離れした力を持っている。

 巨人族ならまだしも、人間の子供の体重など気にならないだろう。


 掛けられた毛布がずれても医師達の様子に変化はない。

 クロノスに見せられている幻影のせいで俺達どころか、目の前の変化にも気付かない。。


「ではまず一人目だ」


 俺達は、現代へ戻り、へラの元へ連れて行く。


・・・・・

・・・


 へラの家に到着すると、そこには見慣れない男性が居た。

 外見では二十代の若者だが、きっとアスクレピオスだろうから、見た目の年齢はまったく当てにならない。

 グレーの長髪に黒い瞳を持つ、肘あたりで折った白い長袖シャツに濃いグレーのコットンパンツ姿の好青年。

 それが俺の第一印象だった。


「急いでくれ、この子の命は長くないんだ」


 子供達の状況を事前に話しておいたためだろう。

 へラは俺達を一階の客室の一つに通し、そこへルイ・ジョセフを寝かせるよう促した。

 

 ネサレテがベッドへ寝かせると、アスクレピオスはルイ・ジョセフの額に無言で手を置いた。

 手から薄い紫色の光が広がり、子供の身体を覆う。

 多分、力を使って治療しているのだろう。

 

「駿介さま、へラ様、お願いがあります」

「ん? どうした?」

「この子ともう一人の子の治療が終わったら、この子達の姉に無事を伝えたいのです」


 ベッドから戻ってきて、子供の様子を見守りながらはっきりと伝えてきた。

 マリー・アントワネットの子供達のことは、俺が知る限り話した。

 弟達の遺体をずっと探した、マリー・テレーズのことを思ったのだろうな。


 駒姫のとき最上義光もがみよしあきの臨終直前に伝えたようなことなら問題は無いだろう。


「あの子達の姉マリー・テレーズが亡くなる直前ならいいよ。じゃないと歴史が変わるかもしれないからね」

「ええ、それで構いません。彼女が天に召される前に、少しでも心安らかにしてさし上げたいのです」

「ああ、我も構わぬぞ。ネサレテの好きにするがいい」

「クロノスもいいだろ?」

「ああ、さしたる手間ではないからな、よいぞ」


 「ありがとうございます」とへラと俺、そしてクロノスに一礼し、再び、ベッドへ顔を向ける。

 ベッド脇に座るアスクレピオスの治療は続いている。

 次のルイ・シャルルも治療しなければならない。


 ルイ・ジョセフの容態が落ち着いて、アスクレピオスの手が空いてから向かうとしよう。

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