ガイアとヘラ

Gaea01-01


「こちらにクロノスが居ると聞いて伺ったのですが」


 薄いピンクのスーツをビシッと決めた……授業参観で見かけるお母さんのような女性が、我が家に訪れた。顔を見る限りは欧米の方のように見える。

 肩までのブロンドヘアに青い瞳を持つ綺麗なお母さん、それが俺が抱いた印象だった。

 外見だけで推定した年齢は四十歳程度。

 優しそうな面持ちだが、こちらが緊張するような空気を持っている。


「あの、どちら様でしょうか?」

「クロノスの母、ガイアと申します。もしかしてあなたが玖珂駿介さん?」


 ガイアって……原初神じゃねえかよ。

 本当のことなら確かにクロノスの母だし、ゼウスが問題視しているギガースの母でもある。

 神々と人類も生んだ全ての母であるとも……。

 もしガイアなのだとしたら、何故PTAのような格好をしているのだ?

 人間には見えないはずだが……さすがはゼウスの祖母だというところか……。


「は、はい。俺……私は玖珂駿介です。いつもクロノスさんにはお世話になっております」

「そうなのね。こちらにクロノスがお世話になってると聞きまして、それと玖珂さんにもお話とお願いがあって参りました」

「こんな玄関先で立ち話もなんですから、中へどうぞ」


 俺は恐縮しながらガイアを居間に通した。

 ネサレテにお茶の用意を頼み、クロノスを探した。

 いつもなら、PCを置いてあるクロノス専用仕事部屋か、居間で寝転んでいるのだがどこにも見当たらない。

 

 ――まさか、ガイアの訪問を察して逃げたんじゃないだろうな。


 ソファに座って貰い、ネサレテがお茶を出す。

 俺とネサレテは並んで座り、ガイアに話を切り出す。


「それで、本日のご用件は……」


 恐る恐る伺うと、ガイアはニコッと笑った。


「そんなに緊張なさらないでください。そちらのお嬢さんはクロノスの神の血イーコールを飲んだ方ね。クロノスの気配を強く感じますから判ります」

「は、はあ」

「玖珂さん。あなたは孫のゼウスからギガース復活阻止を頼まれているのでしょう?」


 素直に答えて良いものかと返事をためらったが、隠してもバレるだろう。しかし、ゼウスを孫と呼ぶ神が目の前に現れるとは、生きていると何が起きるか判らない。


「そうです」

「それは、クロノスをタルタロス宇宙の奈落解放するためと聞きましたが、本当ですか?」

「ええ、そうです」

「ゼウスの神の血イーコールを飲まされたとも……」


 どこから聞いてきたのか知らないが、事情は全部知っているようだ。


「その通りです」

「では、クロノスがタルタロスへ戻れば、あなたにはゼウスに手を貸す責任はないはずですよね?」

「え? でもそれは困ります」


 クロノス便利なペットが居なくなるととても困る。

 俺の趣味……ペット牧場の資金集めや、時間を遡って悲劇に遭った歴史上の有名人に会ったり助けられなくなる。


「クロノスの力を借りられなくなるからですか?」

「え、ええ、その通りです」

「ですが、あなたがなさってることは、本来やってはいけないことでしょう?」

「……それはそうですが……」

「この世のことわりから外れたことをなさってる。……宜しくないのではありませんか?」


 痛いところを突く正論ありがとうございます。

 だけど、それで幸せになる人が一人でも増えたらいいじゃないか。

 あ、資金集めのズルのほうか?

 それだってペットの命が救われるんだし……。


「ですが……既に動いている以上、クロノスの力を借りずに運営できるようになるまでは居てくれないと困ります」

「この牧場のことね。それはお手伝いできます。私が言っているのは、過去から人間を連れてくること」


 資金集めのズルは、お目こぼししてくれるということか。


「確かに、この世のことわりから外れていることでしょう。ですが、悪いこととは思いません」

「善か悪かなど、行為者の見方次第ではありませんか。何とでも理屈のつくような話で誤魔化すのですか?」

「誤魔化すつもりはありません。ですが仰るように、善か悪かの理屈などどうとでもつくでしょう。でしたら、この世のことわりを守らねばならないというのも、その理屈の一つではありませんか?」

「善か悪かではありません。ことわりが守られねば、この世界の秩序が崩壊してしまいます。神々がその力を使用するならば、ことわりの中で使用すべきなのです」


 ガイアは、なかなか頭の硬い原理主義者のようだ。

 この手の相手には誤魔化しはきかない。

 理論武装した上で議論を迫るから、その理論に対して受けて立たなければ納得しない。

 受けた上で、意見の違いの存在を認めさせなければならない。

 面倒な話だが、相手がガイアでは逃げるわけにもいかない。

 逃げたところで、事態が良くなりそうにないしな。


 ――さて腰を据えて、話し合うか……

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