次への一歩

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 詳しいことも知らずに駒姫を助けたいと考えていた。

 だが調べると、代表的なのは駒姫だが、秀次自害の影響で悲劇的な目に遭った女子供は多いと判った。

 妻、側室、子供を合わせると五十名もが、駒姫と同じ日に処刑されていると判った。


 ――そりゃ処刑に五時間もかかり、川も血の色で染まったと言われるわけだよな。


 しかし、参ったな。

 現状のうちで受け入れられるのはせいぜい十名だ。

 子供が七名いるから優先したい。

 とすると、側室のうちから助けられるのは三名だ。


「一度に助けられなくてもいいじゃないか。こちらの受け入れ準備が整ったら、再度、別の者を助けにいけばよい」


 !?

 ああああ、確かにそうだぁぁああ。


 過去の事件現場に行くから、その場で全部何とかしなければと考える。

 だが、処刑は既に起きてしまっているのだ。

 そして、俺とクロノスは、処刑前に何度でも行けるんだ。

 こちらで一年過ぎたあとでも、再び同じく処刑前に行けることを失念していた。


 ベアトリーチェの時とは事情が別なんだよな。

 チェンチ家の場合は、弟を除く家族みんながベアトリーチェに罪を被せようとした。だから、俺は家族一緒に助けては、お互いへの不信感で新たな人生を歩きづらいと考えた。


 しかし駒姫の場合は、秀次への疑惑に伴い、縁者もみな処刑されることとなった。もちろん、この件とは別の話で仲が悪いことも考えられるが、それは秀次がいなくなったあとでは……環境が異なれば話も変わる可能性もある。何せ、現代に来てしまえば正妻でもお姫様でもなくなるし、跡継ぎでもなくなるのだからな。


「そうか。こちらの状況が整い次第連れてくることも可能なんだよな」

「その通りだ。だから、あまり深く考えることはない。機会があれば、その時にまた別の人をと考えることも可能だし、実際、その通りなのだからな」

「クロノス。俺の気持ちに負担がかからないよう気を遣ってくれてるか?」

「そうではない。当たり前のことに気付かないおまえにイラッとしただけだ」


 頭が回らない相棒ですまない。


「それより、これからもハーデスの世話になるのだから、ゼウスとハーデスに礼を言いに行かねばならんぞ」

「おう。じゃあ、先に挨拶を済ませておこう」


俺とクロノスは、アテネのゼウス神殿へ向かった。


・・・・・

・・・


 クロノスの呼び出しで、ゼウスはすぐ現れた。

 前回は、イタリア風のスーツ姿だったが、今回はモスグリーンの長袖シャツに白いコッパン。

 素足にサンダル履いて、胸のポケットにグラサンぶら下げて近づいてきた。


 どんだけオリュンポス神の、ウール一枚スタイル見せないんだ?

 

 前回は暗がりで顔はよく判らなかったが、今回は地中海の日差しでよく見える。オールバックの黒髪に白のメッシュをサイドに入れて、髭も綺麗に剃られている。

 ほどよく日焼けしてるけど、まさか海辺で寝そべって酒あおってきたんじゃねぇだろうな。


 どこの不良中年だよ。

 鋭い視線と引き締まった唇の渋い面構えが、悔しいが格好良いじゃねぇかよ。

 ちょっと憧れちまった。


 ……去勢神だけどな……。


「おい、玖珂駿介。また不埒ふらちなこと考えてるな? 判ると言っただろう」

「いえ、格好良いなと見とれてましたよ、ゼウス様」

「アレスから聞いておるぞ。使えるようになってきたらしいじゃないか。さすがは我の神の血イーコールを飲んだだけはある。……で、今日は何の用だ?」

「私の趣味のために、ハーデス様にお願いしてくれたそうで、その件でお礼をと」


深々と一礼したあと、手土産に持ってきた日本酒二本を手渡す。


「こちらの都合に付き合わせる羽目になったのだ。そのくらいは気にするな」

「あの、それで、ハーデス様にもお礼をしようと思うのですが。それは可能でしょうか?」


ハーデスに渡すための酒も持ってきている。

それを見せてゼウスの返事を待つ。


「無理じゃな。あやつの神殿がエーリスに有った時はそこへ行けば会えたのだがな。今は、冥府から出てこない。代わりに我が伝えておく。それも渡しておこう」

「宜しいのですか?」

「どうせ会わねばならぬ用もあるのでな。ついでだ」

「それでは宜しくお願いいたします」


俺から酒を受け取り、マジマジと眺めている。


「これは日本の酒なのか?」

「はい。日本酒と言います。最近はヨーロッパでも飲まれるので、お口に合えばとお持ちしました」

「ふむ。そうだ。ギガースの件だがな……まだ渡せるような情報はない。すまぬな」

「いえ、気にしていても仕方ありません。それに、私も鍛錬しなければならないようですから、時間はもっとあった方が良いので」


 ほんとそうなのだ。

 鍛錬の時間ももっと欲しいし、趣味のための時間も欲しい。


「そうか。それとおまえの力だが、面白いモノが発現しておるな」

「へ? 人間離れした力だけじゃないんですか?」

「ああ、理不尽に抗う力とでもいうのか……我の弱者を守る属性がおまえの中では、弱者が強者と戦うための力となって発現しつつある」

「自分ではよく判らないのですが……」

「アレスとの鍛錬で、おまえは一月ひとつきほどで追いついただろ? アレスはあれでも戦いの神だ。おいそれと追いつけるレベルではない。だが、おまえの力がそれを可能にした……つまり、強大な相手からの力に出会うと、その場で必要な力として発現するのだ」


 そうか、アレスとの時は、成長力、順応力が強化されたのか……。


「まあ、まだ発展途上の力だ。これからどうなるかは判らんよ。だが、現時点でもその程度には効果が出ていると理解しておけ」

「はい、教えていただいて感謝します」

「この程度のことは構わん。それより、また顔を見せろ。クロノス、駿介の手伝い頼むぞ! ……ではな」


 去り際に、両手に持った酒瓶を軽く持ち上げ、意味ありげに片目をつぶる。

 要は、また持ってこいということだろう。


 ――ああ、持ってくるとも。


「……ゼウスも柔らかくなったものだ」

「そうなのか?」

「ああ、昔はもっと威丈高いたけだかな態度で接する神だったのだ。立ったまま話していられる者など神々だけだったぞ」

「そうか……年月も相当経ってるしな。気軽に話せる俺にとっては有り難いことさ。さ、俺達も帰ろう」


 クロノスを抱き上げ、俺達は日本へ転移した。

 

 


※エーリス:現在のイリア県。西ギリシャ、ペロポネソス半島の西部。

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